本記事は、クレイトン・M・クリステンセン氏(著)、エフォサ・オジョモ氏(著)、カレン・ディロン氏(著)、依田光江氏(訳)の著書『繁栄のパラドクス 絶望を希望に変えるイノベーションの経済学』(ハーパーコリンズ・ ジャパン)の中から一部を抜粋・編集しています
トヨタカムリの持続型イノベーション
アメリカでトヨタカムリほど売れた車はそうない。本書の執筆時点でカムリは、過去20年間で19回ものベストセラー車に輝いている。しかしカムリのすばらしい成功をもってしても、その販売実績は2000年以降、ほぼ横ばいである。トヨタが過去20年でカムリにおこなったイノベーションは、同社の競争力も存在感も利益も増やしたが、カムリの販売台数の成長にはさほど大きな影響を与えなかった。1997年にアメリカで売れたカムリは39万4397台、20年後の2017年は38万7081台だった(販売台数が最大だったのは2007年の47万3108台である。
過去20年のうち19年間、カムリをアメリカのベストセラー車に輝かせつづけたトヨタにとって、持続型イノベーションはきわめて重要だった。しかし、カムリの堅実な売れ行きは、トヨタをさらに上昇させる新しい成長エンジンとはならず、経済成長の牽引役にもならない。カムリのターゲットは、トヨタや他の自動車メーカーがすでに存在を知っていて、規模も把握済みであり、既存の流通経路をつうじて接触できる顧客なのである。
一方、確実に売れるとわかっていても、トヨタはカムリの新モデルを構想するたびに新しい製造工場を建設したり、スタッフを一新したりするわけではない。新しい販売チームを雇ったり、新たな流通経路を構築したり、新モデルに従事する新しい設計チームに巨額の投資をしたりするわけでもない。大半の企業がそうするように、既存の資源を別の役割に充てるだけだ。既存の資源を活用することで、トヨタは新モデル開発に多額の資金も大勢の人員も使わずに済む。新しい工場を建てる必要もなく、ただ若干数のスタッフを雇う程度でいい。
サービスの持続型イノベーション
カムリのイノベーションがたどった道筋は珍しいものではない。ほとんどのイノベーションは本来、持続型である。しかもこれは企業にとって望ましいことであり、よりよいプロダクト/サービスを求める顧客にとっても望ましい。持続型イノベーションの例は、コンピューターのプロセッサの高速化や、携帯電話のメモリの増量など多岐にわたる。初代iPhoneはスマートフォンと関連アプリの新市場を劇的につくり変えた市場創造型イノベーションだったが、iPhone Xは持続型イノベーションである。1000ドルを支払う余裕のある、iPhone Xユーザーの大半は、顔認識や高解像度のRetinaディスプレイ、OLEDスクリーンなどを備えた上位機種にたんに買い替えたにすぎない。
持続型イノベーションは物理的なプロダクトだけでなく、サービスのイノベーションでもよく見られる。たとえば、私の使っている銀行は、少なくとも月に一度はクレジットカードの新サービスの案内を送ってくる。クレジットカード自体は1950年から存在しており、すでに巨大な市場を形成しているにもかかわらず。アメリカのクレジットカードの利用残高は現在、1兆ドルを超え、この額はメキシコやトルコ、スイスのGDPより大きい。私の銀行はクレジットカードの新しい市場をつくろうとしているのではなく、旅行保険や、購入品の保証期間の延長、使用金額に応じたキャッシュバックといった追加のサービスを売って、利益を増やそうとしているのだ。同じことが、携帯電話プロバイダーにも当てはまり、なるべく大きなデータプランを売ろうとしてくる。これらは、私のような顧客に多くのサービスを売ってより多くの利益を上げようとする持続型イノベーションである。
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