本記事は、クレイトン・M・クリステンセン氏(著)、エフォサ・オジョモ氏(著)、カレン・ディロン氏(著)、依田光江氏(訳)の著書『繁栄のパラドクス 絶望を希望に変えるイノベーションの経済学』(ハーパーコリンズ・ ジャパン)の中から一部を抜粋・編集しています

見落とされている道

イノベーション
(画像=PIXTA)

多くの国に成長を生み、持続させてきた重要な要素は、消費者の苦痛にビジネスチャンスを見つけ、市場を創造するイノベーションに投資し、開発のプル戦略(必要な時期に必要な仕組みとインフラを社会に引き入れる)を採ることだった。繁栄するはずなのにできないでいるパラドクスを解決するにはこれらの要素が不可欠であり、本書ではさまざまなイノベーションやストーリーをつうじて、多様な立場から繰り返し検証していく。

イノベーションという言葉は、ハイテクや高機能のプロダクトだけを意味するのではない。イノベーションとは、「組織が労働、資本、原料、情報をより高価値のプロダクト/サービスのかたちに転換するためのプロセスにおける変化」である。

市場創造型イノベーションは、高機能で高価なプロダクト/サービスをシンプルで安価なプロダクトに変換し、われわれが「無消費者」と呼ぶ人たちから手の届く状態にする。どの地域であっても経済は消費者と無消費者で構成され、繁栄した経済では、多くのプロダクトで消費者の割合が無消費者の割合を上回る。無消費者は、なんらかの方法で現状を進歩させたいと苦闘しつつも、優れた解決策を入手できない状況に置かれてきたため、進歩を遂げられずにいる。市場に解決策がないのではなく、無消費者は既存の解決策を買う余裕がないか、それを使うために必要な時間や知識が不足しているのだ。

市場創造型イノベーションは、一国の経済推進というエンジンに点火することができる。このイノベーションが成功すると、3つの成果が得られる。第一に、プロダクトを生産し、市場で流通させ、販売するために多くの人員が必要となり、その結果、多くの雇用が生み出されること。雇用は、国の繁栄を測るうえできわめて重要な因子である。

第二に、消費者が増えることによって生み出される利益がある。この利益は、教育やインフラ、医療など社会の公共サービスの資金となることもよくある。

第三は、社会全体の文化を変容させる可能性があることだ。このあと見ていくように、今日の繁栄国の多くもかつては貧困にあえぎ、腐敗し、統治機構が劣悪な時代があった。しかし、イノベーションの拡充によってこうした貧しい経済を転換するプロセスが始まり、アメリカでは、シンガーのミシンやイーストマン・コダックの写真機、フォードのモデルTなどの市場創造型イノベーションがイノベーションの文化を形成し、ひいては社会全体を劇的に変えていった。

無消費者を消費者にする新しい市場がいったん創造されると、それらは他の因子──たとえばインフラや教育、機構、さらには文化的変容を引プルき入れ、市場の確実な生き残りを図ろうとする。こうして社会の軌道が変わりはじめるのだ。

この3つの要素は、イブラヒムがセルテル社を設立したときに採った手法にも表れている。第一に、周囲から無謀と見なされるような環境だったにもかかわらず、それまでは複雑で高価だったプロダクトを、膨大な数の消費者がより楽に安価に買えるようにした。その過程で数千人の職を創出し、活気のある市場をつくり上げ、金融サービスやモバイル医療など他産業の創出ももたらした。第二に、イブラヒムは事業の運営に必要だった資源を引き入れた。

利益の出る大きくて新しい市場に必要な資源だけをプルしたので、彼の構築したものは持続可能性をもつことができた。このテーマは賢明な投資をおこなううえできわめて重要であり、本書では繰り返し触れていく。

第三に、イブラヒムのセルテル社は地域住民を重視した。顧客が毎月携帯電話料を払う一般的なビジネスモデルではなく、プリペイドカード方式を導入したことで、新規顧客は最少25セントからカードを購入できる。これによって、セルテル社は顧客の裾野を広げたのだ。さらに、イブラヒムの創出した職の99%以上にネイティブのアフリカ人が就いた。

今日、インフラ整備は政府が担うべきだとの期待が強まっており、その意味では、イブラヒム個人による奮闘は奇異に映るかもしれない。だが、このあと見ていくように、自国の繁栄の炎に点火しようと奮闘した数多のイノベーターたちとイブラヒムのあいだに、ほとんどちがいはない。

たしかに、国が長期的に豊かさを持続するには、イノベーションの文化を育み、支えてくれる政府の存在が最終的には必要になる。ただし、最初の火を点けるのは市場創造型のイノベーターたちであり、政府にできるのはその火を大きくすることだ。多くの繁栄国がたどった成功パターンのとおり、市場創造型イノベーションは国の良質の統治機構に点火し、長期にわたって繁栄を持続させる好循環のきっかけとなることができるのだ。

繁栄のパラドクス 絶望を希望に変えるイノベーションの経済学
クレイトン・M・クリステンセン(CLAYTON M. CHRISTENSEN)
ハーバード・ビジネス・スクールのキム・B・クラーク記念講座教授。12冊の書籍を執筆し、ハーバード・ビジネス・レビューの年間最優秀記事に贈られるマッキンゼー賞を5回受賞。イノベーションに特化した経営コンサルタント会社イノサイトを含む、4つの会社の共同創業者でもある。ビジネス界における多大な功績が評価され、「最も影響力のある経営思想家トップ50」(Thinkers50)に複数回選出されている。
エフォサ・オジョモ(EFOSA OJOMO)
クリステンセン研究所に所属し、上級研究員として「グローバル経済の繁栄」部門のリーダーを務める。ハーバード・ビジネス・レビュー、ガーディアン、CNBCアフリカ、イマージングマーケット・ビジネス・レビュー等に論文を発表している。2015 年、ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得。
カレン・ディロン(KAREN DILLON)
ハーバード・ビジネス・レビューの元編集者。共著書にニューヨーク・タイムズ・ベストセラーの『イノベーション・オブ・ライフ』『ジョブ理論』。コーネル大学、ノースウエスタン大学メディル・ジャーナリズム学院卒業。バンヤングローバル社のエディトリアル・ディレクター。アショカ財団によって世界で最も影響力のある女性のひとりに選出される。
依田光江(よだ・みつえ)
お茶の水女子大学卒。外資系IT 企業勤務を経て翻訳の道へ。主な訳書にクレイトン・M・クリステンセン他『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』、アレック・ロス『未来化する社会 世界72 億人のパラダイムシフトが始まった』(ともにハーパーコリンズ・ジャパン)、ジョセフ・F・カフリン『人生100 年時代の経済 急成長する高齢者市場を読み解く』(エヌティティ出版)、ピーター・ラビンズ『物事のなぜ──原因を探る道に正解はあるか』(英治出版)などがある。

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