本記事は、クレイトン・M・クリステンセン氏(著)、エフォサ・オジョモ氏(著)、カレン・ディロン氏(著)、依田光江氏(訳)の著書『繁栄のパラドクス 絶望を希望に変えるイノベーションの経済学』(ハーパーコリンズ・ ジャパン)の中から一部を抜粋・編集しています

世界を席巻した中国の電子レンジメーカー

電子レンジ
(画像=PIXTA)

梁昭賢は、のちに世界でも指折りの家電メーカーとなるギャランツを立ちあげた。25年前はほぼ無名だったが、今日では世界中で売られている電子レンジのおよそ半数がギャランツ製だ。ものすごい数の電子レンジが日々製造されている。だがリアンはこの巨大企業を、中国の低賃金につけ込んだ輸出で築いたわけではない。中国国内で目にした不便さに、まず着目したのだ。

当初、競合他社にはこの機会が見えていなかった。たとえば1992年、中国では20万台の電子レンジしか売れず、しかも都市部にかたよっていた。電子レンジの平均価格は約3000元(当時の価値でおよそ500ドル)で、平均的な中国国民にとって手の届きようのない値段だった。たいていの中国人は、電子レンジを不要の贅沢品と見なし、また多くの家電メーカーも一般的な中国人無消費者のことを、電子レンジなど“貧しすぎて”買えない人たちだと見ていた。中国市場最大手の家電メーカーですら電子レンジの年間売上は約12万台にすぎなかった。

だが、ギャランツの創業者の目には別のものが映っていた。それは、小さなアパートの住人だ。彼らはガスコンロや、場所をとるようなかさばるものをもっていなかった。多くは電熱器を使用していて、手狭な部屋の温度が上昇することもよくあった。彼はまた、時間に追われる中国人が増えつづけていることも、小さなアパートで部屋に空調もなく、時間に追われている人びとは、部屋が暑くなる料理をしたがらないことも理解していた。リアンはこの不便さに、巨大市場創造の好機を見た。

ギャランツが中国国内の電子レンジ市場に集中する選択をした理由は、世界的な著名ブランドの多くが中国を無視することにした理由とまったく同じだった。つまり、「既存の需要は小さく、電子レンジは高価すぎて中国の一般的な消費者には購入できない」

だからギャランツは、中国に市場を創造するビジネスモデルを開発した。他の多くのブランドやメーカーと同様に、中国の人件費の安さを利用してはいたが、ギャランツが電子レンジを低価格で製造するただの業者だと考えるのは正しくない。同社は中国の一般的な消費者を念頭に置いて、ゼロからスタートを切ったのだ。

一般的中国人の顧客を惹きつけるために、同社の幹部陣は中国にある他の家電メーカーとは異なる考え方をしなければならなかった。1990年代半ば、中国のほとんどのメーカーの操業率は約40%だったが、ギャランツは自社の工場を24時間365日稼働させて、資産を最大限に活用した。

他社がテレビで宣伝していても、ギャランツは新聞を利用して、ナレッジマーケティングを導入した。ナレッジマーケティングとは、自社製品の使い方や、新しいモデルの説明を含めて、企業が顧客に情報を提供する手法だ。この戦略によって、同社の宣伝費とマーケティング費用は劇的に抑えられ、同程度の売上高がある他企業と比較すると、ギャランツが広告に費やす額はおよそ10分の1だった。

中国でよく読まれている英字新聞チャイナデイリー紙の記事が、電子レンジを初めて使用する消費者が使い方を憶えたのはギャランツの功績だと書いている。「1995年、ギャランツは電子レンジの使い方の知識を全国的に普及させた。『電子レンジの使い方ガイド』『専門家が教える電子レンジの豆知識』『電子レンジの料理レシピ』などの特集を150紙以上へ掲載した。『よい電子レンジの選び方』といった書籍出版にも約100万元(12万481ドル)を出資している」。こうした取り組みは、中国の人々に電子レンジについて教えるだけでなく、同社のブランド認知を高めた。

ギャランツはさらに、人件費の安さだけを武器に輸出攻勢をかける他企業には必要のない能力をいくつも開発した。エンジニア、販売員、マーケティング専門家が新たに必要になれば採用活動を実施し、新しい流通経路が必要になれば開発し、新しいオフィスや工場やショールームが必要になれば、そのつど建てた。中国市場で成功しようと思うのなら、ギャランツは現地に雇用を大量につくり出さなければならなかった。製造を開始してからわずか2年後には、同社は5000店に達するほどの販売ネットワークを全国に展開していた。

現在、ギャランツは世界最大の電子レンジ研究開発センターを擁し、さらに、アメリカ、日本、韓国をはじめとする複数の国で研究機関やR&Dセンターとのパートナーシップを積極的に築こうとしている。また、世界中の200近くの国や地域に流通センターを構えている。ギャランツが低価格電子レンジの輸出のみに専念したなら、こうした投資の多くは必要なかっただろう。

ギャランツの事例を見ていると、無消費者をターゲットにした市場創造の影響力が直に伝わってくる。1993年に20人だった従業員は2003年には1万人以上に増大した。1993年の製造ラインは1本で、1日当たりの生産量はおよそ400台。2003年になると製造ラインは24本に増え、1日に5万台を生産するようになった。2016年には1日に約10万台の電子レンジを生産している。

ギャランツの成功はめざましく、2013年には45億ドル以上の売上を記録、従業員数は4万人を超えた。現在、同社は世界の電子レンジ市場の40%以上を占め、創業者のリアンは、10億1000万ドルという途方もない資産を保有して、フォーブス誌の世界長者番付に悠々とランクインしている。こうしたリアンの富やギャランツの成功は、中国のために中国で起こした市場創造型イノベーションが基盤にある。中国の無消費をターゲットにして成功したあと、グローバル市場でも大きなシェアを握ったのだ。

繁栄のパラドクス 絶望を希望に変えるイノベーションの経済学
クレイトン・M・クリステンセン(CLAYTON M. CHRISTENSEN)
ハーバード・ビジネス・スクールのキム・B・クラーク記念講座教授。12冊の書籍を執筆し、ハーバード・ビジネス・レビューの年間最優秀記事に贈られるマッキンゼー賞を5回受賞。イノベーションに特化した経営コンサルタント会社イノサイトを含む、4つの会社の共同創業者でもある。ビジネス界における多大な功績が評価され、「最も影響力のある経営思想家トップ50」(Thinkers50)に複数回選出されている。
エフォサ・オジョモ(EFOSA OJOMO)
クリステンセン研究所に所属し、上級研究員として「グローバル経済の繁栄」部門のリーダーを務める。ハーバード・ビジネス・レビュー、ガーディアン、CNBCアフリカ、イマージングマーケット・ビジネス・レビュー等に論文を発表している。2015 年、ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得。
カレン・ディロン(KAREN DILLON)
ハーバード・ビジネス・レビューの元編集者。共著書にニューヨーク・タイムズ・ベストセラーの『イノベーション・オブ・ライフ』『ジョブ理論』。コーネル大学、ノースウエスタン大学メディル・ジャーナリズム学院卒業。バンヤングローバル社のエディトリアル・ディレクター。アショカ財団によって世界で最も影響力のある女性のひとりに選出される。
依田光江(よだ・みつえ)
お茶の水女子大学卒。外資系IT 企業勤務を経て翻訳の道へ。主な訳書にクレイトン・M・クリステンセン他『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』、アレック・ロス『未来化する社会 世界72 億人のパラダイムシフトが始まった』(ともにハーパーコリンズ・ジャパン)、ジョセフ・F・カフリン『人生100 年時代の経済 急成長する高齢者市場を読み解く』(エヌティティ出版)、ピーター・ラビンズ『物事のなぜ──原因を探る道に正解はあるか』(英治出版)などがある。

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