この記事は2022年5月6日に「ニッセイ基礎研究所」で公開された「円安は一体いつまで続く?~円安終了の条件と見通し」を一部編集し、転載したものです。
目次
要旨
先月下旬から円安ドル高の進行が小休止しているが、今後も円安トレンドが続く可能性は高い。まず、今後も日本・円サイドで円買い材料が現れそうにないためだ。日銀は4月の決定会合で連続指し値オペの毎営業日実施を決定し、少なくとも黒田総裁任期中に緩和縮小へ転じる可能性が低いことが浮き彫りになった。また、実需面での円安材料となっている日本の貿易赤字も当面解消が見込みない。制裁を受けるロシアの生産減によって原油の需給はタイトな状況が続き、原油価格が高止まりすると予想されるためだ。
従って、円安ドル高基調が収まるためには、米国のインフレが抑制に向かうことで米利上げ加速観測が後退したり、米景気減速懸念が台頭したりするなど、米国・ドルサイドでドル売り材料が顕在化する必要がある。FRBが急ピッチの引き締めを続ける以上、いずれは米国のインフレが抑制に向かったり、景気減速懸念が台頭したりする可能性が高いと見ているが、足元の情勢を鑑みると、当面そうした事態は見込みづらい。従って、今後夏場までは円安ドル高がさらに進むと予想している。2~3ヵ月のうちに一時的に135円に達する可能性が高いと見ている。その後、秋になると緩やかな円高ドル安基調に転じると予想している。利上げが進むことで先々の米国の景気減速リスクが意識されやすくなるうえ、供給制約の緩和や一部利上げ効果もあって米国の物価上昇率の鈍化傾向が見えてくることなどがドルの抑制材料になるためだ。夏場にかけて上昇したドル円は、年末にかけて1ドル130円程度まで下落すると予想している。
ただし、ウクライナ情勢や供給制約問題などの不確実性は高いため、ドル円も幅を持って見ておきたい。円安の時間帯が長引いたり、さらなる利上げ観測によって1ドル135円を超えて円安ドル高が進み、140円に達したりする可能性も排除できない。
トピック: 円安は一体いつまで続く?
FOMCや米主要経済指標が予定されていたことから、日本のGW中に円安が進む事態が危惧されていたが、足元のドル円レートは1ドル130円台半ばとGW前である28日夕刻とほぼ同水準に留まっており、円安は一旦小休止している。
FOMC後のドル円の反応と背景
最大の焦点であった5月のFOMCでは、22年ぶりとなる0.50%の大幅利上げと6月からのQT(保有資産圧縮)開始が決定された。決定内容としては間違いなくタカ派的であったのだが、市場では既に織り込み済みであった。
むしろ、会見においてパウエル議長が「0.75%の利上げは積極的に検討しているものではない」と、さらなる利上げ幅拡大に慎重な発言をしたことを受けて過度の利上げ観測が後退し、ドル円は一時128円台へ下落することになった。
昨日のNY市場ではドルが持ち直したものの、既述の通り、130円台に留まり、4月末に付けた20年ぶり高値である131円台前半には届いていない。
また、先週の段階で、投機筋の円売りポジションが高止まりしていたことが、さらなる円安進行を抑制した可能性もある。先月26日時点のシカゴ投機筋の円ポジションは9.5万枚の売り越しと大きく売りに傾いていたため、その後の円安進行やFOMC通過を受けて、利益確定的な円の買戻しが発生した可能性がある。
このように、最近は円安ドル高の進行が小休止しているが、今後も円安トレンドが続く可能性は高い。
積極的な円買い材料は現れそうにない
その理由としては、まず、今後も日本・円サイドで積極的な円買い材料は現れそうにないことが挙げられる。
これまで、指値オペ等を用いて国内金利を極めて低位に抑制して円安を助長してきたとの見方も多い日銀は、4月末の金融政策決定会合で連続指し値オペの毎営業日実施を決定した(詳細は後段の「日銀金融政策(4月)」参照)。
事前には、円安抑制のために長期金利の上昇許容幅の拡大など緩和の手綱を緩めるとの観測が燻っていたものの、逆に現行緩和を継続するとの方針を強調する結果となった。
従って、少なくとも黒田総裁任期中(~2023年4月)における緩和縮小方向への軌道修正の可能性が低いことが改めて浮き彫りになった。
また、実需面での円安材料となっている日本の貿易赤字も当面解消が見込みない。赤字の大きな原因となっている原油価格高騰が長引くと予想されるためだ。一昨年以降の原油価格の上昇は原油の輸入額を膨らませるばかりでなく、一定の時間差を伴ってLNG(液化天然ガス)の輸入価格を押し上げる(*1)ことで、LNGの輸入額も膨らませてきた。
ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、同国への制裁や自主的な敬遠の動きから西側諸国を中心にロシア産原油を回避する動きが進行しているが、さらに足元ではロシア産原油の最大の輸入先であるEUが同国産原油の禁輸措置を導入する動きを見せている。
制裁の効力を高めるためにも、またエネルギー安全保障の観点からも、西側諸国によるロシア産原油離れは続くだろう。
その際、仮に制裁に参加していない中国やインドが行き場を失った同国産原油を大量に追加調達すれば、ロシアの生産量は維持されることになるが、輸送面の問題(長距離・高コスト・保険受け手少ない)やレピュテーションリスク、米国などからの二次的制裁リスクから実現可能性は低い。
このため、ロシアの原油生産量の減少を受けて世界的な原油需給はタイトな状況が続き、原油価格も1バレル100ドル超の水準で高止まりすると予想される。
さらに、政府による円買い為替介入のハードルも高い。米国やG7での協調介入実施のためには米国の協力が必要だが、米国にはもともと人為的な為替操作を嫌う傾向があるうえ、現在の米国にとって最優先課題であるインフレを抑えるためには、輸入物価を押し下げるドル高の方が好都合のため、ドル売り介入を快く思わない可能性が高い。
実際、4月下旬に行われた日米財務相会談でも、協調介入に対する具体的かつ前向きな話し合いには至っていない模様だ(*2)。
米国の協力が得られなかったとしても日本単独で介入を行うことは可能だが、過去の経験が示している通り、その効果は乏しいだろう(*3)。
*1: 日本のLNG調達のうち、およそ7割が原油価格に連動する形で値決めがなされる長期契約と目される。
*2: 日米財務相会談で協調介入について協議したとする一部報道に対して、鈴木財務大臣は「報道があったことは承知しているが、その報道は事実に反する」と発言(4月26日ロイター報道)。
*3: 詳細は、拙稿「円買い為替介入の可能性を考える~過去の振り返りと今後のハードル」(Weeklyエコノミスト・レター2022-04-06)をご参照下さい。
円安ドル高の持続性は米・ドルを巡る情勢次第
このように、今後も日本・円サイドで積極的な円買い材料は現れそうにない。むしろ、貿易赤字が続く以上、実需の円売りも続くことになるうえ、主要国の中で突出して金融緩和継続姿勢が強いことに着目した円売りが出る恐れもある。従って、円安ドル高基調が収まるためには、米国・ドルサイドでドル売り材料が顕在化する必要がある。
具体的には、(1)米国のインフレが抑制に向かうことでFRBによる利上げ加速観測が後退するケースや、(2)米国の景気減速懸念が台頭するケースが挙げられる。(2)に関しては、特に米国の10年国債利回りが2年国債利回りを下回る「逆イールド」が発生すると台頭しやすい。これまで、逆イールドが発生したしばらく後に実際に景気後退に陥ったことが多かったためだ。
FRBが急ピッチの引き締めを続ける以上、いずれは米国のインフレが抑制に向かったり、景気減速懸念が台頭したりする可能性が高いと見ているが、当面そうした事態は見込みづらい。
米国の消費者物価上昇率は直近3月時点で前年比8.5%と極めて高い水準に達しており、上昇に歯止めがかかっていない。現在も中国で続く都市封鎖が供給制約を悪化させ、物価上昇圧力になる可能性もある。
また、今後物価上昇率が多少低下したとしても、ある程度続かなければ、2%の物価目標との乖離は大して埋まらず、FRBは速いペースでの金融引き締めを続けるだろう。高インフレが続く以上、市場では米利上げ加速観測が燻り、ドル高圧力になりやすい。
また、最近にかけて公表されている消費や雇用関連などの米国経済指標は総じて底堅く、にわかに景気減速懸念が大きく台頭するとは想定しづらい。
米10年国債利回りが2年国債利回りを下回る「逆イールド」は4月初旬に発生したものの、すぐさま順イールド状態に戻っており、今後も、6月から開始されるQTが長期国債の需給を緩和させることで、10年国債利回りの下支えになる可能性がある。
しばらくは円安が進む可能性大、秋口からは反転か
従って、今後夏場までは円安ドル高がさらに進むと予想している。2~3ヵ月のうちに、一時的に1ドル135円に達する可能性が高いと見ている(具体的な予測値(四半期平均)は最下段の表をご参照)。
その後、秋になるとドル安圧力が高まり、緩やかな円高ドル安基調に転じると予想している。FRBは今後数会合にわたり0.5%の利上げを検討する方針を示していることから、この頃には政策金利が2%台半ばとみられる中立金利にかなり接近してくる。中立金利を超える水準への利上げが間近となることで、先々の景気減速リスクが意識されやすくなるだろう。
また、この頃には、コロナ禍に端を発する供給制約の緩和や一部利上げ効果もあって米国の物価上昇率の鈍化傾向が見えてくることもドルの抑制材料になると見ている。
さらに、この頃には、11月に控える米中間選挙において与党民主党が敗北し、米国の政治が停滞するリスクが意識されやすくなることもドルの抑制材料になる可能性が高い。もともと、中間選挙は与党にとって不利な展開になりやすいうえ、世論調査での支持率も足元で低迷している(*4)。
米国経済が年内に後退にまで陥る可能性は低いうえ、円買い材料が見当たらない状況が続くことから大幅に円高が進むことは想定しづらいが、夏場に一時135円に達したドル円は年末にかけて1ドル130円程度まで下落すると予想している。
以上がメインシナリオとなるが、ウクライナやコロナの情勢、世界的な供給制約問題などの不確実性は高く、その影響を受ける米国の景気・物価の先行き不透明感も強いため、ドル円も幅を持って見ておきたい。米経済が予想外に好調に推移したり、インフレが鎮静に向かわなかったりすることで円安の時間帯が長引いたり、さらなる利上げ観測によって1ドル135円を超えて円安ドル高が進み、140円に達したりする可能性も排除できない。
*4: キニピアック大学の調査(4月27日公表)によれば、「本日投票するとした場合の」民主党の支持率は40%で共和党の支持率44%を下回っている。
日銀金融政策(4月)
(日銀)連続指し値オペの常態化を決定
日銀は4月27日~28日に開催した金融政策決定会合において、連続指し値オペの毎営業日実施を決定した。今後は明らかに応札が見込まれない場合を除き、10年国債利回りについて0.25%での指し値オペを実施する。長短金利操作、資産買入れ方針は変更なしであった。
同時に公表された展望レポートでは、2022年度の消費者物価上昇率見通し(生鮮食品を除く・政策委員の大勢見通し)を前年比1.9%(前回1月時点は同1.1%)へと大幅に上方修正したが、物価上昇率の上昇は一時的に留まり、23・24年度については同1.1%と2%の物価目標に達しない見通しが示された。一方、参考値として公表された生鮮食品・エネルギーを除くベースでは、24年度の前年比1.5%に向けて緩やかに上昇していく姿が示されている。
会合後の会見で、黒田総裁は今後物価上昇率が一旦2%程度まで上昇率を高めるものの、「2%程度の上昇率が持続しない」との見通しを示し、その理由として、(1)エネルギー価格の物価押し上げ寄与は先行き減衰していくと見込まれること、(2)最近の資源価格の上昇は、(中略)経済にマイナスに作用し、ひいては基調的な物価上昇率に対しても下押し圧力をもたらすこと、の2点を挙げた。
そのうえで、「経済を下支えし、基調的な物価上昇率を引き上げていく観点から、現在の強力な金融緩和を粘り強く続けていくことが適当」との考えを示した。また、今回、展望レポートで新たに示された2024年度の物価上昇率(除く生鮮食品)の見通しが1.1%に留まることを指摘したうえで、「こういう見通しの通りであれば、金融緩和の出口を早急に探るということにはなっていない」と緩和の長期化を示唆した。
連続指し値オペの毎営業日実施措置を導入した趣旨については、「長期金利に上昇圧力がかかった場合でも、金利変動幅の上限をしっかり画する観点」としたうえで、「連続指値オペをするかしないかということで、毎回市場に余計な憶測を招いて市場が変動することはあまり適切ではない」と述べ、市場の思惑を抑制する狙いがあることも明らかにした。
また、物価上昇に拍車をかけているとの指摘が多い円安については、「現状、全体として円安がプラスという評価を変えたわけではない」と従来の見方を維持する一方で、「過度に急激な変動は、不確実性の高まりを通じてマイナスに作用することも考慮する必要がある」と急速に進む円安をけん制した。
政府が物価高及び円安への対応に追われる一方で、日銀が更なる円安進行も厭わないような決定をしたことに関して、政府との連携を問われた場面では、資源価格の上昇が日本経済にとって下押し要因になるという点で、「政府と日銀との基本的な認識の違いはない」と説明。日銀の金融緩和と政府の物価高対策がそれぞれ景気の下支えに寄与するとの見方を示し、「相互補完的な政策だ」と述べた。
また、「悪い円安」との表現も用いて円安けん制をたびたび行っている鈴木財務大臣との円安の影響に関する認識の相違を問われた場面では、「(日銀も)最近の為替市場でみられた急激な変動はマイナスに作用すると認識しており、こうした点は鈴木財務大臣と基本的に同じ」と述べ、「政府と日銀で円安に対する認識や政策が異なる」との見方の払拭を図った。
今後の予想
今回の会合で、連続指し値オペの常態化が決定されたことで、改めて日銀の金融緩和継続姿勢が示された。日本の物価上昇率は近々物価目標水準である2%に達するとみられるが、日銀としては、現下のような海外発コストプッシュ型の物価上昇は日銀の目指す姿ではないばかりか、日本経済にとってはむしろマイナスであり、持続性も伴わないと認識していることから、「強力な金融緩和を粘り強く続けていく」というスタンスを維持し続けるだろう。
市場で観測が燻る長期金利変動許容幅の拡大(すなわち、0.25%超への金利上昇の許容)についても、実質的な緩和縮小の側面があることから、黒田総裁任期の間は見込み難い。
日銀は、「日銀の金融緩和が悪い物価上昇をもたらす悪い円安をもたらしている」との批判を粘り強く否定を続ける一方、急速な円安については口先でのけん制を続けながら、「資源価格上昇圧力やドル高圧力の落ち着きを待つ」のが基本戦略だと見られる。
今後もさらに円安に拍車がかかり、仮に政府からの要請・圧力が高まれば、日銀が何もしないわけにはいかなくなると見るが、政府としても景気に悪影響を与えて財政の余地も狭める利上げは望まないだろう。そうなると、口先介入や政策金利に関するフォワードガイダンス(*5)を中立に修正する(利下げに関する表現を削除)程度のことしか選択肢が無くなり、為替への影響は限定的に留まりそうだ。
*5: 政策金利については、現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定している。
金融市場(4月)の振り返りと予測表
10年国債利回り
4月の動き 月初0.2%台前半でスタートし、月末も0.2%台前半に。
月初、FRB要人発言やFOMC要旨を受けて、米国の速いペースでの金融引き締め観測が高まり、米金利上昇からの金利上昇圧力が波及、6日に0.2%台半ばに上昇した。その後も米金利は上昇基調を辿ったが、日銀による指し値オペへの警戒から中旬にかけて0.25%を若干下回る水準での推移が継続。
そして、21日から28日にかけては実際に日銀が連続指し値オペを実施したことで強制的に金利上昇が抑えられ、0.24%台から0.25%付近での推移が続いた。月末には日銀が指し値オペの毎営業日実施を発表したことでやや低下し、0.2%台前半で終了した。
ドル円レート
4月の動き 月初122円台前半でスタートし、月末は130円台半ばに。
月初、FRB要人発言やFOMC要旨を受けて、米国の速いペースでの金融引き締め観測が高まり、11日には125円に上昇。黒田日銀総裁が緩和維持方針を改めて示したことで日米の金融政策の違いが意識され、15日には126円台半ばに到達。さらにFRB要人からのタカ派的な発言が続いたことで、円安ドル高に拍車がかかり、20日には129円台半ばを付けた。円は約20年ぶりの安値に下落したことになる。
その後は持ち高調整や中国の景気減速懸念を受けて米金利がやや低下し、26日には127円台半ばに下落。月末には日銀が指し値オペの毎営業日実施を発表したことで再び円売りが優勢となり、130円台半ばで終了した。
ユーロドルレート
4月の動き 月初1.10ドル台半ばでスタートし、月末は1.05ドル台前半に。
月初、米国の急速な金融引き締め観測に加えて、ウクライナ情勢の悪化を受けた欧州経済の減速懸念によってユーロが下落し、8日には1.08ドル台半ばに。その後も米金利上昇によるドル高圧力は継続したものの、仏大統領選の1回目投票が無難に通過したことやECB高官による利上げに前向きな発言もあり、22日にかけて1.08ドル台での一進一退が継続。
下旬には、都市封鎖拡大による中国経済減速懸念が高まり、流動性の高いドルが買われたうえ、ロシアによるポーランド・ブルガリアへのガス供給停止を受けて欧州経済の減速が懸念され、ユーロ売りが加速。月末は1.05ドル台前半で終了した。
(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
上野 剛志 (うえの つよし)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 上席エコノミスト
【関連記事 ニッセイ基礎研究所より】
・1ドル130円接近、円安進行に歯止めはかかるか?~マーケット・カルテ5月号
・まるわかり“実質実効為替レート”~“50年ぶりの円安”という根深い問題
・円買い為替介入の可能性を考える~過去の振り返りと今後のハードル
・円買い理由が見当たらない~マーケット・カルテ4月号
・円相場のカギを握る米金融引き締めとウクライナ情勢~マーケット・カルテ3月号