この記事は2022年7月13日に「ニッセイ基礎研究所」で公開された「高年齢者雇用安定法の改正と70歳現役時代の到来」を一部編集し、転載したものです。
目次
※ 本稿は2021年5月26日発行「研究員の眼」を加筆・修正したものである。
2021年4月から「改正高年齢者雇用安定法(*1)」が施行されることにより、70歳まで現役で働く「70歳現役時代」が到来することとなった。
改正法の施行により企業は(1)70歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度)の導入、(2)70歳までの定年の引き上げ、(3)定年制の廃止、(4)70歳まで継続的に業務委託契約を結ぶ制度の導入、(5)70歳まで企業自らのほか、企業が委託や出資等する団体が行う社会貢献活動に従事できる制度の導入のうち、いずれかの措置を講じることが努力義務として追加された。
*1: 高年齢者雇用安定法の正式名称は「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」
「改正高年齢者雇用安定法」の期待される効果
政府が70歳雇用を推進するなど高年齢者の労働市場参加を奨励する政策を実施する主な理由は、(1)少子高齢化の進展による労働力不足に対応するとともに、(2)社会保障制度の持続可能性を拡大するためである。
厚生労働省が2022年6月に公表した「人口動態統計月報年計(概数)の概況」によると、2021年に生まれた子供の数(概数)は前年比で3.6%減の81万1,604人にとどまり、過去最少を記録した。 また、日本における2022年5月時点の生産年齢人口(15~64歳)は7,441万人(外国人を含む)で、1年前に比べ27万人も減少した。
全人口に占める15~64歳人口の割合は59.3%で、ピーク時の1993年(69.8%)以降、一貫して低下しており、今後もさらに低下することが予想されている(*2)。
このように少子高齢化が進行し、生産年齢人口が減少している中で、70歳雇用が定着すると生産年齢人口の範囲が既存の15~64歳から15~70歳に拡大されることにより労働力不足の問題を解消することができる。
また、企業にとっては高年齢者のノウハウや技能・技術をより長く活用し、若手への技術承継ができるというメリットも期待できる。
そして、70歳雇用の定着は社会保障の持続可能性を拡大する。特に、働くことで健康が維持できる高年齢者が増加すると、高齢化の進展とともに増え続けている医療や介護に関する政府の財政支出をある程度抑えることができる。
実際、都道府県別の65歳以上就業率(2000年)と1人当たり後期高齢者医療費(2010年度)の関係をみた分析結果によると、高年齢者の就業率が高い都道府県ほど医療費が低くなる傾向があった。
*2: 高年齢者雇用安定法の正式名称は「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」
高年齢者の労働市場参加の現状と今後の働き方
政府が高年齢者雇用促進政策を継続的に推進することにより、労働市場に参加する高年齢者は毎年増加している。2022年4月時点における60~64歳の男性の就業率は84.7%(女性は61.0%)で、多くの高年齢者が労働市場に参加していた。
一方、65歳以上の男性と女性の就業率は同時点でそれぞれ33.5%と18.0%で60~64歳の就業率ほど高くはないものの2012年の男性27.9%と女性13.2%と比べると男女ともに5%ほど上昇した(男性は2021年7月の34.6%をピークに減少傾向)。
では、2021年4月から「改正高年齢者雇用安定法」が施行されたことにより、今後高年齢者はどういった形で働くことになるだろうか。
改正高年齢者雇用安定法により、希望者が65歳まで働けるようになった2013年から現在にいたるまでの企業の対応を参考にすると、今後も多くの高年齢者は「70歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度)」により働く可能性が高いと考えられる。
実際、2020年現在、高年齢者就業確保措置の実施済企業のうち、継続雇用制度を導入している企業は76.4%で、定年の引上げ(20.9%)や定年制の廃止(2.7%)を選択している企業を大きく上回っている(*3)。
さらに、多くの企業は継続雇用制度における再雇用制度と勤務延長制度のうち、人件費負担が少ない再雇用制度を導入しているので、しばらくの間は再雇用制度により雇用を延長すると考えられる。
再雇用制度により雇用される場合の雇用形態はパート・アルバイト、嘱託等の非正規職が多い。独立行政法人労働政策研究・研修機構(2020)(*4)が60~69歳の高年齢者を対象に2019年7~8月に実施した調査結果によると、正社員は21.4%に過ぎず、多くの高年齢者は、パート・アルバイト、嘱託、契約社員等の非正規雇用労働者として仕事をしていることが確認された。
賃金額が減少した高年齢者は7割を超えており、現在の仕事について満足している高年齢者の割合は4割弱にとどまっていた。
高年齢者(就業者)が現在仕事をしている最も大きな理由としては、「経済上の理由」(76.4%)が挙げられた。これは2番目の「いきがい、社会参加のため」(33.4%)と3番目の「時間に余裕があるから」(22.6%)を大きく上回る数値である。
さらに、「経済上の理由」を挙げた割合を年齢階層別にみると、60~64歳が82.3%で65~69歳の69.8%より高いことが確認された。60~64歳の割合が高い理由としては、公的年金の受給開始年齢が段階的に65歳まで引き上げられている点が考えられる。
*3: 厚生労働省(2020)「令和2年『高年齢者の雇用状況』集計結果」
*4 独立行政法人 労働政策研究・研修機構(2020)「60代の雇用・生活調査」JILPT調査シリーズNo.199
高年齢者雇用確保措置と若者の雇用
2021年4月から改正高年齢者雇用安定法が施行されるとともに、新型コロナウイルス感染症の影響により普及し始めたテレワークが企業に定着すると、通勤時の電車の混雑等による心理的、体力的な負担が軽減できるので高年齢者の労働市場参加はさらに増えると考えられる。
近年は、景気も比較的悪くなく、若年者人口の減少による労働力不足が問題になっているので、高年齢者に対する雇用推進政策が若年者の雇用に大きな影響を与えなかったのも事実である。
しかしながら、新型コロナウイルスの影響により今後景気が後退すると、高年齢者と若年者の間の雇用の代替性が強くなる可能性が高まり、高年齢者の就業により若年者の採用が抑制される「置き換え効果」が起きる恐れがある。「置き換え効果」が起きないようにするためには、高年齢者と若年者の仕事の補完性を高める必要がある。
若年者は高年齢者に比べて体力を要する仕事やパソコンを用いた仕事、そして新しい仕事に優れていることに対して、高年齢者は豊かな経験や人脈、要領の面で若年者を上回っているので、若年者と高年齢者の長所を活かしてお互いを補完する形で雇用が提供されると、高年齢者により若年者の雇用機会が奪われる「置き換え効果」の問題が解消されることが期待される。
今後は高年齢者と若年者が共に活躍できるように、企業は業務の「補完性」を高めるための施策を講じることが望ましい。
高年齢者の働くモチベーションを引き上げるためには「在職老齢年金」の見直しが必要
これまでの政府の高年齢者雇用政策が公的年金制度の受給開始年齢の引き上げとともに実施されてきたことに比べて、今回の改正では公的年金の受給開始年齢の引き上げとは関係なく、70歳雇用の努力義務が実施される。
つまり、これまでは年金の受給開始年齢に合わせて退職する時期を決めていたが、これからは年金の受給開始年齢とは関係なく、高年齢者が個人の希望に合わせて退職する時期を決めることになったのである。
しかしながら、現在実施されている「在職老齢年金」は高年齢者の働く意欲を削ぐような仕組みになっており、見直しが必要である。「在職老齢年金」とは、60歳以上で仕事をしながら賃金と年金を受給している場合、その合計額が一定の水準を超えると老齢厚生年金の一部または全額の支給を停止する制度である。
現在は賃金等と年金の合計額が60~64歳で月28万円、65歳以上で月47万円を超えると、支給停止の対象となる。2020年の年金制度改正により2022年4月からは、60~64歳も支給停止の基準額が47万円に引き上げられたものの、まだ高年齢者の雇用促進の妨げになっている。
賃金等と老齢厚生年金の合計額が47万円を超えた場合には、先述した「繰下げ受給」を選択することも可能である。「繰下げ受給」を選択して受給開始年齢を66歳以降に遅らせた場合、1ヶ月ごとに年金額は0.7%ずつ増え、受け取る年齢を70歳にすると65歳に比べて年金の月額は42%も増える。しかしながら、本来の年金額(基礎年金を除く)と給与の合計が月47万円超だと年金額が減額され、受給開始年齢を先延ばししても減額された分は増額の対象からはずれる。
現在、65歳以上の受給権者のうち、在職老齢年金の対象となっている者は多くはないものの、今後高齢者の労働市場参加が増えると共に、同一労働同一賃金が普及し高齢者の賃金水準が改善されると「在職老齢年金」の対象者は現在より増加する可能性が高い。
将来の労働力不足問題を解決し、働く高年齢者のモチベーションを引き上げつつ、生産性向上につなげるためには、働く意欲を損なう懸念のある「在職老齢年金」の仕組みの見直しを徹底的に議論すべきである。
今後の課題
今後70歳定年を推進するにおいて、いくつか注意すべき点がある。まず、「70歳定年」を含めた定年延長をすべての企業や労働者に一律に適用するよりは、企業や高年齢者がおかれている状況に合わせて柔軟に対応できるように制度を運営する必要がある。
高年齢者が希望するだけ長く働くことができる社会を構築することは望ましいものの、企業にとっては高年齢者が対応できる業務を確保することが難しい場合もある。特に事務職の場合は今後供給過剰が予想されており、高年齢者雇用においてミスマッチが発生する可能性が高い。
また、高年齢者の場合は、経済的な理由で働かざるを得ないものの、体力の低下等が理由で既存の仕事を継続して担当することが難しいこともある。
このような問題を解決するためには、高年齢者を必要とする企業に高年齢者が柔軟に異動(企業内と企業間を含めて)できる仕組みを構築する必要があり、そのためには労働者が定年前から定年後に就労するための教育訓練や研修等の時間を増やす必要がある。
最近、よく聞くリカレント教育を普及させることも一つの方法かもしれない。リカレント教育が普及すると、定年後に雇用者として働くこと以外に、起業をする、あるいは社会貢献活動に参加する等、多様な退職後の生活が選択できるのではないかと考えられる。
2021年4月から施行された「改正高年齢者雇用安定法」では、企業が選択できる選択肢を既存の3つから5つに増やした。現在、多くの企業は人件費に対する負担を最小化するために再雇用制度を導入しているが、再雇用制度が企業にとってメリットだけを持つ制度だとは言い切れない。
なぜならば、高年齢者が定年後に再雇用制度を利用して継続して働く場合、賃金が大きく引き下げられることにより働くモチベーションが損なわれ、その結果生産性が落ち、企業利益にマイナスの影響を与える可能性があるからである。
従って、今後は再雇用制度を実施する場合でも働く高年齢者のモチベーションが下がって生産性が落ちないように、同一労働同一賃金の適用を徹底する必要がある。さらに、再雇用制度以外の定年延長や定年廃止の実施も考慮することが望ましい。
確かに、定年延長や定年廃止は再雇用制度に比べて企業の人件費負担を増やす可能性はあるものの、その代わりに生産性を向上させ、優秀な人材がより長く企業に貢献できる環境を構築できるというメリットもある。
また、将来の労働力不足が深刻な社会問題として浮上している中で、定年延長や定年廃止の実施は、就職を準備している若年者に「この会社なら安心して長く働くことができる」というイメージを与え、優秀な人材を確保することにも効果があると考えられる。
もちろん、企業としては福祉として高年齢者を雇用するわけにはいかないので、生産性に寄与することを条件として定年延長の対象者を決めるとともに、他の企業で実施している「段階的な定年制度」や「選択定年制」等を参考に、企業の実情に合わせた定年延長を実施する必要がある。
今回新しい選択として追加された「70歳まで継続的に業務委託契約を結ぶ制度の導入」に関しては、株式会社タニタが2017年に導入した「個人事業主制度」が参考になるだろう。
今回の「改正高年齢者雇用安定法」では、新たな選択肢として「70歳まで継続的に業務委託契約を結ぶ制度の導入」、「70歳まで企業自らのほか、企業が委託や出資等する団体が行う社会貢献活動に従事できる制度の導入」が設けられた。
この選択肢は企業の負担を緩和させるための措置であると言えるが、新しい選択肢で働く高年齢者の場合は、元々働いていた企業との雇用関係がなくなり、労働者保護の関連法が適用されにくくなる可能性も高いと考えられる。高年齢者は身体機能の衰えなどで労働災害に遭いやすいものの、労災保険に入れず、最低賃金の保障も適用されないこともあるかと考えられる。
政府の高年齢者雇用対策が企業の生産性向上や労働力確保、そして、高年齢者の社会貢献や所得確保につながり、活力ある社会が維持されることを望むところである。
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金明中(きむ みょんじゅん)
ニッセイ基礎研究所生活研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任
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