この記事は2022年7月8日に「The Finance」で公開された「【連載】金融×新潮流③ 日本のインバウンド観光の発展に向けた金融の役割と最新トレンド」を一部編集し、転載したものです。


インバウンド観光を中心とした観光業界の概況及び金融の役割について、新しいトレンド・事例を踏まえながら考察していく。

目次

  1. 本日のポイント
  2. “アフターコロナ”における観光業界の市場見通し
  3. インバウンド観光における課題と金融の役割
  4. 観光のトレンドと金融の可能性
  5. 最後に

本日のポイント

【連載】金融×新潮流③ 日本のインバウンド観光の発展に向けた金融の役割と最新トレンド
(画像=beeboys/stock.adobe.com)
  • 観光業界はCOVID-19の影響により大打撃を受けたものの、今後は市場の回復が見込まれている。特に、日本は旅行・観光競争力ランキングで1位に輝き、グローバルの中で存在感が高まっている
  • 観光事業において、金融の役割は大きい。観光業界には、宿泊施設、鉄道・航空業界、自治体等の様々な関係者が介在しており、金融機関には資金提供等だけでなく、関係者を巻き込む役割が期待されている
  • 富裕層観光・NFT・サステナブルツーリズム等、顧客ニーズの変化や技術革新等により、観光業界の変革が予想される。金融の切り口からも、観光の変革を後押しできる可能性を秘めていると考えている

“アフターコロナ”における観光業界の市場見通し

2020年のCOVID-19により、観光業界は大打撃を受けた。これまで、日本人の国内宿泊旅行・日帰り旅行延べ人数は50%減少、日本を訪れる外国人観光客は87%減少となり、日本の観光業界の市場規模全体はCOVID-19前の70%減少となった。

2020年7月~2021年2月にかけては国内観光の活性化に向けてGo To Travel等の施策も講じられたが、感染者数の増加により中断され、市場のトレンドが変わることはなかった。その結果、東京商工リサーチによると、2020~2021年にかけて宿泊業のうち200社以上が倒産を余儀なくされる等、この2年間は、観光業界にとってまさに“氷河期”だったと言えよう。

一方で、足許COVID-19は落ち着きつつある。リクルート社のアンケートによると、2022年6~8月に旅行を予定している層が3割を超えており、2020年3月以降で最高値となっている。日本政府は、観光業界を復活させるべく、日本人の国内旅行の需要喚起策として「全国旅行支援」を進めているほか、2022年6月10日には外国人観光客の受け入れ再開を行った。

2022年5月24日に世界経済フォーラムで発表された「2021年旅行・観光開発指数レポート」においては、日本は旅行・観光競争力ランキングで初めて1位に輝いた。日本政府観光局特別顧問を務めるデービット・アンキンソン氏によると、日本は自然・季候・文化・食といった観光大国としての条件を満たしており、市場成長のポテンシャルが大きいとのことである。

観光業界の再興に向けて、日本の観光における課題や金融の役割を踏まえた上で、足許のトレンドと金融の可能性について考察する。日本の観光市場28兆円のうち、23兆円が日本人の国内旅行・海外旅行、5兆円が訪日外国人旅行であるが、足許世界の中で日本が観光地としての評価を高めているという点を踏まえ、本稿では後者を主なスコープとする(市場規模の値はCOVID-19前の2019年の数値)。

インバウンド観光における課題と金融の役割

まず、インバウンド観光における課題と解消に向けた金融の役割について考えたい。観光ビジネスにおいて、宿泊事業者、旅行代理店、飲食店等が顧客と直接接点を持つ主体であり、金融は少し遠いと感じるかもしれない。しかし、観光収入の依存度が大きい地方を基盤とする地域金融機関を中心に、地方創生の観点も含め、観光業と金融との関係性は深いと思われる。

インバウンド観光の課題としては、外国人観光客の国籍がアジアに偏っている点、訪れる日本の地域が東京・京都・大阪といった特定のエリアに偏っている点、観光施設のインフラがキャパシティ不足含めて整っていない点、外国人観光客1人当たりの消費額が欧州・中国と比較して低い点等が挙げられる。

当該の課題を踏まえると、宿泊施設・交通機関等の観光インフラが外国人観光客の受け入れに値するケイパビリティ・コンテンツを具備した上で、アジア在住の外国人観光客を日本のファンにさせて訪問回数/消費額を増やしてもらう、西欧に在住する潜在顧客に日本の魅力を伝えて新たに日本に訪れてもらう、外国人富裕層に対して日本に訪れてもらうキッカケをつくる・・・等といった打ち手の方向性が考えられる。実際にそのような方向で、政府や自治体・交通機関・旅行代理店等は動き始めている。

上記に対して、金融としては観光サービスのサプライヤーへの融資といった資金提供はもちろんであるが、各サプライヤー及び観光客と“お金”を軸に接点があることをフックに、各プレイヤーを巻き込みながら観光客の利便性改善や観光コンテンツの変革等、様々なアプローチを取り得ると筆者は考える。

金融機関が中心を担い、様々なステークホルダーを巻き込みながら観光を支えた1つの例として、八十二銀行の取り組みを取り上げたい。志賀高原や湯田中温泉等の観光資源を有する長野県山ノ内町の再生に向けて、観光活性化ファンドに出資を行った。その上で、当行が中心となって、地元の様々な業態の経営者や起業に関心のある若手人材等を巻き込み、観光まちづくり会社「WAKUWAKUやまのうち」を設立。

上記ファンドをもとに山之内町の各物件のリノベーションを行った上、「WAKUWAKUやまのうち」を含む事業者が、当該物件において宿泊施設・飲食店等を経営するというスキームである。「WAKUWAKUやまのうち」の運営する宿泊施設AIBIYAは、海外の施設を参考に、敢えて夕食を提供しないBed & Breakfastを参考にすることで、利用者の8割を外国人観光客にさせることに成功した。

宿泊事業者、旅行代理店、交通機関、飲食店・小売・地方自治体等の様々なサプライヤーと、国内外の観光客である消費者によって成り立つ観光業においては、業態を跨いだプレイヤーを巻き込みながら施策を進めていく必要がある。

現在は観光地域づくり法人(Demonstration Management Organization、DMO)や地方自治体がその責任を負っていることも多いが、地域の多くの事業者や住民と繋がりを持つ金融機関が担っても良いのではなかろうか。

観光のトレンドと金融の可能性

最後に、足許関心の高まっている観光業界のトレンド等を切り口として、インバウンド観光における金融の可能性を考えたい。

まず、富裕層観光である。COVID-19前は、日本政府の施策により、外国人観光客は大幅に増加(2010年の861万人から2019年には3,188万人まで増加)した。一方で、足許ではオーバーツーリズムが問題視される中、外国人観光客の数を増やすだけでなく、顧客単価を引き上げるという文脈においても、富裕層観光が注目を浴びている。

観光庁が海外から富裕層を地方に取り込む施策を検討し始めているが、もう少し時間が掛かりそうである。当該領域においても、プライベートバンキング機能を有する金融機関にとっては、ビジネスチャンスがあると言える。

Bank of Americaは、超富裕層に旅行を促すため、会員制の旅行企画会社であるIndagareと提携しながら、資産残高が1,000万ドル以上の顧客を対象とした旅行提案プログラムを開始した。日本の証券業界や銀行のリテール金融部門においても、国内外の富裕層顧客に対するソリューションの1つとして観光があっても良いのではなかろうか。

次に、データの活用が挙げられる。観光客のニーズや観光時の消費行動・経路を把握し、コンテンツの改善や利便性の向上につなげるといった取り組みは、インバウンドに限らず観光業全体で不可欠な要素であろう。様々なテック企業等が取り組んでいるが、金融でも本領域に関して色々な事例がある。

例えば、スペインBBVAは、研究機関と共同で、スペイン市街地の歩行情報や生物多様性をビッグデータ解析した上で、飲食店や小売店等に対する経済的な影響に係る研究を進めている。スマートシティの文脈で当該研究はなされているが、観光にも応用可能だと思われる。

また、アメリカのSensible WeatherというFinTech企業は、“おひさま補償”という形で、旅行先で雨が降った場合、宿泊料が返金される保険サービスを展開している。天候リスクに係る心理的負担を軽減しながら予約できるため、観光需要を底上げする効果が期待できる。当社は独自のシステムで天候のデータを分析し、精度の高い天気予報を行うことができるといった点がポイントだ。

上記に限らず、決済という側面で、金融機関は様々な顧客・購買行動のデータを有している。データをもとに新たな観光の高度化・ビジネス化につなげるという方向性は重要であろう。

最新のトレンドとしてNFTを取り上げたい。NFTの詳細については、【連載】金融×新潮流① メタバース社会がもたらす金融の可能性を参照されたい。

NFTについては、アートやアニメ等のNFTを販売することで、国境や距離などの地理制約にとらわれず、デジタル上で関係人口を増やすことができる。

また、デジタルID等にも用途を広げることにより、居住地に関わらず地域コミュニティに参加した実感が得られると共に、地域創生の取り組みを外国人の視点からアドバイスしたり、コミュニティの一員として投票に参加したりすることもできるため、グローバル視点での地域創生に繋げることも期待できる。

新潟県長岡市山古志地域では、特産の錦鯉をモチーフにしたNFTアートを販売し、購入者をデジタル住民とすることで、関係人口の創出に成功した。当地域では、リアルな住民数800名をデジタル住民が上回るまで関係人口が拡大している。

特に日本はアニメコンテンツが豊富で、海外からの知名度・評価も高い。海外のアニメファンである潜在顧客層に、NFTをフックにデジタル上で関係をつくり、聖地巡礼スポットをきっかけとして、地域の魅力を知ってもらうことで、現地観光に繋げることもできるのではないだろうか。

いずれも、足許では地方自治体やベンチャー企業が主体になっているが、NFTの需要が高まる中で、NFTの管理や決済の担い手として、金融の役割も大きくなっていくと思われる。

最後に、サステナブルツーリズムに言及する。サステナブルツーリズムとは、環境・社会・経済の3つの観点において持続可能な観光を指す。

自然を活かした体験ツアーの企画(グリーン・ツーリズム)や、自然環境及び文化・伝統の国内外への発信や特産品の購入促進(エコ・ツーリズム)、観光客の多い地域ではなく、これまで注目されて来なかった観光地の提案(アンダー・ツーリズム、オーバーツーリズムの対義語)等が含まれる。

フィンランドでは、2022年にオープン予定のホテルArctic Blue Resortが、世界で初めてCO2排出量が宿泊料金に反映される仕組みを構築した。観光客は滞在中のエネルギー抑制の取り組みやサステナブル体験・活動への参加等に応じて経済的なインセンティブを受けられる。

サステナブルツーリズムを金融が牽引している例は少ないが、最終的には観光客を巻き込みサステナブルな取り組みを促していく必要性を踏まえると、消費行動の定量化及び経済的インセンティブの付与が不可欠であり、データ収集・活用という観点で決済を担う金融の役割は重要になってくると筆者は考えている。

他にも、バーチャルツアーや生態認証・自動運転等、観光業界に影響を与えるトレンドは色々挙げられるが、いずれも金融が参画する余地は大きいと考えている。

最後に

COVID-19を経て、世界全体は“大観光時代”に向けて進んでいく。前述のデービット・アンキンソン氏によると、先進国・発展途上国関係なく、観光産業はエネルギー、化学製品に次ぐ巨大産業の1つとのことである。

その中でも日本の観光業は、すでに文化・自然を中心に豊富な観光資源を有しているほか、“おもてなし”を基軸とした質の高いサービスを具備している。金融によって観光業界の変革が進むことで、日本が世界で有数の観光大国になることを期待したい。

Future of Finance|ストラテジー|デロイト トーマツ グループ|Deloitte


[寄稿]<著者>桑田 純輝
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
ストラテジーユニット/モニター デロイト
シニアコンサルタント

日系大手証券会社、Fintechベンチャー企業を経て現職。地域金融機関のリスク管理高度化・DX推進に向けた構想策定及び実行支援の経験に富む。また、金融機関の長期戦略策定・都市銀行のRPAを活用した業務効率化・グループ内組織再編といったプロジェクト経験も多数。
[寄稿]<共著>三由 優一
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
ストラテジーユニット/モニター デロイト
シニアマネジャー

大手SIer、外資系コンサルティングファームを経て現職。金融機関に対する中長期戦略策定・新規事業立案・全社デジタル改革プラン策定・M&Aのほか、異業種に対する金融事業参入構想策定・Fintechビジネス企画・決済事業立上・海外展開プラン策定等の支援経験に富む。近年は、脱炭素を軸とした社会・地域課題解決に資する金融の在り方やサービス検討にも取り組んでいる。
[寄稿]<共著>建部 恭久
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
ストラテジーユニット/モニター デロイト
マネジャー

大手SIer、外資系コンサルティング会社を経て現職。金融機関に対する中長期戦略策定・新規事業立案・DX推進や、非金融の事業会社向けに金融をイネーブラーとした経済圏構築の構想立案・実行支援を軸に経験。
[寄稿]<共著>齋藤 亮
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
ストラテジーユニット/モニター デロイト
シニアコンサルタント

大手金融機関にてフィンテック領域を中心に、国内外の事業会社および投資先の経営管理、成長戦略の立案、価値向上施策の実行を経験。事業会社の経営経験に基づいた、確かな成長戦略の立案に強みを持つ。