この記事は2022年6月24日に「The Finance」で公開された「【連載】金融×新潮流② スマートシティ時代における金融の可能性」を一部編集し、転載したものです。
2018年に内閣府は、Society 5.0を「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」と定め、進めてきた。それから4年、国と地域のスマートシティ化は実証段階に進み、日本のスマートシティの市場規模は、ここ数年は年率20%超の成長を見せ、約1兆円に達した。日本が抱える多様な社会課題が顕在化しつつある今、それらを解決する手段としてスマートシティの取り組みが注目されている。
本日のポイント
- 日本が抱える多様な社会課題が顕在化しつつある今、それらを解決する手段としてスマートシティの取り組みが注目されている。スマートシティは、住民が中心となり、人が人らしく幸福感(ウェルビーイング)をもって生活でき、持続的に社会課題を解決するための場と考えられている。近年の社会課題は深刻化に伴い、いま転機を迎えている。
- 日本は、社会課題を解決に役立つ都市設計ノウハウとソリューションが海外に比べて秀でており、「人と人」「人と都市」を持続的に繋ぐため、先端技術の活用を見据えている。今後は住民に対して、より自然な形で情報・データがもたらされることが想定されるが、技術進化の動向についていくためには、先端技術を有する企業同士のパートナーリングも鍵となる。
- 都市を持続可能なものにするためには、持続的な資金手当ての仕組みが不可欠である。社会的信用の高い金融機関には、社会課題への取り組みの資金調達・投資の取り組みのアレンジャーとしての役割が求められる。今後、新しい暮らしの価値観を醸成していく中で、「スマートシティと金融」の組み合わせは、多くの取り組みを生み、住民に多くの視点を与えるだろう。
スマートシティとは
スマートシティという言葉の響きから、先端ITインフラの整備と思われがちであるが、必ずしもそうではない。スマートシティの解釈は様々であるが、住民が中心となり、人が人らしく幸福感(ウェルビーイング)をもって生活できる都市や地域の将来像を描き、それらに対する課題を限られた資源で、また、持続的な形で解決するための場である、ということで話を進める。
日本は都市機能が高度に発達しており、海外に比べて生活が快適であるため、革新的な取り組みに対するインセンティブが働きづらいとされている。ただ、日本が抱える社会課題は、少子高齢化・生産年齢人口の減少、社会インフラの老朽化、都市圏への人口集中、自然災害の頻発や気候変動、エネルギー・資源の枯渇など多様である。
特に、現在の日本の総人口(約1.25億人)の約6割が生産年齢人口であるが、2055年には総人口は1億人を下回り、生産年齢人口もその約5割となる。一方で、現在の社会インフラは今から30年以上前に整備されたものであり、今の住民のニーズに合っていない。このため、インフラを更改するにしても、維持していくにしても多大な費用がかかることは深刻な問題であり、いま時代の転機を迎えている。
スマートシティの取り組み方向性と今後の機会
人が人らしく幸福を感じるためには、住民のひとりひとりがありたい姿のビジョンを持ち、それらに繋がる活動が出来る状態を保つことが必要と言われている。都市基盤はそのイネーブラーであり、「人と人」「人と都市」を持続的に繋ぎ、住民のニーズに合った情報(=データ)や、地域コミュニティの情報を手に入れることを容易にする。
日本のスマートシティの特徴は、産業分野ごとに行政と大企業が中心にスマート化をけん引し、機会を見て、横断的にデータ連携・利活用を行って付加価値を作ることとされている。このため、住民の日常生活にシームレスな体験が提供されるまでに時間がかかることが想定される。この点は、欧米のスマートシティに見られる、一つの大きなクラウドコンピューティング・ビッグデータ基盤の上に乗る形で都市や住民が活動したり、収益化したりするものとは異なる。
また日本は、社会課題を解決に役立つ都市設計ノウハウとソリューションが海外に比べて秀でており、それらはエネルギー消費や環境に配慮したエコシティ(環境共生都市)、交通渋滞のない公共交通指向型開発(TOD:Transit-Oriented Development)の都市設計、世界最高水準の防災減災と公共の安全を保つまちづくりに代表される。
それらは、高精度のセンサー技術(IoT・AI)、生体認証技術、光ファイバーや5Gの基盤通信インフラに支えられる。このようなデータ利活用にかかる先端技術の発達は、従来困難とされてきた社会課題の解決しつつある。
今後は、テキストや映像のコンテンツ情報に留まらず、都市に関する地理・空間情報(3D情報)や、人から人に体験や感情を伝える非言語のメタ情報がやり取りされる。さらに高度な認知科学的なデータ解析・機械学習が進化することで、スマートシティの住民には、住民の行動に沿った情報が、より自然な形で提供されていくかもしれない。
一方で、このような先端技術の進化は早いため、技術進化の動向についていくためには、1つの会社で賄うことは難しく、先端技術を有する企業同士のパートナーリングも鍵となる。
金融業界・サービスとスマートシティの関わり
都市を持続可能なものにするためには、持続的な資金手当ての仕組みが不可欠である。従来は、社会資産に対する投資は訴求力に欠け、多くの関係者の手間がかかることもあり、敬遠されがちであった。しかし、ここにきてデータを活用して価値の見える化が可能になりつつあり、さらにはデジタル証券などを用いて、社会資産投資の支援者への訴求・共感を高め、社会課題解決に向けた資金調達の機会や、小口で多様な投資機会を広げる手段が増えてきた。
環境・エネルギー、防災・防犯・事故抑制、健康・医療・教育といった、スマートシティの安全・安心を高める産業との連携は有望ではないかと考える。そのような社会的取り組みの利用権、命名権、広告権といった非金銭の権利を小口化して投資対象とし、住民など応援したい人に買ってもらう。
例えば、2017年の不動産特定共同事業法(不特法)の改正により、一般投資家がインターネット経由で1万円程の小口から不動産投資が可能な電子取引型不動産クラウドファンディングが始まった。
これを受けて、デジタル証券の発行・管理プラットフォームを提供するSecuritize社と、不動産・住生活サービスを提供するLIFULL社は不特法事業者向けSTO(Security Token Offering)プラットフォームを運営し、2020年には、まちづくり参加型・投資型クラウドファンディングを募集・運営するエンジョイワークス社と連携し、国内初の一般個人投資家向け不動産STO「葉山の古民家宿づくりファンド」を発行した。
このような中で、社会的信用力の高い金融機関に求められるのは、取り組みのアレンジャーとしての役割である。住民が集まる場を作ったり、住民が把握することが難しい、ヒト・モノ・カネの動きに関するデータ分析結果を共有したり、住民の新しいライフスタイルを後押ししたりすることで、日常的な行動変容を促すことが必要だ。
例えば、カナダのデジタルバンクの「Atmos Financial」は、預金の運用先を気候変動対策に取り組む脱炭素プロジェクトや企業のみと限定しており、ユーザーがアプリ上で預金額や期間に応じたCO2削減量を確認できる仕組みを提供している。また、サステナブルブランドとして認定された商品やサービスの購入に対する最大5%のキャッシュバックも提供しており、人々の気候変動に対する意識醸成と日々の行動変容を促している。
最後に
日本は広くない国土、限られた資源の中で、いまの社会と経済を築き、また、これだけ豊かな地域性や伝統・ストーリーを持っていることも海外の他に類を見ない。今後の社会課題に取り組み、新しい暮らしの価値観を醸成していく中で、「スマートシティと金融」の組み合わせは、多くの取り組みを生み、住民が新たな発見と過去の知恵の再発見を積み重ね、多くの視点を与えるだろう。
Future of Finance|ストラテジー|デロイト トーマツ グループ|Deloitte
FSI Growth & Innovationユニット シニアマネジャー
外資系SIer、コンサルティングファームを経て現職。金×ITの領域で19年のキャリアを有する。以前はニューヨークに6年間駐在し、グローバルプロジェクトを多数支援。また、海外先端ITの動向調査や、現地アクセラレータへの参画経験を通じ、近年では、世界の同僚との新たなビジネス・体験の共創、及び、社会課題解決に向けた施策の検討に取り組む。115か国から4,000人の金融関係者、投資家、起業家が参加するNY発のコミュニティ「FinTech Connector」の日本代表も務める。Future of Financeサービスでは、先進テックやスマートシティ領域を担当。
ストラテジーユニット/モニターデロイト シニアマネジャー
大手SIer、外資系コンサルティングファームを経て現職。金融機関に対する中長期戦略策定・新規事業立案・全社デジタル改革プラン策定・M&Aのほか、異業種に対する金融事業参入戦略・Fintechビジネス企画・海外展開プラン策定等の支援経験に富む。モニターデロイトジャパンにおけるFuture of Financeサービスをリードしており、脱炭素等を起点とした社会・地域課題解決に資する金融の在り方やサービス検討にも取り組んでいる。