本記事は、川本晃司氏の著書『スマホ失明』(かんき出版)の中から一部を抜粋・編集しています。

パンデミック
(画像=shintartanya/stock.adobe.com)

新型コロナの陰で進行する、もう1つのパンデミック

2019年末に中国武漢市から広まったとされる新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは、いまだに終息の兆しが見えない状況です。

とはいえ、終わらないパンデミックはありません。今後も局所的な感染拡大の波が見られることはあっても、パンデミックはやがて終わります。その意味では、未来は明るいと言えるでしょう。

しかし、あなたは「終わらないパンデミック」があることをご存じでしょうか?

新型コロナのパンデミックの陰で、静かに、しかし確実に拡大している、もう1つのパンデミックがあるのです。

近年、広がりを加速させているこのパンデミックは、人を「失明」へと導きます。

失明の原因は、私たちにはあまりにも身近な現象となっている「近視」です。

「近視で失明」と聞いて、違和感を抱く人も多いでしょう。

街を歩いていてもメガネをかけている人やコンタクトレンズを使っている人を探すのは簡単ですし、そもそもあなたやあなたの家族が近視かもしれません。近視はあまりにも身近な現象なので、たいていの方は近視が失明に繋がる病気だとは考えたこともないはずです。

眼科医の中にも「近視は病気ではない!」と公言してはばからない方もいますから、専門家ではない方が近視を病気だと思わなくても、なんら不思議はありません。

しかし、今日から「近視は失明に繋がる病気だ」という認識をぜひ持ってほしいと思います。今、近視に端を発する「失明パンデミック」が、静かに、しかし確実に広まっているのです。

「遺伝」以上のスピードで、近視人口が増えている

その気配は、少し前から専門家の間で指摘されていました。

2015年に科学雑誌『Nature』に発表された、「The Myopia Boom(近視の大流行)」という論文があります。この中では、2020年までに、世界人口の3分の1にあたる25億人が近視になることが、すでに予測されていました。実際は2020年には26億4千万人となり、予測よりハイペースで近視患者が増えていることがわかりました。ちなみに、強度近視の患者は4億6千万人でした(2022年 米国眼科学会での報告)

こうした状況の中で、近視人口の急増が顕著なのが、日本をはじめとする東アジアの国々です。中でも、香港、台湾、シンガポール、韓国はその勢いが顕著で、1950年からの約50年間で20代の近視者がなんと4倍に増加しています(図1-1)。

スマホ失明
(画像=スマホ失明)

この増加スピードは、遺伝では説明できません。なぜなら、遺伝で起こる変化は、何世代をも経て起こるため、これほど急激な増加にはならないからです。

WHO(世界保健機関)は近視人口の急激な増え方に対して、「深刻な公衆衛生上の懸念がある」と警告しています。近視患者の急増は、まさにパンデミック並みなのです。

そもそも20世紀までは、近視の発症・進行には「遺伝的要因」が大きいというのが、眼科学の常識でした。なぜなら、近視の有病率は、日本も属する東アジアで非常に高かったからです。

しかし、21世紀に入ってからは、それまでは有病率がさほど高くなかった欧米や南アメリカ、アフリカの国々でも、近視や、より近視が進んだ強度近視の患者が増加するようになりました。かつては有病率が低かったアメリカでも、1972年には25%だった成人の有病率が、2004年には44%にまで増加しています。アメリカでは約30年で、近視人口が2倍近くになっているのです。

2000年時点では、アジアと欧米の近視有病率には、まだ大きなギャップがありましたが、オーストラリアの視覚研究所は、2050年には、このギャップが概ね縮まってくるだろうと予測しています。この急激なギャップの縮小は、やはり遺伝的要因だけでは説明できないのです。

こうしたことから、近年では、近視の発症・進行には、遺伝的要因に加えて、「環境要因」が大きく関わっているとされています。

そして、ここ数十年で起こっている近視の急増は、この環境要因の変化によるところが大きいのではないか……と考えられているのです。

「失明パンデミック」を加速させる、2つの環境要因

では、近視人口の急増を引き起こし、失明パンデミックを加速させる、環境要因の変化とは何か。

1つは、「屋外活動時間の減少」です。

近年、近視の予防には「照度」、つまり身の回りの明るさが重要であることがわかってきました。近視進行予防の観点からすると、「1,000ルクス以上の光」を、週に11時間以上浴びる必要があることがわかっています。

ちなみに、日中の屋外の照度はどれくらいかというと、日なたは数万ルクス、木陰でも数千ルクスあります。近視予防的には、十分な照度です。

対して、屋内の照度はどうかというと、一般的な屋内はたったの300ルクス程度、窓際でも800ルクス程度しかないとされています。つまり、1日中家の中にいると、近視を発症・進行しやすい環境にいることになるのです。

生活様式の変化により、人々が屋外で過ごす時間は年々減少しています。

こうしたことが、近視を進行させる、環境要因の1つと考えられています。

そしてもう1つ考えられる環境要因の変化が、「近業時間の増加」です。

近業とは、目と対象物との距離が近い状態で行う作業のこと。距離でいうと、30cm以内で行う作業のことです。

この近業が、近視を悪化させることがわかっています。

近業を続けると眼球そのものが伸びてしまい、その結果、遠くを見ようとしてもピントが合わなくなります。つまり、近視が進行するのです。

スマホによる「近業時間の増加」で、近視が悪化する!

近業時間の増加による、近視の悪化。

このことに関して、2008年前後から普及しはじめた「スマホ」の影響は無視できない……というのが、世界中の眼科医の共通認識です。

なぜなら、スマホのような小さなデジタルデバイスが、私たちに近業を強いるからです。

私たちはスマホのような小さなものを見るとき、よく見ようとして、スマホをグーッと目に近づけます(老眼のある方は逆ですが)。このように、見ようとする対象物が小さくなればなるほど、対象物と目との距離は、必然的に近くなります。つまり、近業が発生するわけです。

ちなみに、目との距離は、パソコン画面ならだいたい40cm、本なら30cm、スマホなら20cmというのが、一般的です。目から20cmという超近距離で見るスマホの世界的な普及が、近視人口の急増に拍車をかけていると考えられるのです。

2022年に台湾のShown Chwan記念病院のYang医師らの研究チームが発表した、長期にわたる大規模疫学研究の結果から、デジタルデバイスによる近業で近視が進行することが報告されました。

この研究チームが2014年から5~6歳の未就学児童を対象に行った調査によると、

⃝1日1時間以上のスクリーンタイムで近視が進行する

ということがわかりました。

つまり、近業を強いるスマホなどの小さなデジタルデバイスを毎日1時間以上使い続けることで、近視が進むことがわかりました。

また、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の際、中国での「ゼロコロナ隔離政策下」での学童の近視進行状況を報告したMingming Ma医師らの2021年の論文や、同じく2021年に、中国のLiangde Xu医師らが隔離政策下での行動変容が近視進行に与えた影響を報告した論文では、

⃝スクリーンタイムの時間に比例して近視が進行する

とされています。近視は1時間以上のスクリーンタイムで進行し、スクリーンタイムが長くなればなるほど、近視の進行も深刻になることがわかりました。

「スクリーンタイム」とは、「テレビ、パソコン、タブレット、スマホ、ビデオゲームなど、さまざまなデジタルデバイスを視聴する時間」という意味です。しかし、近年の近視に関する研究論文では、「デジタルデバイスを使用した近業時間」という意味で用いられます。

つまり、近業を強いる小さなデジタルデバイスの使用を、毎日1~2時間続けることで、近視が進むことが明らかになったわけです。

さらに、2022年に開催された日本近視学会で、この点に関する興味深い話題が提供されました。

同会で、「年齢」「時代」「出生年」に分けて視力を分析したところ、生まれた年が最近であるほど近視患者の数は増加していることがわかりました。また、2007年から2008年生まれ以降の年代で、近視が顕著に増加しているということも明らかになったのです。

ちなみに、初のスマホである「iPhone」がアメリカで発売されたのは2007年。日本での発売は翌2008年で、同年に「Android」端末も発売されています。つまり、日本では2008年から急速にスマホが普及するわけですが、こうした出来事と、日本近視学会によって報告された近視増加世代の出現とが、ぴったりリンクしているのです。

つまり、近視と、スマホによるスクリーンタイム増加の関連性が、濃厚に見られるわけです。

スマホ失明
川本晃司
眼科専門医(医学博士)・MBA(経営学修士)
1967年山口県生まれ。高校卒業後、産業廃棄物処理の日雇い労働をしていたが、一念発起して受験勉強を始め、28歳の時に山口大学医学部に入学。34歳で眼科医となり、44歳で眼科クリニック・かわもと眼科の院長となる。専門は角膜。2021年に北九州市立大学ビジネススクールでMBAを取得。現在は眼科専門医としての傍ら、北九州市立大学大学院で医療と認知心理学とを掛け合わせた学際的な研究を行っている。現在の研究テーマは「医療現『場』の行動経済学」と「医師と患者の認知心理学」。

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