本記事は、川本晃司氏の著書『スマホ失明』(かんき出版)の中から一部を抜粋・編集しています。
スマホの登場で、あらゆることが「近業」に
スマホが普及する十数年前までは、近業をしようと思ったら、それができる所まで、わざわざ移動する必要がありました。
例えば、テレビを見ようと思えば、テレビが置いてある部屋に行かなければいけないし、ゲームをしようと思えば、ゲームセンターに行くか、やはりゲーム機を繋いだテレビがある部屋に行かねばなりませんでした。パソコンで調べものをするなら、パソコンを設置している場所に行かなければいけないし、本を読もうと思ったら、本を買いに行ったり、図書館に行ったりして、まずは本を入手する必要がありました。
つまり、特定の場所に行くまでは、近業をもたらすものに触れないでいられたのです。
しかし、スマホが普及した現在は違います。
テレビや動画を見ようと思えば、ポケットから取り出したスマホで、その場で見ることができますし、ゲームだってその場でプレイできます。調べものもパソコンを使わずにその場でできますし、本だって好きなときにダウンロードして読むことができます。小さな画面に、思いっきり目を近づけた状態で。
そう、スマホの普及により、私たちは、テレビ視聴、動画視聴、映画視聴、ゲーム、調べもの、読書といったことを頻繁に、近業で行うようになりました。SNS等によるコミュニケーションもしかり、買い物もしかりです。
いまや、近視悪化を助長するツールを、誰もがポケットやカバンに入れて、持ち歩けるようになりました。スマホの普及により私たちは、あらゆる近業を可能にするツールを、肌身離さず持ち運ぶことができるようになったのです。
そして、このことが将来、私たちに、「失明」という、とてつもなく高いコストを強いるのです。
あなたの近視は、どれくらい進んでいる?
さて、ここまでお読みいただくと、「自分や、自分の家族の近視は、どれくらい進んでいるんだろう?」となんとなく気になってきたのではないでしょうか?
そもそも、眼科的には、どれくらいからを「近視」と呼ぶのでしょうか? そして、どれくらい近視が進行すると、軸性近視になり、病的近視を発症しやすくなるのでしょうか?
それを知るために必要なのが、「視力」と「度数」に関する知識です。
この2つは、一般的に混同されやすいのですが、実はまったくの別ものになります。
2つの区別を知っておくことで、自分や家族の近視がどれほどのものかがわかりますから、ぜひここで知っておきましょう。
まず、誰にとってもなじみ深いのが「視力」でしょう。
視力とは、ものがどれくらい見えるかを数値化したものです。
視力を測るには、学校の保健室などでおなじみの、「C」のような形をしたランドルト環を用いて、5m離れたところから見え方を測ります。学校では黒板の字が見えることが重要だったので、遠方視力に重きを置いた、この測定法が採用されました。学校保健では、視力は、メガネやコンタクトなどで矯正した状態で、「1.0」あれば問題ないとされています。
ただし、視力検査では、5m先のマークがどの程度見えないかがわかっても、その理由が近視だからなのか、それ以外の理由からなのか、わかりません。
それを明らかにするのが「度数」です。
正確には「屈折度数」と言いますが、これは、視力を矯正するときに必要な、レンズの矯正強度(屈折力)を数値化したものです。
度数の単位は「ジオプター(diopter)」。眼科などでは「D」と表記されます。
あなたも、眼科の処方箋やコンタクトレンズのパッケージに、「マイナス3.25D」などと書かれているのを見たことがあるかと思いますが、このDがジオプターのことです。
正視を「0」として、プラス側にいけば遠視、マイナス側にいくと近視です。正視とは、毛様体筋がリラックスしている状態で、網膜上に正しくピントを合わせられる目のこと。
概ね裸眼視力が1.0以上となります。
ジオプターの単位は0.25刻みで、数字が大きいほど、遠視や近視の度合いが高くなります。
ちなみに近視の場合、ジオプターは、ピントが合わせられる距離で決まります。裸眼視力で目の前1mのところでピントが合うなら「マイナス1D」、50cmでピントが合うなら「マイナス2D」、約33cmでピントが合うなら「マイナス3D」……という具合です(図2-7)。
近視の程度でいうと、「マイナス3D」までが軽度近視、「マイナス6D」までは中等度近視、「マイナス6D」以上は強度近視となります(図2-8)。
使い捨てタイプのコンタクトレンズの箱には、もれなくジオプターが表示されていますから、お持ちの方はぜひ確認してみてください。メガネの場合は、眼科や眼鏡屋さんに行くと、専用の装置で計測してくれます。
ちなみに子どもの場合はもともと遠視気味のため、屈折度数がマイナスではなくプラスでも、眼軸長が伸び始めていることがあります。近年では、軽い遠視であるプラス1Dから眼長軸が伸び始めており、そこで対策をしなければ、どんどん近視が進んでいくと言われています。
もし学校健診で、お子さんの視力が落ちていると指摘されたら、眼科を受診して、視力の矯正を始めたほうがよいでしょう。
「眼軸長を測る」という取り組み
ただ、本来であれば、近視の進行によって起こる、眼球そのものの変化の度合いを知るためには、屈折度数検査ともうひとつ、「眼軸長検査」を組み合わせることが大切です。
事実、最近の欧米や中国では、子どもたちの近視を管理する目的で、視力検査と屈折度数検査に加えて、眼軸長検査が導入されるようになっています。それに基づいた近視対策を本格化するためです。
では、日本はどうかというと、健康保険が使える範囲で眼軸長を測定できるのは、白内障手術の前に行う検査のときだけになります。今のところ、日本では、眼軸長の測定は、一生に一度しかできないのです。残念ながら、今の日本の健康保険制度には、個々人の眼軸長測定のために、何度もお金を出せるような体力(財力)はないのでしょう。
もちろん、検査代金を全額自己負担すれば、何度でも測定することは可能です。しかし、1回の測定に1万円程度かかるため、自費で測定する人はほぼいない状態です。
近視の進行を防ぐためには、例えば年に1回、眼軸長を測るなどして、「今回はこれくらい近視が進んだから、気をつけよう」と危機意識を持っていただくのがよいのですが、現状では主に費用の問題でそれが難しくなっています。
とはいえ、2021年になって、文部科学省は初めて、全国の小中学校で、眼軸長の測定を含む、視力の大規模調査を始めました。
この背景にあるのは、同年4月から本格的に始まったGIGAスクール構想です。構想の実施により、全国の生徒たちには、1人1台パソコンやタブレット端末が用意されるようになりました。そのせいで、これまで以上に目に負担がかかり、近視が進むことが懸念されているのです。
GIGAスクール構想の開始と、今回の調査の実施を皮切りに、日本も遅まきながら、学童の近視対策に本腰を入れていくということなのでしょう。社団法人日本眼科医会も、このGIGAスクール構想に伴う近視の増加を懸念して、「ギガっこ、デジたん」という啓発運動を始めています。国や日本眼科医会などの主導により、そう遠くない未来、効果的な近視対策が打ち出されるかもしれません。