家族の数だけ家族のかたちがある。それと同じように、ファミリービジネスの有り様も千差万別だ。数世代で途絶えてしまうファミリービジネスもあれば、数百年にわたって伝統を脈々と受け継いできたファミリービジネスもあるだろう。
業種や規模もさまざまながら、永続化することに成功しているファミリービジネスには、ある共通点がある。「スチュワードシップ」という概念だ。スチュワードシップ(stewardship)とは、信託という資産管理の法的スキームにおける受託者責任を意味している。そして、一族事業を支える一族株主の間にスチュワードシップという精神が共有されているか否かによって、ファミリービジネスを後世に承継していけるかどうかが決まってくると言っても過言ではないほど、スチュワードシップはファミリービジネスの永続化には中核となる考え方だ。本稿では、ファミリービジネスが永続化するにあたって経営者一族が果たすべき役割について深掘りしていく。
エルメスが受け継いできたもの
フランスの「HERMES(エルメス)」というブランドをご存知だと思う。1837年に創業したエルメスは、パリに本社を置き、世界中に306店舗を展開する高級アクセサリーおよび衣料品の老舗だ。
エルメスは株式を公開しているが、これまで一度も敵対的買収の危機に晒されたことがないと言う。その秘訣は、まず1つめに一族のメンバーが自社株の75% 以上を保有していること。そして2つめには一族間において株主協定を結び、それらの株を市場に出さないように合意していることだ。だから、たとえライバル会社が買収を仕掛けてこようとも、株が市場に出回っていないので無理なのである。
自社株の売買を通じてうつろいやすいお金を儲けるよりも、これまでエルメスが代々培ってきた伝統や技術、ブランド力、顧客との信頼関係を守っていくことを優先するために、あえて50人程度の一族株主に事業の所有を託している。
そのエルメスを率いる6代目当主のアクセル・デュマ氏は、自らが果たすべき役割について、このように述べている。
「私達は父親の世代から一族事業を相続したわけではない。子どもの世代から預かっているに過ぎない。」
我々は、自分が所有しているものに対しては如何様にも利用し、売却し、処分していいと思ってしまいがちだ。一方で、誰かから預かっているものに対しては、みだりに運用して良いものではない、しっかり管理していずれは返さなければ、という責任感が芽生えてくる。
この受託者責任こそが、スチュワードシップという考え方の源である。