本記事は、ジュリー・スミス氏の著書『一番大切なのに誰も教えてくれない メンタルマネジメント大全』(河出書房新社)の中から一部を抜粋・編集しています。
やりたくないことにやる気を出す方法
どれほどストレスを減らし、モチベーションを育てても、それがすぐ消えてしまうこともある。モチベーションは、現れたり消えたりするので、常にあてにはできない。そして、日々の生活には、やりたくないことが溢れている。確定申告、保険の更新、ゴミ出し等々。できればやらずにすませたいことに対して、やる気を出すにはどうすればいいだろう。
感情には、しばしば衝動が伴う。そうした衝動はわたしたちに、これをしよう、あれをしよう、嫌なことは避けよう、得になることをしようと、提案したり説得したりする。衝動が強いこともあるが、負けてはいけない。
反対行動スキル
幼い頃、わたしたち姉妹はよくポロミント(ミントのタブレット)を分け合って、誰が一番長く、嚙まずに舐めていられるかを競いあった。これは意外に難しい。当時のわたしにとって、ミントを嚙みたいという衝動は、ほぼ抑え難いものだった。嚙まないためには、ひたすら集中が必要だった。集中が途切れて気が緩むと、とたんに脳が自動操縦モードに入り、ミントを嚙み砕いてしまうのだ。
このゲームでは、意識を経験に集中させることによって、衝動を客観的に観察し、衝動と行動の間にギャップを生み出す。つまり、単に注意を払うだけで、衝動に従うか逆らうかを選べるようになるのだ。ミントを嚙むのをがまんするといった簡単なことなら、きょうだいとのライバル意識によって衝動に逆らうことができる。しかし、強い感情を伴い、根深い行動パターンにつながる衝動と戦うのは、はるかに難しい。
衝動に逆らい、正しい方向に向かう行動を選ぶスキルは、セラピーで学ぶ重要なスキルだ(Linehan, 1993)。
マインドフルネスは、このスキルの重要な要素だ。自分の経験とそれに伴う思考、感情、衝動に注意を払うことで、立ち止まることができる。その間に、状況をよく理解するだけでなく、次にすべきことについて計画を立てることができる。つまり、感情ではなく、価値観に基づいた行動ができるようになるのだ。
習慣を確立するヒント
モチベーションを高める最善の戦略は、モチベーションを方程式から除外することだ。モチベーションがあってもなくても、毎日やっていることがある。たとえば、朝、歯を磨くときは、モチベーションの有無を自問したりしない。それは、あらためて考える必要がないほど、しっかり身についた習慣なのだ。ただそれを行う。なぜなら歯を磨くことは、人生の大半を通じて生活の一部になってきたからだ。
脳は、木がうっそうとしげるジャングルのようなものだ。人が行動するたびに、脳は領域間に接続や道をつくる。ある行動(たとえば、歯を磨くことなど)を長く定期的に繰り返すと、そのための道は踏みならされ、定着する。その滑らかで幅が広い道は利用しやすいので、脳は特に意識しなくても、その行動を行うことができる。
しかし、何か新しいことを始めるときには、場合によっては新しい道をゼロから切り開かなければならない。それには多大な意識的努力が必要とされる。もしその道をたまにしか使わなければ、その度に努力が求められる。わたしたちがストレスを受けたとき、脳は自動的に最も使いやすい道を選ぶ。それはよく踏み固められた道だ。しかし、わたしたちがより望ましい行動をとり、十分な時間をかけてそれを繰り返せば、新たな習慣、すなわち、脳の新たな道が確立され、必要とするときに、容易に使えるようになる。
新たな習慣を確立する方法について、いくつかヒントを紹介する。
- 新たな行動は簡単にできるものにしよう。行動を起こすのが億劫なときはなおさらだ。
- 新たな行動をサポートする環境を整えよう。変化の初期の段階では、習慣には頼れない。
- 明確な計画を立て、必要ならリマインダーを設定しよう。
- 短期的な報酬と長期的な報酬を自分に与えよう。外発的報酬より内発的報酬の方が効果的だ。わたしたちはトロフィーよりも、内面的な称賛と、正しい方向へ進んでいるという自覚をはるかに必要とする。
- 自分はなぜこの変化を起こしているのか、なぜそれが自分にとって重要なのかをはっきりさせよう。価値観の演習はその助けになるだろう。変化をアイデンティティの一部にしよう。これが今の自分のやり方なのだ、と。
休息と内発的報酬
近年の心理学研究は、成功は生来の才能がもたらすという考えに異議を唱え、グリット(やり抜く力)(Duckworth etal., 2007)と忍耐力が成功の鍵になることを明らかにした(Crede etal., 2017)。挫折を乗り越えるために必要な、その種のスタミナを、どうすれば身につけることができるだろう。
多くの人々が苦労の末に学ぶ教訓は、燃え尽きるまで前進し続けよ、というものではない。長期的目標を掲げて自分を変えようとするときには、努力と休息のバランスが肝心だ。常に努力するのではなく、常にリフレッシュして充電するのでもない。大切なのは、体の声に耳を傾け、必要であれば歩みを止めて、再び前進する準備を整えることだ。
一流のアスリートがトレーニングの合間に仮眠をとったり、プロの歌手が数日間、何も喋らないようにして声帯を休めたりするように、長期的に何かを維持したいのであれば、定期的な休息と回復が欠かせない。
もっとも、すべての休息の効果が同じではない。どの日にも、懸命に働いたり努力したりする合間に、静かで少々退屈な時間が訪れるはずだ。その時間を使ってメールを削除したり、ソーシャルメディアをスクロールしたり、細々した用事を片付けたりしたら、体と脳は休息も充電もできない。会議の合間に15分の空白時間があったら、スマホに手を伸ばすのではなく、外へ出て新鮮な空気を吸ったり、しばらく目を閉じて過ごしたりしよう。
また、大きな目標に取り組むときには、小さな報酬を用意しよう。大きなタスクを小さなタスクに分解して、それぞれの節目に到達したら自分にご褒美を与えると、そのたびにドーパミンが分泌される。ドーパミンはやりがいを感じさせるだけでなく、モチベーションを高めて、次の節目に向かって頑張ろうという気にさせる。直面する困難を乗り越えたらどんな感じがするか、その予測を可能にし、欲望と熱意を引き起こす(Lieberman & Long, 2019)。つまり、途中に小さな報酬を設けることは、最終的な目標に対する熱意と、やり抜く力を強めるのに役立つのだ。
たとえば、ランニングをする人が、走る距離を伸ばそうとしているとしよう。疲れを感じ始めたら、「とにかく、この道の終わりまで頑張ろう」と自分に語りかける。そして、道の終わりまで行ったら、心の中で自分を褒める。そうすれば、自分は正しい方向へ進んでいると思える。この内発的報酬はドーパミンを分泌させ、諦めをもたらすノルアドレナリンを抑制する。その結果、もう少し頑張ろうという気になれる。これは、ポジティブな自セルフトーク己暗示とは違う。小さく具体的な目標を設定し、それを成し遂げることで、最終的な目標へ向かっているのだ(Huberman, 2021)。
目前の課題を登山にたとえるなら、頂上を見上げてはいけない。焦点を絞って次の尾根にたどり着くことを目指そう。そこにたどり着いたら、目標に向かって進んでいるという満足感に浸ろう。そして再び歩きだそう。
感謝を意識する
感謝の習慣は、長期的な目標を粘り強く達成するための強力なツールになる。感謝に意識を向けることで、内発的報酬が自然に生成され、その報酬に励まされて努力をさらに続けられるようになる。言葉を変えるだけで、感謝の気持ちを持てるようになる。たとえば、「……をしなくてはならない」と言うのではなく、「……をすることができる」と言ってみよう。
先に述べたように、ペンと紙を用意して、ありがたいと思うことを日々書き留めることによって、感謝を実践することもできる。それは注意をコントロールすることにつながり、ひいては感情が変化していく。それだけではない。日々感謝を実践するのは、感謝という1つの行動を繰り返すことだ。前述したように、ある行動を繰り返せば繰り返すほど、脳はその行動をしやすくなる。精神的な筋肉のようなもので、日々トレーニングを繰り返すことで、自分のためになる考え方をしやすくなるのだ。
事前の危機計画
セラピーではしばしばクライアントと共に危機計画を立てる。あるときは、生死に関わる状況で安全を確保するために。またあるときは、依存症の再発や、治療方針からの逸脱を防ぐために。危機計画をうまく利用すれば、目標を達成しやすくなる。
目標をしっかり見据え、自分を脱線させかねないハードルをすべて書き出そう。それぞれのハードルについて、乗り越えるための行動計画を立てよう。前もって状況を設定し、自分の価値観と目標に沿った行動をとれるようにすると同時に、感情的な衝動によって目標を諦めることがないようにしよう。たとえば、毎朝、決まった時間に起きたいのであれば、目覚まし時計を部屋の外に置いて、どうしても起きなければならないようにするのだ。
困難な状況を予測し、それに対処するための計画を立てておけば、脆弱になっているときに、誘惑やモチベーションと格闘しなくてすむだろう。
アイデンティティに戻る
変化の途上で、モチベーションは上がったり下がったりする。自意識とアイデンティティがはっきりしていれば、仮にモチベーションが下がっても、頑張り続けることができる。仮に、自分は歯の衛生に気を配る人間だと思っていたら、歯を磨きたいと思っても思わなくても、毎日、歯ブラシを手に取るだろう。なぜなら、それがするべきことだからだ。
アイデンティティは、人生の初期の状況によって完全に定まるわけではない。人は生涯、あらゆる行動を通してアイデンティティを築き続ける。目標が自分の理想像と一致し、より望ましいこととして、確かなアイデンティティに支えられていると、モチベーションが低い日でも、目標に沿った行動をとることができる。
- ツール
未来の自分をイメージして記録する
自分の未来を想像する時間を持とう。未来の自分を鮮やかに思い描くことができれば、未来の自分のためになる選択をしやすくなる(Peters & Buchel, 2010)。
未来のある時点の自分を想像し、それまでに自分が行った選択についてどう思うか、考えてみよう。何にイエスと言い、何にノーと言うだろう。それらの選択は、人生にどのような影響を与えてきただろう。どの選択と行動を、最も誇りに思えるだろう。未来のその時点で、何に集中しているだろう。過去の自分を振り返って、どう感じるだろうか?
DBTで知るメリットとデメリット
DBT(弁証法的行動療法)は、激しい感情に安全に対処する方法を見つけるための心理療法だ。DBTで教わるスキルは、人生の多くの局面で役に立つ。気乗りしなくても目標に向かって頑張ろうとするときにも有益だ。以下にそのスキルの一つを紹介する。
望ましい未来を考えることは有益だが、望ましくない未来を考えることも有益だ。DBTのセラピーでは、現状を維持する場合と懸命に変化に取り組む場合のメリットとデメリットを詳しく検討する。現状維持のデメリットについて、自分に正直になろう。変化にはデメリットがつきものだが(変化は苦痛と不快感をもたらすかもしれない)、現状を維持した場合のデメリットは、それを上回るかもしれない。この作業は価値ある演習になり、将来、人生の改善を諦めそうになったり道を踏み外しそうになったりしたときに、軌道修正の助けになるだろう。
試してみよう
自分のアイデンティティを意識的につくり上げるには、思考と意識的な努力が必要だ。紙とペンを用意して、次の質問の答えを書き出そう。より望ましいのは、日記をつけて、変化に取り組んでいるときの自分の反応を常に見直すことだ。
- わたしが起こそうとしている、大きな変化は何だろう?
- なぜ、この変化はわたしにとって重要なのか?
- わたしはこの課題を乗り越えて、どのような人になりたいのか?
- この課題にどのように取り組めば、結果がどうであれ、後で振り返ったときに自分を誇りに思えるだろうか?
- 変化を成し遂げるために必要な、小さな目標は何か?
- モチベーションが低いときには、どうすればいいだろうか?
- 自分の体の声と要求に耳を傾けているだろうか?