本記事は、ジュリー・スミス氏の著書『一番大切なのに誰も教えてくれない メンタルマネジメント大全』(河出書房新社)の中から一部を抜粋・編集しています。

負のスパイラルを断ち切る

リフレッシュ,スタート
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即時的な気晴らしはより事態を悪くする

気分が落ち込むと、明るい気分を取り戻したくなる。何をしてでも、できるだけ早く落ち込みから解放されたいと思うし、脳はこれまでの経験から、手っ取り早く気分を良くする方法を知っている。そこでわたしたちはそれらを使って感覚を麻痺させたり気を紛らわせたりする。人によっては、アルコール、薬物、食べ物に頼るだろう。何時間もテレビを見たり、ソーシャルメディアをスクロールしたりする人もいる。そうしたくなるのは、── 短期的には ── 効果があるからだ。自分が切望する通りに、たちまち気が紛れたり感覚が麻痺したりする。しかしそのような効果は、テレビのスイッチを切ったり、アプリを閉じたり、酔いがさめたりすると、すぐに消える。その後、気分は再び落ち込む。このサイクルを繰り返すたびに気分はいっそう落ち込んでいく。

気分の落ち込みへの対処法を見つけるには、これまで落ち込みにどう対処してきたかを振り返り、苦しみからすぐ解放されたいという人間として当然の欲求を思いやりつつも、即時的な対処法が長期的には事態を悪化させてきたことを正直に認めなければならない。長期的に効果がある方法は、総じて即効性のないものだ。

試してみよう

以下の質問をガイドにして、現在、気分の落ち込みに自分がどう対処しているかを、じっくり考えてみよう。

  • 落ち込んでいるときによく用いる対処法はどういうものか?
  • それらの対処法は、苦痛や不安をすぐ取り除いてくれるか?
  • 長期的に見て、それらはどのような効果をもたらすか?
  • それらはどのようなコストを伴うか?(金銭的にではなく、時間、努力、健康、進歩に関して)

気分を悪化させる思考パターン

思考と感情は影響しあう。思考は感情に影響し、逆に感情も思考パターンに影響する。気分が落ち込んでいるときに経験しがちな思考バイアスには次のようなものがある。思考バイアスはごく普通の現象で、程度の差はあっても、誰にでも起きる。特に起きやすいのは気分や感情が揺らいでいるときだ。思考バイアスについて理解し、それが現れたときに気づけば、その力を奪うことができる。

メンタルマネジメント大全
(画像=一番大切なのに誰も教えてくれない メンタルマネジメント大全)

マインドリーディング

周囲の人が何を考え、どう感じているかを理解するのは、非常に重要なことだ。わたしたちは集団で生活し、互いに依存しているので、他人が何を考え何を感じているかを推測することに多くの時間を費やす。気分が落ち込んでいるときには、自分の推測を真実だと思い込みやすい。たとえば、「友だちが変な目で見るので、自分は嫌われているにちがいない」というように。しかし落ち込んでいない日には、どうしてそんな目で見るのかと、相手に尋ねることさえするだろう。

落ち込んでいるときには、周囲の人に励ましや安心感を求める。それらが得られないと無意識のうちに、相手は自分のことをよく思っていないと決めつける。それはバイアスであり、最悪の自己批判につながりやすい。

過度の一般化

落ち込んでいると、たった1つの失敗のせいで何もかもうまくいかなくなり、1日が台無しになることがある。たとえば朝、ミルクをこぼし、それがあちこちに飛び散る。そのせいで遅刻しそうになって、イライラし、ストレスを感じる。このようにたった一つの出来事を、今日が「最悪な日」になるサインと見なすのが、「過度の一般化」だ。そんな日は、何1つ思い通りにいかず、いくはずもない。今日は絶対、悪夢のような1日になる、と決めつけて、仕事も休みたくなる。

これは絶望に向かう危険な坂道だ。「過度の一般化」バイアスは、失恋したときに現れることが多い。ある恋愛関係が終わると、自分は恋愛を実らせることができず、他の誰とも幸せにはなれないという思いが湧き上がる。そう考えるのは自然なことだが、放っておくと、苦痛はますます強くなり、気分はいっそう落ち込む。

自己中心的な考え方

調子が悪く、辛いと感じているとき、視野は狭くなりがちだ。他者の考えや見方を推測しにくくなり、他者の価値観が自分のものとは違うことも忘れがちになる。このバイアスは、心のつながりを傷つけ、人間関係にひびを入れる恐れがある。たとえば、「常に時間を守る」といった生活上のルールを決めている人が、そのルールを守ることを他の人にも求め、相手がそれを守らないと怒ったり傷ついたりする場合だ。そうなると、他人に対して寛容でなくなり、気分はいっそう落ち込み、人間関係に支障をきたす恐れがある。このバイアスは、コントロールできないものをコントロールしようとすることであり、必然的に気分は急速に落ち込む。

感情的な推論

思考が事実ではないように、感情も事実ではない。脳にとって感情は一種の情報だが、その情報が強力で激しく騒々しいと、脳は、それが実際に起きていることを真に反映していると思いこむ。わたしはそう感じるから、それが事実に違いない。「感情的な推論」とは、そうではないという証拠が他にたくさんあっても、感情だけに基づいて、何かを真実と決めつける思考バイアスだ。たとえば、あなたが何かの試験を受けたとする。試験会場から出るときには、落ち込み、自信を失っている。感情的な推論は、試験に落ちたはずだと告げる。試験の成績は良かったかもしれないが、脳は感情から情報を得るので、試験に合格すると思えない。気分の落ち込みは、試験のストレスと疲労のせいかもしれないのに、状況の解釈に影響する。

心のフィルター

わたしたちが自分や世界について何かを信じているとき、脳は周囲を見渡して、それが真実だという証拠を見つけようとする。意に反して、その信念を否定する情報が見つかると、物事は突然、予測不可能になり、脳は脅威を感じる。そこで脳はその情報を否定し、これまでの経験と一致する情報にしがみつこうとする。たとえそれが苦痛をもたらすものであっても。そういうわけで、わたしたちが落ち込み、自分はダメな人間だと思っていると、心はフィルターのような働きをして、他のことを示唆する情報をすべて却下し、自分がダメな人間だという証拠にしがみつこうとする。

たとえば、ソーシャルメディアに写真を投稿したとする。多くのフォロワーが肯定的なコメントを書き込んでくれたが、落ち込んでいるときのわたしたちが探しているのは、そういうコメントではない。それらを読み飛ばして、否定的なコメントを探す。そして見つけたら、かなりの時間を費やして、そのコメントについてじっくり考え、傷つき、さらに自信をなくす。

進化の観点から見れば、自分は弱い人間だと感じているときに脅威の兆候を探すのは理にかなっている。しかし、暗い状況から立ち直ろうとするときには、心にこのようなフィルターがかかっていることを意識する必要がある。

〜すべき思考

「〜すべきである」「〜でなければならない」に気をつけよう。もっとも、わたしが言っているのは、コミュニティに対する健全で常識的な義務感のことではない。人を不幸の下方スパイラルに追いこむ、過剰な期待のことだ。つまり「わたしは〜と感じるべきだ」「わたしはもっと〜でなければならない」といった期待である。

「〜すべきである」「〜でなければならない」は完璧主義と強く結びついている。たとえば「絶対に失敗したくない」と思っているのに、間違ったり挫折したりすると、感情のジェットコースターに乗って、激しく揺れ動く気分と格闘することになる。成功を目指して努力しながら、その過程での失敗を受け入れることもできるはずだ。しかし、非現実的な目標を掲げると、それにとらわれて身動きがとれなくなる。その目標を達成できそうにないと思うたびに苦しむことになる。

「〜すべきである」「〜でなければならない」には気をつけよう。とりわけ、気分の落ち込みと格闘しているときに、ベストの状態のときと同じことを自分に期待するのは、現実的でもなければ、有益でもない。

全か無かの思考

「白か黒かの思考」とも呼ばれるこのバイアスも、そのままにしておくと気分をさらに落ち込ませる。これは絶対的な、あるいは極端な思考パターンで、たとえば、「わたしは成功者か、完全な敗北者かのどちらかだ」、「わたしは完璧なように見えなければ、醜い」、「間違いを犯すくらいなら、そもそも取り組むべきではない」といったものだ。このような極端な思考パターンにはグレーゾーンを受け入れる余地がない。グレーゾーンの方が、往々にして現実に近いのだが。この思考パターンは感情の激しい反応を導き、あらゆるハードルを高くする。もし、ある試験に落ちることを人間としての欠陥と捉えるのであれば、気分はいっそう落ち込み、そこから立ち直るのはいっそう難しくなるだろう。

落ち込んでいるときには、このような極端な考え方をしがちだ。そうなるのは、脳が誤解しているわけでも、機能不全に陥っているわけでもないことを覚えておこう。ストレスにさらされると、世界は確実で予測可能だ、と思いたいがために、思考は「全か無か」に偏りやすい。そのようなときこそ、物事を論理的に考え、さまざまな側面を比較検討し、より多くの情報に基づいて判断を下さなければならない。

メンタルマネジメント大全
(画像=一番大切なのに誰も教えてくれない メンタルマネジメント大全)

思考バイアスに気づく練習を

気分を落ち込ませる一般的な思考バイアスのいくつかについて学んだ。では、次はどうすればいいだろうか。ネガティブな考えが浮かぶのを止めることはできないが、それにどんなバイアスがかかっているのかを知り、自分の反応をコントロールすることはできる。今抱いている考えが、多くの考えの1つにすぎないことを知ると、他の考えに心を開くことができる。そうなれば、最初に抱いた考えに感情を支配されにくくなる。

思考バイアスに対処するには、まず、思考バイアスが現れたときにそれに気づく必要がある。一歩下がって、偏りを見抜くことができなければ、それが現実を正しく反映しているように思えてしまう。そうなると、思考バイアスは気分の落ち込みを助長し、次の行動にも影響する。

思考バイアスに気づくのは、当たり前で簡単なことのように思えるが、必ずしもそうではない。思考バイアスが起きているときには、その思考の他にも、感情、身体的感覚、脳裏に浮かぶ映像、記憶、衝動の寄せ集めを同時に経験している。わたしたちは、あらゆることを自動操縦することに慣れているので、立ち止まって細部をチェックするには、練習が必要だ。

ここでは、思考バイアスとその影響に気づくための方法をいくつか紹介する。

具体的な対処法

  • 感情が高ぶっているときに明瞭に考えるのは難しい。感情が落ちついてから、思考を振り返るようにしよう。そうすればバイアスに気づきやすい。それを繰り返せば徐々にリアルタイムで思考バイアスに気づけるようになるだろう。

  • 日記をつけよう。特定の瞬間(肯定的なものと否定的なものの両方)を選び、そのときの思考、感情、身体的感覚を区別しよう。思考を書き出したら、バイアスのリストに目を通し、バイアスがかかっていたかどうかを調べよう。

  • 思考バイアスに陥っていると思えるときに、自分の思考、感情、身体的感覚を書き出そう。その際には、客観的な視点に立った表現を用いよう。たとえば、「わたしは……という考えを抱いている」とか、「わたしはこのような感覚に気づいている」というように。そうすれば、思考や感情から一歩離れて、それらを絶対的な真実ではなく、自分に押し寄せてきた経験として見ることができる。

  • 自分が陥りやすい思考バイアスを、信頼できる人に打ち明けて、そのバイアスに気づいたら指摘してもらおう。もっとも、そうするには、変化し成長しようとする自分の取り組みを認め尊重し協力してくれる人との、きわめて良好な関係が必要になる。バイアスに陥っているときに指摘してもらうのは容易ではないので、実践には綿密な計画が必要だ。

  • 自分の思考を俯瞰するには、マインドフルネスが助けになるだろう。毎日、決まった時間に、自分の考えに注意を向けるようにしよう。思考と距離を置いて、善し悪しを評価することなく観察できるようにする、科学的裏づけのある方法だ。

ささいなできごとを決定的瞬間にする前に

自分の考えを深く理解するには、それが考え方の1つにすぎないことを認め、あえて他の考え方をしてみる必要がある。自分の考えに思考バイアスを見つけて、ラベル付けするのはその助けになる。

これは、一度すればそれで良いというわけではなく、継続的な努力と練習が求められる。バイアスに気づかないこともあれば、バイアスに気づいて、より有益な考え方を見つけられることもあるだろう。

別の考え方を探すとき、正解を見つけようとする人もいるが、そういう意味ではない。肝心なのは、ある考えを事実として信じてしまう前に、立ち止まって他の考えを積極的に検討することだ。一般的なルールとして、探すべき考え方は、よりバランスがとれていて、公平で、思いやりがあり、得られる情報をすべて考慮した考え方だ。感情に駆られると極端で偏った考え方をしがちだが、人生は往々にして複雑で、そこここにグレーゾーンがある。問題のさまざまな側面についてじっくり考えているときに、はっきりした答えが見つからなくても構わない。必要なだけ迷うことを自分に許そう。「わからない」ことに耐える力を養おう。そうすれば、最初に頭に浮かんだ考えに翻弄されなくなり、より意識的に考え抜いた選択ができるようになるだろう。

たとえば、朝食時に床一面に牛乳をこぼし、自分はなんてダメな人間だろう、何をやってもうまくいかない、と自己批判を始めたとする。この思考には、「一般化」と「全か無か」のバイアスが混在している。この2つのバイアスに気づき、ラベル付けできれば、その後に起きがちな強い感情的反応を抑制できるだろう。牛乳をこぼすのは愉快なことではないが、どの考え方を選ぶかで、数分イライラするだけですむか、それとも、1日中最低の気分で過ごすかが決まる。

あらゆるアドバイスと同様に、これは言うのは簡単だが、実行は難しい。練習を積む必要があり、できるようになったからと言って無敵になれるわけではない。けれども、このアドバイスは有益で、ささいなできごとが決定的瞬間になるのを防いでくれる。

メンタルマネジメント大全
ジュリー・スミス
心理学者・臨床心理士。オンラインでの発信やカウンセリングが人気を博し300万以上のSNSフォロワーを持つ。心理学・精神医学に基づく適切な知識を動画でわかりやすく届ける活動はBBC等にも取り上げられる。

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