本記事は、荒川和久氏の著書『知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質』(ぱる出版)の中から一部を抜粋・編集しています。

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(画像=maroke/stock.adobe.com)

外食産業を支えているのは独身者

一時期、職場でも学校でもランチを1人で食べている人に対して「1人で飯を食うなんて寂しいやつだ。友達もいないんだな。可哀想に」とディスる風潮があった。それが嫌で、みんなの目に触れないところでコソコソ食事をとるために「便所飯」などという言葉が言われたこともある。実際に、トイレで一人で飯を食べていた例がそれほどあったとは思わないが、「1人でメシを食う」ことは、いじめや侮蔑ぶべつの対象となった事実はある。「孤食」などという揶揄言葉もある。

幸か不幸か、コロナ禍によって集団で食事をするという行動がはばかられ、飲み会も制限されたことで、そういった同調圧力は消えたのだが、そもそも、1人で食事をするというソロ飯割合は、コロナ以前から多い。

コロナ禍がまだ顕在化する前の2020年3月上旬に調査した結果から、20~50代未既婚男女における、食事のソロ飯率を見てみよう。1週間当たり何回1人で食事をするか(昼食と夕食のみ)の質問でソロ飯率を割り出したものである。

単に未婚と既婚と分けるだけではなく、未婚でも一人暮らしの単身者と家族と住む親元未婚、それに、同棲中のカップルもいるだろう。既婚者にしても、夫婦だけの場合や子どもと同居の場合など世帯構造によりソロ飯頻度は異なると思われる。よってそれぞれを細かく分類した上で調査分析したものである。

未婚男女の一人暮らしのソロ飯率は平均9割である。むしろ、ソロ飯こそが彼らの日常であるといえる。親元に住む未婚は男で5割、女で4割程度であった。

知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質
(画像=知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質)

一方、夫婦のみ世帯や夫婦と子世帯の既婚男女のソロ飯率がそれより圧倒的に低いのかと思いきや、実はそうでもなく、子がいる夫婦の場合のソロ飯率は、妻が20%程度なのに対し、夫は40%と親元未婚者とあまり変わらない。子のない夫婦の場合に至っては、夫より妻の方がソロ飯率が高い。むしろ、同棲中の若い未婚カップルの方が家族並みにソロ飯率は低い。

家族や子、恋人の有無によって全体のソロ飯率は変わるが、さりとて、「1人でメシを食ってる奴は…」などと言われるほどマイノリティでも異質でもないのである。でなければ、牛丼屋、ラーメン屋、立ち食いソバ屋などメイン顧客がソロ客であるソロ外食業態が、あれほどの店舗数に増えるわけがない。

外食産業を支えてきた「おひとりさま」

ご存じない方が多いのだが、外食産業を支えてきたのは、独身者たちの「ソロ外食」行動である。「所詮、おひとりさまの客なんて数も少ないし、客単価だって低い。全体からすれば小さい話であって、たいして役に立っていない」と何のエビデンスもなく、個人の思い込みだけで切り捨てる人がいるが、それはとんでもない間違いである。

コロナ以前、2007~2019年までの家計調査における単身勤労者世帯と家族世帯(2人以上の勤労者世帯)の期間平均外食費実額を比べてみると明らかだ。

知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質
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従来の月当たりの外食費は、家族が1.5万円に対して、34歳以下の単身男性が約2.5万円、35〜59歳の単身男性で約2.2万円といずれも家族よりソロの外食費の方が実額で上回っている。

34歳以下の単身女性でさえ、約1.6万円と1家族以上の外食をしていた。

ところが、コロナ禍における外食産業への時短や自粛要請によって、2020年4~6月の第二四半期で見ると、34歳以下単身男性の外食費は月当たり▲1.5万円、35〜59歳単身男性は同▲1.3万円、34歳以下単身女性は▲9,000円、35〜59歳単身女性が▲8,000円とソロたちの外食費が大きく減少した。

家族は▲6,000円なので、飲食店にしてみれば、家族が来なくなったことより、ソロ客が減少したことの方が痛かったわけである。

知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質
(画像=知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質)

では、ソロ飯のうちソロ外食規模はどれくらいになるのだろうか。

家計調査に基づく月間の外食費とそれぞれの世帯類型別のソロ飯率を掛け合わせれば、ソロ外食の単価が推定できる。その単価と国勢調査の配偶関係別年代別人口(本計算では2015年の実績を使用)を掛け合わせれば、独身者(単身者に加えて親元独身者含む)と家族の外食市場規模とそのうちのソロ外食市場規模がどれくらいかが試算できる。それが、図3-3である(20~50代までの人口であり、個人消費以外の外食費は含まないので、事業者ベースの総外食市場規模とは一致しない)。

年間ソロ外食の市場規模約4兆円のうち、4分の3の3兆円以上を独身が占めている。3兆円のうちの3分の2は独身男性である。

ソロ外食に限らない総外食市場においても独身は市場全体の6割弱もあり、うち独身男性が68%を占める。外食産業において、いかに独身男性が貢献しているかがわかると思う。

それでは、業態別にソロ外食経験率は現在どれくらいなのだろうか。未既婚別に集計したものが下図3-4である。当然ながら、未既婚関係なく男性の一人ラーメン、一人牛丼、一人立ち食いソバの経験率は高い。一方、女性はやはり既婚より未婚の方がソロ外食率は高く、特にファストフードやカフェの経験率が高い。そして、案外、もうすでに一人ファミレス率も高いのだ。

2019年に、ファミリーレストラン「ガスト」は、1人用ボックス席を作って話題になった。席の両側についたてを配置し、電源を備えて、まるでネットカフェのようなプライベート空間が人気となったが、ガスト以外でもかつてのファミレス業態が、4人掛けのテーブル席からカウンター席を多く設置するなど、ソロ客対応が増えてきている。

これは、2018年時点の調査なので、一人焼肉の割合が低くなっているが、今ではこの市場が大きく伸長している。顕著なのが「焼肉ライク」である。1号店を出店したのが、ちょうどこの調査と同じ2018年。以来、2022年10月現在では全国で91店舗を展開するまでに急成長している。開業当初から打ち出していた「一人焼肉」というコンセプトは、期せずして訪れたコロナ禍における「個食」の流れとも共鳴して、その業績によい影響を与えている。居酒屋チェーンのワタミグループが焼肉業態に進出するなどの状況を見ても、この一人焼肉市場はまだまだ今後も伸びが期待できるだろう。

知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質
(画像=知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質)

同様に、今後注目できるのが、一人回転ずしである。現状でも未婚男性は、特にソロ客向けの対応なしに勝手に来店している。

隠れた市場が一人バイキングである。特に、未婚男女は早くからこの需要がある。それも、単価の高い高級ホテルのバイキングやビュッフェに行って、たまには贅沢したいという需要が確実にある。

一方で、コロナで大打撃を被った居酒屋は相変わらずソロ向け対応ができていない。商売の特性上、どうしてもグループ客を入れたがるので、ソロ客が入りにくいという面もある。ここも、ファミレス同様、テーブル席からカウンター席への対応などで需要の拡大を図った方がいいだろう。なぜなら、ソロ客の中には、必ず酒とともに夕食をとりたいという一定需要があるからだ。

独身人口が5000万人、単身世帯が4割にも達しようとしている人口や世帯構造の変化からすれば、ソロ客に対する需要が高まるのは自然な道理である。

もちろん、家族や大切な仲間たちと食事をする楽しさは否定しない。しかし、「1人で食事をすることが楽しい」という人たちもたくさん存在するのだ。でなければ、「孤独のグルメ」があれほど人気になることもないだろう。

にもかかわらず、「トモ(共)飯派」の人たちの中には、1人で食事をしていることを「ぼっち飯」だのと揶揄したり、「ひとりでご飯を食べるのは弧食である」と社会問題化したり、「1人飯は食事ではない、食餌だ」などと心ない発言をする人もいる。

一方で、ソロ飯を楽しんでいる人は、決して誰かと一緒に食事を楽しむ「トモ飯派」の人をわざわざ非難したりしない。それぞれの楽しみ方でいいと思うからだ。

ところで、外食において「1人で食事を楽しめる場所が豊富にある」ということは、日本にいるとあまりに当たり前すぎて利点と思わないかもしれないが、海外の人からするととてもうらやましいことであるらしい。

以前、英国のBBCの取材を受けて、「日本ではソロ外食が盛んである」という話をした記事と動画が公開された時、放送や記事を見たイギリス人から「(1人で外食できる店がたくさんあって)日本がうらやましい。誰かと一緒に食べないといけないというのは苦痛だ」というコメントが寄せられたことがある。

ハリウッド女優のクロエ・グレース・モレッツも同様のことを言っている。

「東京には1人で食事できる場所がある。1人で食事を楽しめるでしょ。西洋文化では1人で何かをするってことはめったにないの。いつもパートナーや誰かと一緒に食事をしなきゃいけない。でも1人で何かをすることはとても重要だと思う」

みんなで食事をしたいというトモ飯(共にメシを食うこと)の楽しさは否定しない。コロナ禍が一段落して、今後は自粛してきた飲み会も増えるだろう。それはそれで楽しいし、大いに楽しめばよい。

しかし、反対に「1人でゆっくりとご飯を楽しみたい」という需要もあるのだ。それは決して「誰かと一緒に食べられないから、友達がいないから、不本意ながらソロ飯を余儀なくされている」のではなく「1人で食べたいから」なのである。

知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質
荒川和久
独身研究家/コラムニスト/マーケティングディレクター
広告会社において、数多くの企業のマーケティング戦略立案やクリエイティブ実務を担当した後、「ソロ経済・文化研究所」を立ち上げ独立。ソロ社会論および非婚化する独身生活者研究の第一人者として、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・Webメディアなどに多数出演。韓国、台湾などでも翻訳本が出版されるなど、海外からも注目を集めている。著書に『結婚滅亡』(あさ出版)、『ソロエコノミーの襲来』(ワニブックスPLUS新書)、『超ソロ社会─「独身大国・日本」の衝撃』(PHP新書)、『結婚しない男たち─増え続ける未婚男性「ソロ男」のリアル』『「一人で生きる」が当たり前になる社会』(以上、ディスカヴァー携書)などがある。

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