本記事は、荒川和久氏の著書『知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質』(ぱる出版)の中から一部を抜粋・編集しています。
独身なんて狙ったって儲からないという説の噓
テレビCMで、明らかに独身男性向けに作られているものというのをあまり見かけたことはないだろう。思いつくのはせいぜい缶コーヒーのCMくらいだ。
独身男性がマーケティング上、なぜ蚊帳の外に置かれてきたかというと、独身女性と比べて消費性向が低いという面に加えて、そもそも未婚男性は既婚男性に比べて年収が低いという事実による。
2017年時点の就業構造基本調査によれば、全国20〜30代の未婚男性の半分以上の55%は年収300万円未満である。ちなみに、この調査における年収とは手取りではなく額面である。
40〜50代でも41%が300万円に達していない。既婚男性と比べれば、明らかに未婚男性は低収入であることがわかる。
つまり、未婚も含む独身男性というのはそもそも「低年収だから結婚できない」わけで、低年収であるということはすなわち消費力も低いわけで、そんな相手をターゲットにしても儲からないじゃないか、というわけだ。
ある意味では正しい。しかし、かつてのように、未婚率が低く、未婚人口のボリュームが少ない時代はそれでよかっただろうが、今後ますます独身人口が増えていく中にあって、この層を無視してやっていけるのか? という話になる。そして、そもそも、大きな勘違いは、確かに既婚男性と比べれば独身男性の収入は低いが、彼らがマーケティングの主役としてみなしていた独身女性と比べれば、その消費力は決して低いものではないということだ。
家計調査の単身者調査でも明らかなように、確かに消費性向は独身女性の方が高いが、消費実額で見れば、実収入が多い分、34歳までの年齢層であるM1・F1層でも、35歳以上のM2・F2層でも男性の消費金額の方が大きい。特に、コンビニやスーパーなどの主力である食品・飲料・酒関連では圧倒的に独身男性の消費金額が大きい。加えて人口も独身男性の方が多い。むしろ、独身男女で見れば、独身男性の方こそ優良顧客として見るべき存在なのである。
また、特に独身男性に対しては「広告は効かない」というデータもあった。かつて匿名掲示板などにおいて「嫌儲主義」と言われたように、独身男性たちは企業側の「売らんかな」の姿勢を極端に嫌う。その魂胆が透けて見えると、ネット上で途端にアンチ化する。当時、匿名掲示板に集うそういった独身男性たちは「味方につけても何の得にもならない(顧客にはならない)が、敵にすると面倒くさい」存在として見られていた。そんな天邪鬼で面倒くさい独身男性をターゲット設定して、いろいろ企画しても、それこそ面倒くさいと敬遠されてきた。
しかし、実際のコンビニの店頭などでは確実に独身男性(独身かどうかは店員の主観だが、夜に弁当などを買う男性1人客は確実に独身だろう)の比率が高まっていることは、小売り側の担当はよくわかっている。売り筋から次の在庫が補充されるPOSシステムに従っていれば、独身男性の需要に従った店頭の品揃えがやがて顕在化されていく。コンビニが、最初から独身や単身男性を狙ったというより、結果としてそういう形に変容していったのだろう。
そして、顧客である彼らは受動行動で、訪れた店頭にある商品で間に合わせるようになる。食べたいものを買うというより、そこにあるものの中から食べたいものを選択する。今では、彼らが選択に迷うほどのレンチン1人用パック商品の種類が用意されている。それは、彼ら独身男性がコンビニにとって無視できない層である以上に、大切な優良顧客に成長していることの証でもある。
スーパーとコンビニ売上に見るソロエコノミーの隆盛
世帯の構造の変化は、消費の環境の変化と直結する。昭和時代、標準世帯という4人家族が大部分だった時代には、売る側も4人分をパッケージとして訴求していた。
しかし、家族世帯が減少して、ソロ世帯が増えると、4人セットで売っても需要と合わなくなる。野菜もキャベツまるごと1個や、大根1本という売り方ができていたのは、それが家族4人で食べる前提だからだ。一人暮らしを経験したことがある人はよくわかると思うが、野菜や肉など家族分の量を買っても、結局1回でそれを消費することはない。「後で食べよう」などと冷蔵庫に入れたまま忘却して、腐らせてしまうものである。
世帯構造が変わるということは、売り方も変わらざるを得ないということだ。
下図2-4は、スーパーマーケットとコンビニの売上と、家族世帯(夫婦と子世帯)とソロ世帯数の推移を表したものである。男性の生涯未婚率が初めて5%を突破して上昇し始めるのは1990年以降からだが、当然ながらそれに伴って単身世帯も増えていく。それはコンビニの売上が急上昇する時期と完全に一致する。
それに影響を受けたかのように、1998年頃からスーパーの売上が横ばいになっていく。スーパーの売上が伸び悩んだのと同様に、家族世帯の数はなだらかに下降している。
単身世帯が増えたからこそ、深夜まで開いているコンビニの需要が増し、店舗数も増えたことで売上が上昇したとみて間違いないだろう。コンビニは、始まった頃の1970年代にそういうコンセプトがあったかどうかは別にして、この時期からも完全に一人暮らしの人たちを支える需要として成り立ったわけである。
コンビニのメイン商品群も、かつてはお弁当やおにぎり、サンドイッチなどそのまま食事として食べられるものが多かったが、今ではかつてお弁当コーナーだった棚が、惣菜コーナーにその面積を奪われている状況である。
惣菜といっても、電子レンジで温めるだけの調理済み食品であるが、サバの味噌煮にしろ、豚の生姜焼きにしろ、焼き鳥にしろ、青椒肉絲にしろ、実に多種多様な商品が、「1人用サイズ」として売られている。しかも、レンジで温めたまま、容器を皿として使用でき、食べ終わればそのまま捨てられる仕様となっている。一人暮らしにとってこれはうれしい仕様なのだ。皿に盛り付けする必要がない上に、洗い物をする手間も省けるからだ。
かつて、アイスだけが売られていた冷凍棚も、今ではパスタやカレーなど温めるだけでOKな冷凍食品が次々と発売されている。コンビニでは、キャベツでさえ、洗わずにそのまま食べられる仕様で千切りされた状態で「1人用・1食用」パックとして売られている。マカロニサラダやポテトサラダのレトルトパックも1人用サイズである。いわずもがな、食後のデザートであるケーキやシュークリームなども1人用サイズで売られている。クリスマスケーキですら、最近はホールケーキではなく、1人用サイズとして売られている。もちろん、スーパーほど安くはないが、一人暮らしにとって、こんなに便利なことはないだろう。
一人暮らしというと若者だけと思いがちだが、地方では若者より高齢者の単身者が多い。かつては、家族で暮らしていた人たちだが、子どもたちは都会に流出し、配偶者とは死別して一人暮らしとなった、主に高齢女性が多い。地方だと、必ずしも家の近くに大きなスーパーがあるわけではない。わざわざ遠出して買い物に行く元気のあるうちはいいが、高齢になると何かと億劫になる。近場にコンビニがあれば、そこで買い物を済ませようという気にもなるだろう。
特に、地方在住者にとっては、コンビニが銀行や郵便局のかわりになるし、宅配便を発送したり、受け取りさえもできる。ある意味では、一人暮らしの高齢者にとってのコンシェルジュ的な役割も果たしているといえよう。つまり、都会の若者だけがコンビニを支えているのではなく、地方においては高齢者がコンビニを支えていることになる。
グラフの中で、2020年だけ特殊な推移をしている。スーパーの売上が急激に増えてコンビニが減ったが、これはコロナ禍の影響である。在宅勤務やリモート勤務増によって、巣ごもり消費が増えたというのもあるが、それだけではない。一人暮らしの人でもスーパーの開いている時間に行ける環境となったことが大きい。今までは、仕事の行き帰りぐらいしか買い物できないため、深夜ともなれば、開いてる店はコンビニくらいしかなかったわけである。特に、一人暮らしにとって、コロナ禍での飲食店の時短営業は大きな痛手だった。今まで外食で夕食を済ませられたものが、お店は開いていないので、スーパーやコンビニで調達しないといけなくなった。
同時に、スーパー側も売り方の大転換が起きている。今まで家族用サイズで売っていたものを、小分けにして、1人用サイズの売り方に変えた。コロッケにしろ、かき揚げにしろ、天ぷらにしろ、単品で買えるようになっている。コンビニの売り方を真似たわけである。
コロナ以前でも、スーパーの閉店間際には、仕事帰りの中年男性が、割引シールの貼られた惣菜をまとめ買いするというシーンが見られたが、今までコンビニの値段で納得していた層が、スーパーに行けば、実際かなり安く買えるわけで、それに気づいたら、この給料があがらないこのご時世、「次もスーパーで買おう」ということにもなるだろう。
コンビニで買っていたソロ世帯の層がそっくりそのままスーパーに移行したがゆえの、スーパーの特需だったわけである。言い換えると、独身が動いただけでこれほど如実に売上が変わるということである。
決して侮れない。当然ながら、人口ボリュームも大きくなっているわけで、コロナ禍という偶然のきっかけによりスーパーの顧客となった独身層を、今後外食業界が以前のように戻った場合でもキープできるかどうかは大きなカギとなるだろう。
広告会社において、数多くの企業のマーケティング戦略立案やクリエイティブ実務を担当した後、「ソロ経済・文化研究所」を立ち上げ独立。ソロ社会論および非婚化する独身生活者研究の第一人者として、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・Webメディアなどに多数出演。韓国、台湾などでも翻訳本が出版されるなど、海外からも注目を集めている。著書に『結婚滅亡』(あさ出版)、『ソロエコノミーの襲来』(ワニブックスPLUS新書)、『超ソロ社会─「独身大国・日本」の衝撃』(PHP新書)、『結婚しない男たち─増え続ける未婚男性「ソロ男」のリアル』『「一人で生きる」が当たり前になる社会』(以上、ディスカヴァー携書)などがある。※画像をクリックするとAmazonに飛びます