本記事は、荒川和久氏の著書『知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質』(ぱる出版)の中から一部を抜粋・編集しています。

女性,消費
(画像=天乐 张/stock.adobe.com)

消費は女性が動かすと言われたが本当か?

「消費は女性が動かす」と言われる。これは、男性と比べて女性の方が消費性向が高いことによる。

消費性向とは、実収入から税金等を差し引いた可処分所得に対する消費支出の比で計算されたものである。家計調査で男女別に分かれている単身世帯(勤労者59歳以下)の統計によれば、平均消費性向は男性がおよそ60%であるのに対し、女性は70%くらいで推移している。それだけ所得の中から消費に回す割合が大きいということになる。

単身世帯ではなく、いわゆる2人以上の世帯では、世帯消費という観点でしか統計がないため、それが男性の消費なのか、女性の消費なのかは厳密には不明だが、家族の消費において、大体女性=主婦が切り盛りするというのが昭和の常識だった。

昭和時代は、世帯構造でいえば、いわゆる夫婦と子世帯が世帯の大きな構成比を占めていた。お父さんとお母さんと子ども2人という4人家族が標準世帯と呼ばれていた時代である。

その標準世帯が世帯構成的には45%も占めていた。世帯の半分がこの夫婦と子世帯だったわけである。いわゆる核家族というものだが、その家族の日々の消費を担っていたのは主婦だった。

世の中的には、ダイエーなど「主婦の店」と呼ばれたスーパーが隆盛期を迎えた頃である。当時、消費の中心は主婦であったことに異論はないだろう。テレビCMも、お昼の番組提供スポンサーはほぼ主婦向け商品を提供する企業で占められ、広告市場的にも、今では随分と縮小されてしまったが、新聞の折り込みチラシが大きな比重を占めた時代でもある。店舗の出店計画も、その店の徒歩圏内にどれだけの主婦が存在するかで売上計画を立てていた。主婦の数といっても、1980年代までは皆婚時代であり、ほぼ世帯数=主婦数と解釈することができるので簡単だった。

実際、昭和以降も平成年間で注目されたマーケティングのターゲットの流行もほぼ性別と年齢だけで説明が可能である。

昭和の時代は、30代から50代くらいまでの主婦層がメインだった。昭和の終わりから平成にかけての1980年代には、20代から30代の働く女性や女子大生という属性が注目された。ここでの働く女性というのはほぼ独身女性を意味する。男女雇用機会均等法が施行されたのは1986年であり、それ以降すぐに劇的に変わったわけではないが、少なくともそれ以前までは、平気で「腰掛けOL」という言葉が使われ、結婚したら自動的に退職するものだという意味合いの「寿退社」という言葉もポジティブな意味で使用されていた。

むしろ当時は婚期を「クリスマスケーキ」と表していたくらい、大体の女性は20代半ばで結婚していたのである。

1982年に「CanCam」、1983年に「ViVi」が創刊、これらに先駆けて1978年から月刊誌化していた「JJ」とあわせて、「赤文字系」雑誌として、当時の20代の女性を主要購読者層として、大いに影響力を発揮し、ファッション誌という地位を確立した。

赤文字系とは一線を画す形で、古くから創刊していた「an・an」も、1983年、12月23日号では「クリスマス特集」を組み、「今夜こそ彼の心(ハート)をつかまえる!」と題して、恋人たちのためのクリスマスの過ごし方をストーリー仕立てで紹介したものである。

その内容は、「クリスマスイブは素敵なレストランで過ごして、その後シティホテルで泊まり、ルームサービスで朝食をとりたい」というものだった。

奇しくもその年は、今の、東京ガーデンテラス紀尾井町のある場所に、赤坂プリンスホテル(新館)がオープンした年でもあった。赤プリと呼ばれ、クリスマスにはカップルの聖地となる。

12月25日の朝のチェックアウト時間帯は、いろんな意味で地獄絵図のような混み具合だった。

当時でも、赤プリの宿泊料は高額だ。にもかかわらず、どう見ても20代前半と思しき若いカップルが、イブの夜に限っては、宿泊に加え、夜中にシャンパンをルームサービスで頼むという、そんな時代でもあった。

ちなみに、私は、当時大学生で赤プリのルームサービスでバイトをしていた。

12月24日は前述の通り、半年前から満室になる混みようだったので、バイトといえどその日に「休みをください」などと言える雰囲気ではなかった。ルームサービスの勤務は17時から翌朝の9時までの勤務形態で、通常であれば、真夜中は何のオーダーもなければ、交代で1時間程度の仮眠をとれる余裕もあった。が、クリスマスイブは仮眠どころか休憩もとれない忙しさである。深夜でもオーダーの電話は鳴りやまず、社員もバイトもフル稼働で客室を往復していた。

「赤文字系」が若い女性ターゲットにファッションを売ったのだとすれば、「an・an」はまだマーケティング業界で名前もなかった「コト消費」を売り物にしたといえるかもしれない。ともあれ、1980年代は雑誌が世の中を動かしていたといえるだろう。

その流れの中で、1990年代に入ると、今度はターゲットがより若くなる。20代のOLや女子大生から女子高生にフォーカスが当たり始めるのだ。1995年に「egg」創刊、1996年には「Cawaii!」が創刊されている。同時期の95〜96年には、アムラーブームが起きる。アムラーとは当時大人気歌手だった安室奈美恵のファッションの模倣が高校生たちの中で大流行し、ミニスカート・厚底ブーツ・ロングヘアに茶髪・剃り落とした後に描いたような極端な細眉が特徴だった。「アムラー」と同様、「ルーズソックス」も大流行し、1996年に「新語・流行語大賞」のトップテンにも選出されている。その後、1998年頃のコギャルブームへとつながっていくことになる。

「女子高生が消費を動かす」と言われ、マーケティング業界では普通の学校に通う女子高生たちを集めたグループ・インタビューなどが流行り、女子高生たちの会話を別室でマジックミラー越しに、広告会社やスポンサー企業のおじさんたちが聞いているというシュールな光景が頻出した。ちなみに、そんなグループ・インタビューを通じて生まれたヒット商品などあっただろうか。私の記憶ではひとつとして存在しない。一体あれは何だったのか。

当然「女子高生が消費を動かす」とか「私たち女子高生が主役だ」などと当の女子高生が主張していたわけではない。女子高生どころか、女子ですらない、40歳すぎのおっさんマーケターたちが「次はこれです」などと息巻いて吹聴したに過ぎない。いい迷惑を被ったのは、それを真に受けたクライアント企業であり、当の女子高生たちだったかもしれない。

そして、今「女子高生」が「Z世代」という単語に置き換わった同じ現象が起きているだけである。

さて、そんな「女子高生」流行りに押されがちだったかつての「消費の女王」たる主婦であるが、彼女たちが存在感を失ったわけではない。1995年には、30代主婦層向けファッション雑誌として「VERY」が創刊され、「シロガネーゼ」なる言葉を生み出している。2002年には、さらに年齢層高めの40代の女性をターゲットとして「STORY」が創刊。さらに、2009年には「美STORY」(その後「美ST」)が創刊され、「美魔女」という造語も生み出した。

このように、1980年代から2000年代にかけては、特に女性雑誌が情報発信の中心となって女性ターゲットたちを動かしていたといえるだろう。

ある意味では、雑誌が、今でいう、ツイッターやネット、インスタグラムのような役割を果たしており、それに呼応、追随する形でテレビが番組を作ったりしていた。そのように、雑誌が情報の先駆けだった時代は確かにあった。しかし、SNSが世の中に浸透するとともに雑誌の影響力は極端に衰えることになる。

経産省の特定サービス産業動態統計調査の広告費の長期推移表を見ると、雑誌広告が最大の売上高を記録したのは、2000年で約2,683億円である。それが、2021年実績ではたったの405億円にまで低下している。なんと85%減であり、これは同期間の比較でいえば、新聞やラジオの減少幅よりも大きい。雑誌媒体のひとり負けなのである。販売部数の減少もさることながら、広告を出す媒体としての価値がほぼ喪失したと言っても過言ではないだろう。

雑誌が衰退したことで、そこでの脚光を失ったとはいえ、依然として家族世帯において主婦たちは家計の支配者であることには変わりなく、その証拠に2016年のアニヴェルセル総研調べでも小遣い制の夫は約62%を占めている。

主婦→女子大生→女子高生ときて、次にターゲットとして注目されたのがシニア層である。ご存じの通り、日本は世界一の超高齢社会である。よく高齢化社会という言い方をする人がいるが、高齢化ではない。もうすでに高齢化社会を飛び越えて、超高齢社会に突入しているのである。超高齢社会とは、人口に占める65歳以上の高齢者の比率が21%以上を占める場合で、日本はすでに2007年頃にそれを超えている。

そんな現実を受けて、2010年頃からシニア・マーケティングというのが流行り出した。確かに人口ボリュームからいえば多いことは間違いないのだが、そうはいっても年金暮らしの高齢者がそれほど消費をするわけでもなく、定年退職して退職金を手に入れた裕福層でさえ、将来の不安から貯金をして消費をしない始末。「どうやらシニア層を狙っても全然商売にならなそうだ」とシニア狙いの熱は冷めてしまった。

このようにデモグラ論法でも、その時々に応じて、流行のターゲットというものが出ては消えしているのだが、ここで冷静に振り返ってもらいたい。

30〜50代主婦、20〜30代独身女性、女子大生、女子高生、65歳以上のシニア層…。はて、20〜50代の現役世代の男性層だけぽっかりと抜けているのである。

メディアが取り上げるのは大体女性の話であって、男性ターゲットが何かのニュースになるというようなことはない。もちろん、世の中には男性向け商品はたくさんあるし、その広告もされている。缶コーヒーなどはその最たるものだったろう。昭和の時代では、自動車の広告は主に男性に向けて作られていた。セダンやクーペタイプの自動車が売れていた頃である。しかし、2000年以降、市場は家族向けのミニバン流行りとなり、広告の作り方も「家族」中心で、メインの訴求ポイントも主婦向けが多くなっていった。その頃に新車を購入したお父さんの中には「本当はクーペが欲しいのに、奥さんの反対にあい、結局ミニバンを買う羽目になってしまった」という人も多いのではないだろうか。家電も使用する主婦に決定権がある。世の父親や夫たちは、月3〜4万円の小遣い制の中で、やりくりを余儀なくされてきた。

独身人口が増加したことによって「おひとりさま」という言葉が話題になったことがあったが、これも初出は意外に古くて、1990年代の終わりぐらいにジャーナリストの岩下久美子さんが「おひとりさま向上委員会」というのを立ち上げた時である。その後、『おひとりさま』(中央公論新社、2001)という書籍も出し、その後、観月ありさ主演で「おひとりさま」というドラマが放映されたのが2009年である。これもまた「女性が1人で居酒屋に行く」「女性が1人で焼肉に行く」などの女性のひとり行動を指す言葉としてメディアは取り上げた。

よくよく考えれば「一人酒」も「一人焼肉」もおじさんたちは女性がやる前からずっと実行してきたものである。じゃなければ、赤ちょうちんなどの飲み屋があれほど盛んになっているはずがないのだ。しかし、おじさんたちが「おひとりさま」行動をどれだけ実施していても、市場に貢献していても、それがニュースになることはなかったのである。

知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質
荒川和久
独身研究家/コラムニスト/マーケティングディレクター
広告会社において、数多くの企業のマーケティング戦略立案やクリエイティブ実務を担当した後、「ソロ経済・文化研究所」を立ち上げ独立。ソロ社会論および非婚化する独身生活者研究の第一人者として、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・Webメディアなどに多数出演。韓国、台湾などでも翻訳本が出版されるなど、海外からも注目を集めている。著書に『結婚滅亡』(あさ出版)、『ソロエコノミーの襲来』(ワニブックスPLUS新書)、『超ソロ社会─「独身大国・日本」の衝撃』(PHP新書)、『結婚しない男たち─増え続ける未婚男性「ソロ男」のリアル』『「一人で生きる」が当たり前になる社会』(以上、ディスカヴァー携書)などがある。

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