台湾の富裕層を顧客とする不動産企業に勤務していたころ──柏木駿吾さんは仕事を通じて、台湾屈指の投資家兼コレクターであるJacky.Y.Chen(以下、Chenさん)さんと、運命の出会いを果たします。おたがいが大好きな「アート」をきっかけに意気投合した二人は、ともにコレクターとしてよりいっそうの発展・充実を志すため、『RAW FOUNDATION』を設立──今回は「不動産のプロ中のプロフェッショナル」でありながら、「アートコレクション」に関しても深い見識を併せ持つ柏木さんとChenさんから、コレクターにとっては欠かせない「ものの価値を見極める術(すべ)」について、伺いました。
目次
アートを暮らしに取り込むことの悦び
柏木さん:じつは、親戚や両親の友人に著名な画家が複数いて、幼少期から身近にアートがある環境に育ってきたので、アートには常日ごろから興味もありました。でも、学生時代の私にとって「アートの世界に生きる人」は、どこか浮世離れした遠い存在で……。だからこそ、アートとはもっとも対極にあると考えていた不動産業に就いたのでしょう。
「なぜ台湾だったのか?」を申すと、大学生のときに留学先として台湾に在住していたから。その後、日本に帰ってきて台湾資本の不動産企業に就職したわけです。
──「対極」であるはずの不動産業で働きながら、なぜアートに対する興味が再燃したのでしょう?
柏木さん:台湾では文化育成の一環として、美術品に関する様々な税金を低く設定していることもあり、美術品を所有する富裕層がたくさんいます。私が物件を紹介した顧客のなかにも、美術館レベルの時代を代表する芸術家の作品を自宅に飾っている人がいて、自身のコレクションを惜しげもなく披露なさっていました。そこでアートの持つ力や、アートを暮らしに取り込むことではじめて味わえる悦びに気づいたのです。
──Jacky.Y.Chenさんと知り合ったきっかけは?
柏木さん: 職業柄、台湾や中華圏のいろんな資産家の方々と会う機会があり、そこで偶然Chenさんとも知り合いました。仕事で使う言葉は9割以上が中国語なのですが、会話しているうちにアートやウイスキー……など、共通の趣味がいくつもあったため、意気投合──「これから二人でアジアを拠点に、なにか新しい動きができないか」という話になり、去年『RAW FOUNDATION』を設立しました。
出会った当初の私は「ウイスキー」は普通に「飲んで楽しむ」だけだったのですが、Chenさんはそれだけではなく、「ウイスキーのカルチャーや歴史」にまで知見があり、蒸留所を応援したりもなさっていて、最近流行りつつある「ジャパニーズ・ウイスキー」にも、多大なる興味を示されています。現在、世界有数のウイスキーコレクターの一人です。
Chenさん:私の場合、コレクターとしてのエントランスは「アート」ではなく、「お酒」──「赤ワイン」でした。アーティストの皆さんは“ワイン好き”が多いので、作家さんたちとワインを通じておのずと交流が増え、そこで「アート」の魅力を教えてもらい、コレクションにまでいたるようになったのです。
2010年あたりから「ウイスキー」にも魅せられはじめ、やはりコレクションをはじめました。ワインやウイスキーは購入して保管していると、価格も高騰していくので、近ごろでは集めるだけではなく支援を含めた大きな意味での事業投資も行っています。
こうやって今ではジャンルを問わず、「時代に即している重要なもの」「これから文化として発展していくもの」を積極的に先取りし、コレクションしています。
私にとってはすべてのものが「投資」以前に、「興味の対象」としてターゲットになりうるのです。一般的な価値が上がってから購入するのではなく、「自分が好き」と思ったものを購入していたら、おのずと「それらがもっと貴重になってくる」……という感覚ですね。
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作家が有名であるか無名であるかは、あまり関係ない
──アートコレクションにあたって、ご自身が描いているコンセプトのようなものがあれば、お聞かせください。
柏木さん:私は、原則として「自分の家に飾って…たとえ飾りきれなくなっても定期的に交換をし、生活の一部にすること」を前提としています。これは台湾のYAGEO財団のコレクションとコレクターとしての真髄に共感したことが発端となっています。
作品と出会ったときに自分を落ち着かせてくれたり、元気づけてくれることがマスト。「世間的評価が高い作品」であっても、その絵を「あまり好きじゃない」と“自己鑑定”したならば、家に飾りたくないので、コレクションの対象にはなりません。自分が購入した作品が、将来的に高額に跳ね上がったとしたら……「投資」という意味よりは、単純にその価値が “数字” で証明されたという面で嬉しくはなりますけど……。
たとえば、私が最近好きな作家さんである李雨晨(リ ウシン)さんは、私からするとものすごく秘めた才能や技術を感じるのですが、正直なところ一般的には知名度はまだそんなにありません。もう一人の注目している中西伶(=レイ・ナカニシ)さんは、ここ数年で作品の購入自体が難しくなり、作品自体の価値も上がり続けている作家さんの一人です。中西伶さんに関しては、今すぐにでも世界の舞台で戦えるポテンシャルがあると信じているので、最近現代アートをコレクションし始めた財閥を所有している台湾系ファミリーオフィスの中心人物に「誰からコレクションをし始めると良いか」とアドバイスを求められたので、「中西伶さんです」と即答しました。また、既に業界では名前が知られている作家さんではありますが、今後世界でより活躍していくと信じている東城信之介さんや宮岡貴泉さんも個人的に応援している方たちです。
結果として「面白い」と思える作品は「現代美術」に多いのですが、とくにそのジャンルにこだわっているつもりはありません。例えば最近親しくしていただいいている御茶ノ水にあるトライギャラリーの大池さんから現代作家の陶器を沢山買ったり、コンテンポラリーアンティークという新しいジャンルへのトライをしている幾何の牛抱さん夫妻から骨董も買っています。
Chenさん:私は西洋美術の作品を中心に集めています。幼いころからアメリカで教育を受けていたので、西洋美術が背景とする美意識に大変共感できるのです。
「どの作品を自分のコレクションに加えるかどうか?」の判断は、「この作品が今後美術館に入ることができるだけの価値があるかどうか」を基準にしています。作家さんが有名であるか無名であるかは、私にはあまり関係ありません。むしろ無名時代の作品を購入するほうが好きで、その作家さんが有名になるまでの期待やプロセスを楽しみたいのです。ちなみに、今注目している作家さんはRobert Navaさんです。
──お二人のコレクションラインは傾向的に似通っているのですか?
柏木さん:どうなんでしょう? 私がコレクションできる作品の限度とChenさんのそれとはレベルがまったく違うので(笑)。ただ、彼が台湾でご自身のコレクションを展示するためだけに所有なされている、(ギャラリーではない)コーヒーショップが併設されている大きなアートセンターともいえるスペースに、この年末年始お邪魔したのですが、そこに展示されていた作品は、社交辞令抜きでどれもすべてが「素晴らしい!」と思いました。
「投資」とは「価値のあるもの」に資金を注ぎ込むシンプルな行為
──アートを「投資」の視点で見ることについて、お二人はどうお考えなのでしょう?
柏木さん:現時点では「結果的に有意義な投資になったらいいかな…」くらいの感覚です。「投資」を第一目的にするのか……と問われたら、そうではない。
これはジャッキーさんも同様だと思うのですが、「価値のあるもの」というのが最大のキーポイントとなっていて、結局のところ「投資」とは「価値のあるもの」に資金を注ぎ込む行為です。したがって、我々がやっていることも「投資」と呼ぶなら、シビアな目で選別した「投資」なのかもしれません。お金の額面は「価値」を表すもっともわかりやすい単位ですから。プロ野球選手の年俸みたいなものでしょうか。
Chenさん:単純に「アート=投資」と捉えるのは危険な考え方だと私は思います。少なくとも私には、作品を購入する際「この作品でお金を稼ぐ」という発想はありません。いくら著名な美術評論家から「この作家は将来有望ですよ」とお勧めされても、私自身がその作品を好きになれなければ、絶対に購入はしないからです。本当に好きな作品だけに自信を持ってお金を払えるだけの審美眼を鍛え、目先のお金に流されることなく、自分のコレクションと、共に長く生きることがもっとも大切なことではないでしょうか。
「家」は中がからっぽだと、ただの「建物」です。しかし、中にアートが入ることによって、住み心地の良い「自分だけの空間」になる──いわばアートは、空間に命を与えるエレメントであり、私にとっての「アート」とは、そういったスピリチュアルなものなのです。
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アートの価値は平方メートルで判断することができない
──「購入する・しない」のジャッジをする際の「アート」と「不動産」の共通点や違いは?
柏木さん:あくまで私の経験上から得た感覚なんですけど……「共通点」は、シンプルなのですが「その対象物に価値があるかないか」に尽きると思います。あと、「自分が好きかどうか」──これは不動産も決して例外じゃありません。
とは言え、たとえば「好きだから」という理由だけで、何千万何億円もする地方にある別荘のような不動産を購入してしまっても、その価値はすぐ、下手すれば半分くらいまで目減りすることだって、十分にあり得ます。逆説的に言えば、「1億円で購入したのに、たった数日で5千万円になってしまうような不動産は好きにはなれない」わけで、結局は「価値」がポイントになってくるのです。
だけど、「好きかどうか」は、やはり絶対に無視できない要素であり……実際、私もいくつかの家を購入したり、住んだりしているのですが、「価値があっても自分が好きになれない家に住めるか?」と問われたら、私は住むことができません。
要は“優先順位”なんです。仮に、アートでも不動産でも「A」と「B」があったとして、「A」は「価値があって好きなもの」、「B」は「価値はあるけど好きじゃないもの」──だとすれば、私は迷いなく「A」を……さらに「C」として「価値はないけど好きなもの」が出てきてあえて“次”を並べるなら最後に「B」の順番で選ぶ──つまりは、そういうことです。私が自らに課しているこうしたセオリーは「趣味」も「ビジネス」も同様であり、極論は「人付き合い」も同様だったりします。
Chenさん:アートと不動産の「違い」から述べると、「アート」の価値は平方メートルでは判断することができません。皆さんご存知のとおり、大きな絵が必ずしも高額になるわけではありませんからね(笑)。10センチ平方の絵が数億円の価値があったり……。対して「不動産」の価値は平方メートル、それに登記されている住所や所属するエリアによって判断することができます。
「共通点」は、「アート」も「不動産」も私にとっては「生活に不可欠なエレメントであること」──「お酒」「アート」それに「不動産」は、全部が私にとってのライフスタイルなのです。そして、「価値があるものはどんなものでも必ず値も上がっていく」と確信しています。
「好き」というインスピレーションを大切に…
──では最後に。『COLLET MAGAZINE』読者であるコレクターの皆さんに向けてアドバイス──もしくはメッセージをお願いします。
柏木さん:「アート」を例にするなら……まず、周囲の評価に流されて作品を購入するよりは、自分のなかで「手に入れたい!」というなにかしらの衝動が湧いてくる作品を直感的に購入するよう、心がけてみてください。そして、「購入」にあたって最重視すべきなのは、資産価値云々よりも「なぜその作品が好きなのか?」の自己分析です。
台湾に留学しているとき、村上隆さんが国外で主催した『GEISAI TAIWAN』という現代美術の祭典に行ったことがあります。村上さんを含め、NIGOさんや片山正通さん、奈良美智さんという錚々たるメンバーが審査員として名を連ねていたのですが、私はある台湾人の女子学生の作品がとても気に入ったのです。
GEISAI TAIWANでは残念ながら彼女は審査員賞などは受賞しなかったので、その時点では作品にはマーケット価値が無いものだったと思います。結果的に留学費用の半分ほどもかかってしまったのですが(笑)、彼女の作品を思い切って16作品全て購入しました。すると、この作家さんは、その約10年後に現代美術とジャンルは異なりますが、台湾の漫画家にとって栄誉ある台湾金漫賞を受賞しました。当時の彼女は絵が下手だったのですが、作品の中でストーリーを構成する能力に長けており、その才能がデジタル漫画といったプラットフォームによって花が開いたのです。彼女が作家としてデビューした超初期ともいえるタイミングでそっと背中を押すような形で応援することが出来て本当に良かったと思います。
まだ作品を選ぶ基準がわからない場合は、たとえ現在はさほど評価されていなくても「作品を前にして自分がなにをどう感じたのか」というインスピレーションを──自分の感性を信じることが大事なのではないでしょうか。ただし、そこから一歩進んで本格的にコレクションを始めたい場合は、その作品や作家が時代の中でどう解釈され、どのような文脈を築いていけるのか、そしてそこに確かな価値が発生するか否かを検討する為の最低限の知識は必要になってくると思います。私自身も現在進行形で常に勉強をしているところです。
Chenさん:繰り返しになりますが、「投資」のためだったらやめたほうがいい。本当に好きだったら買ったほうがいい。
これまで私は、若くて才能はあるけど無名だった作家さんの作品を数多く購入してきました。そして、そのほとんどの作家さんが、やがて有名になりました。5万ドルや50万ドル以上の値がつくことも珍しくはありません。買った理由は「その作品が好きだったら」以外の何物でもありません。また、私が頑なに「好きなものしかコレクションしない」という信念を貫きとおしているのは、なにも「アート」にかぎった話ではないのです。
【Jacky.Y.Chenさん:プロフィール】
1978年台湾生まれ。台湾を拠点とする投資家兼コレクター。コレクターとしてのエントランスは「赤ワイン」だったが、次第に「ウイスキー」にも興味を持つようになり、2010年ごろから本格的なコレクションをはじめ、現在、世界有数のウイスキーコレクターのひとり。お酒のコレクションを通じて、多くのアーティストとも交流を深め、今では台湾有数の「西洋現代美術」を中心とするコレクターとなる。また2021年に上場を果たしたLOUISA COFEEの共同創業者の一人でもある。
インスタグラム: https://www.instagram.com/jacky.y.chen/
【柏木 駿吾さん:プロフィール】
1987年大阪府生まれ。関西大学経済学部在学時に台湾に留学。帰国後、上場前の株式会社TOKYO BASEにてベンチャー企業の基本を学び、その後中華圏の富裕層を多く顧客にもつ台湾系不動産企業に勤務。後にソフトバンク・ビジョンファンドの不動産テック企業の事業立ち上げを経験後に独立。個人不動産仲介業者のマッチングアプリを立ち上げるなど、幅広く活躍中。2022年にJacky.Y.Chenさんと『RAW FOUNDATION』を設立。
2023年11月末から台北101タワー近くの「LOUISA COFFEE 象山藝文中心」のスペースにて、世界トップレベルのキュレーターを招聘して、日本の若きアーティストの個展を準備中です。今後もコンテンポラリーの作家を中心に、世界デビューへ向けての後押しが出来るようなエキシビジョン、仕掛けをプランニングしていますので、興味がある方はお気軽に柏木さんのインスタグラムまでご連絡ください。
インスタグラム: https://www.instagram.com/shungo_hugo.sn/
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