日本福祉大学遠藤秀紀教授
遠藤 秀紀(えんどう ひでき) 教授
遠藤 秀紀(えんどう ひでき) 教授
日本福祉大学経済学部経済学科教授。大阪府立大学大学院で経済学の修士及び博士取得後、日本福祉大学経済学部で准教授を務める。研究分野は金融リテラシー、住宅ローン、再生品市場。名古屋大学やカリフォルニア州立大学サクラメント校での研究経験も持つ。東海市観光ビジョン推進委員会の委員(委員長)を務めるなど、地域活動にも積極的に参加する。

ー 最初に先生のご経歴を伺えますでしょうか?

遠藤教授
私が名古屋大学経済学部に入学したのは1992年、つまり30年ほど前のことです。その時は資産バブルが崩壊した直後の時期でした。当初は会計士を目指していましたが、会計学を理解できず挫折しました。その後、1996年に大阪府立大学(現大阪公立大学)の経済学研究科に進学しました。

2001年には現在の勤務地である日本福祉大学経済学部に赴任しました。そして、2010年の秋から翌年の夏までの1年間、アメリカのカリフォルニア州立大学サクラメント校で在外研究の機会を得ました。その時、知念賢一郎教授と出会い、共同研究する間柄となりました。

彼の専門は国際ビジネスで私の専門は地域経済のため、二人とも金融リテラシーを研究対象として意識していませんでした。しかし、その時期がアメリカの住宅ローン市場破綻と世界同時不況のさなかであったことから、アメリカの住宅市場に関する知見を得るため研究を始めました。

その研究を通じて、金融リテラシーの低さが多くの人々を破産に追い込んでいる現実を目の当たりにしました。それがきっかけで金融リテラシーの研究を始めました。

ー カリフォルニアで実施した金融リテラシーに関する研究に関して、概要をお伺いしてもよろしいでしょうか?

遠藤教授
この研究では、アメリカの経営学部の学生を対象にアンケート調査を実施し、金融リテラシーについて調査しました。

調査結果から得られた知見の一つは、金融教育の重要性についてでした。アンケート調査の結果、消費者トラブル対策やクレジットカードの効果的な使い方など、応用的かつ実践的な知識を重視する人ほど金融リテラシーが低い傾向にあることがわかりました。一方で、基礎知識を重視する人ほどリテラシーの高いことが示されたんです。

また、別の観点から実施した日米比較の研究では、一般的に言われる通り、アメリカ人と比べて日本人の金融リテラシーが低いことが確認されました。興味深い結果の1つとして、自らの金融リテラシーに対する自信度に関するデータがあります。少しだけご紹介しますね。

日米間で比較した結果、「自信がない」と答えたアメリカの大学生の金融リテラシーレベルは、「自信がある」と答えた日本の大学生よりはるかに高かったんです。自信があると答えた日本の大学生のリテラシーは、100点満点中でいうと約40点。一方、自信がないと答えたアメリカの大学生のリテラシーは、約60点という結果でした。

ー それほど違いが出てくるのですね。

遠藤教授
そうですね。自己評価と客観的なリテラシースコアの関連性については、興味深い違いが見られました。

現在は、自信の有無が将来の金融に関する意思決定にどのような影響を与えるかについて、研究を進めています。また、リテラシースコアが低い人や高い人が持つバックグラウンドや、他の特性にも興味を持っています。これらの側面も後続の研究で明らかにしたいと思っています。

ー 学習指導要領の改定により、2022年から高校の授業で金融教育が必修化されました。この政策について、遠藤教授の率直な感想をお伺いしたいと思っています。

遠藤教授
私は教育系の専門家ではありませんが、社会の動向を考えると、金融教育の導入は必要だと考えています。学習指導要領の改定は、それを推進する上で適切な手段だったのではないでしょうか。

個人金融資産について、アメリカと日本の間には大きな差があります。アメリカでは個人資産の60%近くが投資に回されていますが、日本では同程度の割合が現金や預金になっており、投資に回されるのは約15%です。この差が資産増加の違いを生んでいるものと考えられます。

日本では、およそ1,000兆円が金利の低い金融機関に預けられています。かつては経済成長期において、家庭からの預金が銀行によって成長企業へ投資され、そのリターンが家庭へ還元されるという流れがありました。しかし、90年代以降、経済が低迷し、企業の設備投資が抑制されるようになったことで流れが変わりました。

現在、預金するだけで利益が出るような金融機関はほとんどありません。こうした状況から、私たちは金融機関との関わり方を見直す時期に入っているのだと思います。

教育の観点から言えば、家計管理や消費関連のトラブル防止は重要ですが、現代の世代には投資に関する理解も欠かせません。投資についての理解は、次世代が社会で生きていく上で不可欠なスキルといえるでしょう。

ー たしかに、金利が低下し、貯金だけでは個人の資産形成に限界がある状況になっています。金融教育が重要だと思うのですが、まだ高校での必修化が始まったばかりです。現在の日本の金融教育における課題としては、どのようなものがあるでしょうか?

遠藤教授
高校での金融教育は、主に家庭科の中で取り扱われていると伺っています。しかし、教師が金融教育の準備に苦労している様子です。金融専門家による出張講義など、専門的なプログラムの活用が有益だと感じています。

大学でも1年生向けのパーソナルファイナンス講義があり、日本証券業協会などの協力を得て外部講師を招いています。高校でも先生が全てを担うのではなく、専門家の力を積極的に借りるべきではないでしょうか。

生徒たちが何を学びたいのかを尋ね、それに応じて専門家を招くことが望ましいと思います。生徒たちが主体的に参加し、授業の一部を作るパートナーとなる姿勢が、実践的な教育に適しています。

ただ、私が少し懸念しているのは、プログラムを受ける側の特性が十分に考慮されていない点です。この点は今後解決されるかもしれませんが、現時点では課題と感じています。

ー 特性とは、具体的にどのような部分を指すのでしょうか?

遠藤教授
自信はお金の使い方に大きな影響を与えます。お金の使い方に自信を持つことで、投資や家計管理などの行動にプラスの影響がもたらされ、成功に繋がることがあります。

自信があると、失敗を次の成長のための経験と捉え、投資の世界にも積極的に参加できます。ただし、根拠のない自信過剰は危険であり、投資失敗の原因となることが研究で示されているんです。

金融リテラシーが高くても、自分の能力を過信するとリスクの高い投資商品に手を出し、失敗する可能性が高まります。この傾向は、アメリカやヨーロッパの研究でも確認されています。

つまり、謙虚さと自信のバランスが大切ということです。自信過剰または自信がない状態のいずれも、良い結果には繋がりません。自信過剰はリスクを高める可能性があり、自信がない場合は、たとえ知識があっても行動がともなわないことがあります。一例として、金融リテラシーが高いにもかかわらず自信がない人は、住宅ローンの延滞リスクが高いという研究結果が出ています。

このような視点は、特に学び始めの高校生や大学生にとって重要です。自分が自信過剰だと指摘された場合は、素直に受け入れて慎重な姿勢を持つことが求められます。自信を持つことと謙虚さを保つこと、このバランスが大切です。

ー 冷静な視点と知識を持ちながら個人資産を管理していくためには、どのような教育が必要でしょうか?

遠藤教授
基本的な経済・金融知識を身につけた人、つまり金融リテラシーが高い人は、失敗してもダメージが少ないという研究結果があります。たとえば金融危機の際にも、リテラシーの高い人は被害が少なかったと考えられます。ただし、実践的な知識だけを追求すると、逆にリスクを高める可能性があるため注意が必要です。

そのため、教育の中では長期的に役立つ基本的な知識の形成を重視し、それに加えて実践的なプログラムを組み込むのが理想的です。そうすることで学びが楽しくなり、興味を引きつつ長期的な視点を持てるようになります。

ー 遠藤教授は授業でどのようなことを教えているのでしょうか?

遠藤教授
私が担当している「都市経済学」の授業では、住宅市場や住宅ローンの破綻について議論します。学生の反応はさまざまで、なかにはテーマが難しいと感じる人もいます。

しかし、経済的な不況に遭遇する可能性を考えると、自分が住宅ローンを借りた場合にどう対処するかを想定し、シミュレーションすることは重要です。私の見解では、社会全体を見据えた上で自分自身の家計管理や資産運用を考えられる人は、社会的なリスクに直面しても前向きに捉えられます。

ー 大学生のうちに身に着けておくべき金融リテラシーとは、どのようなものになるでしょうか?

遠藤教授
金融や経済の知識は、経済学部や経営学部などで深く学ぶものですが、それ以外の分野においても基本的な経済の仕組みを理解しておくことが重要です。なぜなら、金融や経済の知識は、全ての人が直面する家計管理などの問題と関連しているからです。

社会の基本的な仕組みを理解することで、投資話が信頼できるものなのか、自分の収入をリスクにさらす価値があるのか、といった判断が可能になります。その結果、判断ミスがあってもダメージを最小限に抑えられる可能性が高まるでしょう。

したがって、私たちが身につけるべき金融リテラシーとは、経済の基礎的な知識を持つことだと思います。

ー ありがとうございます。最後に、これから金融を学んでいく学生に対してメッセージをお願いします。

遠藤教授
学生時代は、社会に出る前の準備期間です。そのため、将来のライフプランを具体的に練ることが求められます。全ての人生設計を詳細に決める必要はありませんが、社会に出てから数年間の短期目標を設定しておくとよいでしょう。

自分の経済状況やお金の問題がどのように将来に影響するのか、あるいは、将来のために何を準備すればいいのか、といったことを具体的に考えるよう心がけてください。学生時代は自分の人生を思い描くのに最適な時期です。明るい未来のためにも、ライフプランをしっかり立ててほしいと思っています。

―素敵なメッセージだと思います。本日はありがとうございました。