この記事は2023年5月16日に「第一生命経済研究所」で公開された「エルニーニョが経済・金融市場に及ぼす影響」を一部編集し、転載したものです。


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冷夏、梅雨明けの後れをもたらすエルニーニョ

世界的に異常気象を招く恐れのあるエルニーニョ現象がこの夏4年ぶりに発生する可能性が高まっている。気象庁が5月12日に発表した最新の『エルニーニョ監視速報』によると、エルニーニョ現象が夏に発生する可能性が高いと予測されている。

エルニーニョとは、南米沖から日付変更線付近にかけての太平洋赤道海域で、海面水温が平年より1~5度高くなる状況が、1~1年半続く現象である。エルニーニョ現象が発生すると、地球全体の大気の流れが変わり、世界的に異常気象になる傾向がある。

最も被害が拡大したのは 93 年夏から冬である。日本は 39 年ぶりの冷夏となり、大雨や日照不足もあって稲作を中心に農作物に被害が出た。気象庁の過去の事例からの分析では、エルニーニョの日本への影響として、気温は西日本を中心に平年より低い地域が目立つことや、降水量は平年より多い地域が多く、西日本の日本海側や東日本の太平洋側で顕著となること、更には、梅雨明けは沖縄を除き遅くなる傾向がある、ということ等が指摘されている。

90 年代以降、エルニーニョ期間の半分以上が景気後退期

実際、エルニーニョの発生時期と我が国の景気局面の関係を見るべく、過去のエルニーニョ現象発生時期と景気後退局面を図にまとめてみた。すると、90 年代以降全期間で景気後退期だった割合は27.1%に過ぎない。しかし驚くべき事に、エルニーニョ発生期間に限れば 44.4%と通常の 1.6倍の割合で景気後退局面にあった事がわかる。

特に 90 年代以降で見てみれば、91~92 年と 93 年のエルニーニョ現象は、91 年3月~93年 10 月まで続いた景気後退局面に含まれる。また、97~98 年のエルニーニョは、殆どの月が 97 年6 月~99 年 1 月まで続いた景気後退局面に含まれている。2010年代以降も、2012年夏以降のエルニーニョは2012年春以降の景気後退と重なり、2018年秋以降のエルニーニョも同年冬以降の景気後退に重なっている。

潜在成長率が4%程度あったとされる 80 年代までなら、気象要因が景気の転換点に大きな影響をもたらすことは想定しにくかった。しかし、90 年代以降になると、バブル崩壊により潜在成長率が2%程度、近年では1%以下に下方屈折していると言われる状況では、気象要因により景気の転換点に変化が及ぶことも十分に考えられよう。

実際、93 年の景気後退局面においては、景気動向指数の一致DIが改善したことを根拠に、政府は 93 年 6 月に景気底入れを宣言したが、円高やエルニーニョ現象が引き起こした長雨・冷夏等の悪影響により、景気底入れ宣言を取り下げざるを得なくなったという経緯がある。93 年と言えば、日本は全国的に記録的な冷夏に見舞われ、特に東京の平均気温は平年を 2.6 度も下回った。

以上の事実を勘案すれば、仮にエルニーニョ現象により夏場の天候が不順となれば、今回も日本経済に悪影響が及ぶことは否定できない。

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主に夏場の個人消費に悪影響をもたらすエルニーニョ現象

エルニーニョによる長雨や冷夏といった天候不順は、具体的に日本経済にどのような影響を及ぼすのだろうか。そこで以下では、近年で最も日照不足の悪影響が大きかった 93 年と 2003 年の7-9月期前年比の平均値を基に、日照不足が品目別に及ぼす影響を確認してみよう。

総務省「家計調査」への影響を見てみると、消費支出全体では前年比マイナスとなっており、消費全体には悪影響を及ぼしていることがわかる。特に足を引っ張っているのは、季節性の高い「被服及び履物」、交際費などが含まれる「諸雑費」、夏の行楽等を含む「教養娯楽」、ビールや清涼飲料の売上の影響を受ける「食料」、冷房の使用減等の影響を受ける「光熱・水道」となっている。

従って、エルニーニョによる天候不順は、外出の抑制を通じて「教養娯楽」や「諸雑費」といった支出に悪影響を及ぼす可能性がある。また、夏物衣料の影響を受ける「被服及び履物」や冷房器具の利用に関連した「光熱・水道費」、ビールや清涼飲料等の消費の影響を受ける「食料」といった季節性の高い品目に関する支出を押し下げるといえよう。

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なお、93 年の景気回復初期局面においては、年前半の経済指標が改善したこと等を根拠に、株価は3月以降堅調に推移していたが、円高や冷夏に伴う経済指標の悪化が確認されはじめたこと等も影響し、6~7月と9月以降の株価が軟調に推移したという経緯がある。このように、冷夏が株式市場に及ぼす影響にも十分注意が必要だろう。

農作物を通じた影響にも要注意

冷夏による日照不足は、農作物の生育を阻害して冷害ももたらす。実際、93 年は冷夏の影響により農作物に甚大な被害が発生し、とりわけ米の作況指数は全国平均で 74(平年作=100)と戦後最低を記録した。この結果、93 年度の農業所得は前年度比▲9.7%と大きく減少し、93 年の農業の実質国内総生産は前年比▲11.0%と2桁減を記録している。このように、冷夏は農業生産の減少を通じても実質GDPのマイナス要因となる。

また、 日照不足による不作で野菜や果物の卸売価格が高騰することも、景気に悪影響を及ぼしかねない。特に足元の個人消費に関しては、生活必需品の値上げ等、家計を圧迫する材料が目立っている。こうした状況で、生活必需的な食品価格の更なる高騰は苦しい家計を更に圧迫する要因となる。更に食品価格の高騰は、食料品や外食産業、食品を販売する小売業などの投入価格の上昇を通じて企業収益を圧迫する要因にもなる。

今後の冷夏の影響を見通す上では、夏物商品消費の不振に加えて、農作物の不作を通じた影響が秋 口以降にボディーブローのように効いてくることには注意が必要であろう。

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30年ぶりの賃上げ好循環の出鼻をくじく可能性

また、異常気象は世界的な現象であることからすれば、海外にも影響が及ぶことにより貿易面、特に穀物価格高騰を通じた悪影響も考えられる。事実、2010~2011 年の小麦価格高騰は 2009~2010年にかけてのエルニーニョに伴う干ばつにより小麦の収穫が激減したことが影響している。こうした穀物高騰は、食料品価格の上昇を通じて経済に悪影響をもたらす。

尚、これまでの歴史を見ても分かるように、エルニーニョが発生したからといって必ず冷夏になるとは限らない。ただ、今後の世界の気象次第では、足元で好循環の兆しが出てきている日本経済に思わぬダメージが及ぶ可能性も否定できないといえよう。

特に、足元の個人消費に関しては、30年ぶりの賃上げやコロナからの経済正常化などにより、夏場にかけて回復するとみられている。しかし、今後の個人消費の動向を見通す上では、エルニーニョによる天候不順といったリスク要因が潜んでいることには注意が必要であろう。

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第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利廣