この記事は2023年7月3日に「第一生命経済研究所」で公開された「児童手当拡充と扶養控除廃止の家計影響試算」を一部編集し、転載したものです。


児童手当
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児童手当拡充の一方、扶養控除廃止・縮小?

こども未来戦略方針で打ち出された少子化対策の目玉が児童手当の拡充だ。①支給対象の児童年齢を高校生まで3年間延長、②第3子以降の支給額を一律3万円/月に増額、③所得制限撤廃、の3つの見直しが実施される。一方で、同方針では「中学生までの取り扱いとのバランス等を踏まえ、高校生の扶養控除との関係をどう考えるか整理する」とも注釈で明記された。現行制度では 0~15 歳までの子どもには児童手当、16~22 歳の子どもには所得・住民税の扶養控除による税制優遇がある。児童手当の高校生までの延長に合わせて、16~18 歳の扶養控除を廃止・縮小することを念頭に置いていると考えられる。

高校生の子どもを持つ世帯では高所得者ほど扶養控除廃止の影響が大きく

資料1では夫婦2人+高校生の子ども1人の世帯を想定し、子ども未来戦略方針に掲げられた児童手当の改正前から改正後の①児童手当の増額分と、②16~18 歳の扶養控除が廃止された場合の所得税・住民税の増額分、ネットの給付増額分(①-②)を年収別に試算した。いずれの年収の場合にも制度改正によって高校生にも年額 12 万円(月額 1 万円)が給付される一方、扶養控除の廃止によって負担が増え相殺される形になる。所得税は累進税率となっているため、限界税率の高い高所得者の場合には所得・住民税の負担増が大きくなり、児童手当の増加分を上回るケースも生じる。

第一生命経済研究所
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出生~高校卒業までの通算影響の試算

先にみたものは子どもが高校生の「1年間」についての改正による負担増減だ。もう少し制度改正の全体像をみてみよう。資料2では先ほどのように夫婦2人+子ども1人世帯を想定し、制度改正前後で子どもの年齢別の給付増と負担増の変化がどうなるかを年収別にみている。子どもの年齢が上がっても親の年収はそれぞれ変わらないままとしている。年収を不変としたのはシミュレーションの便宜上の仮定だが、実際の年収はライフステージや働き方などで変動することも多い点に留意されたい。

これをみると、年収 1300 万円の高所得世帯では子どもが高校生の時(16~18 歳)には現行制度より負担が増え、ネットの負担増減はマイナスになる。一方、それ以前は従来敷かれていた所得制限が撤廃されるため、制度改正前後の比較では給付が増加する形になる。

第一生命経済研究所
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資料3ではこの累積影響をまとめた(資料2のグラフの各年齢のネット増減収額の累計)。上段では資料1・2と同様に子どもが一人のケース、下段では同様の試算を子どもが3人の場合(いずれも2歳差想定)で行った。上段の子ども一人のケースについてネットの累積影響を見ていくと、年収 300→500→700万円までは年収が増えるほどネット増額(①-②)が小さくなっていく。年収が高いほど限界税率が大きくなり、扶養控除廃止の影響が大きくなるためだ。一方、年収 1000 万円、年収 1300万円のケースではそれぞれ 117.3 万円、203.3 万円とプラスが大きくなる。これは現在の仕組みでは所得制限(一部停止の特例給付と全面停止)にかかっているところ、その影響がなくなるためである。

下段の子ども3人のケースについてみていくと、年収 300~700 万円のケースでもネットの給付増額分は 300 万円を超える。第3子への支給一律 3 万円/月と従来から給付額が増加し、それが高校卒業までの期間にわたる影響である。ここに所得制限撤廃の影響も加わる年収 1000 万円、1300 万円世帯では増加分はさらに大きくなる。

第一生命経済研究所
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扶養控除廃止は低中所得者&子ども1・2人世帯への充実分をさらに手薄に

今回の児童手当改正の全体像を眺めていくと、世帯単位では支給増額になる第3子の支給増額と所得制限撤廃の影響が大きいことがわかる。従来所得制限に引っかかっていた高所得世帯や 3 人目以降の子どもを持つ世帯にとってメリットの大きい改正内容である。

筆者は児童手当の所得制限撤廃は前向きに評価している。子どもの人数にかかわらず親の所得によって給付が一律に制限されてしまう点は、多子世帯にとっては大きなデメリットだった。第3子インセンティブの拡大も相まって、特に多くの子どもを希望する世帯の経済面でのハードルを低くする効果が期待される。

所得制限世帯や多子希望世帯に対しては大胆に踏み込んだ改正内容であるがゆえに、所得制限の廃止や第3子以降拡充のメリットが及ばない「子ども 1、2 人・低中所得層」というボリュームゾーンへの拡充が相対的に小さいことも改めてみえてくる。児童手当の拡充分は高校生時の 3 年間で 36 万円/人だ。こども未来戦略方針では出産費用の保険適用や育児休業の充実なども示されているが、全体として「子ども 1・2 人、低中所得層」にとって子どもを持つ選択の後押しになるかは疑問が残る。

現在、高校生期の扶養控除の廃止が取り沙汰されている。そして、廃止になれば高所得者において児童手当増額分を増税額が上回る状態になる点が強調されて報じられているように映る。その点は筆者も資料 1 において示した。ただ、改正の全体像をみていくと、扶養控除の廃止は高所得層の問題というよりは、「ただでさえ給付増額分の少ない低中所得者への恩恵をさらに少なくする」ことの方がより大きな課題だと考える。

出産適齢期にある人の数が減少していく中で、少子化は時間が経つほどに事態を悪化させていく。扶養控除の廃止の背景にあるのは「控除から手当へ」という制度簡素化の理念だと考えられるが、子どもを持つ世帯の経済的負担増につながる改正を急ぐべきかどうかは、政策のメッセージ性の観点からも慎重な議論が求められよう。

第一生命経済研究所 経済調査部 主任エコノミスト 星野 卓也