この記事は2023年11月22日に三菱総合研究所で公開された「2035年 温室効果ガス削減の正念場」を一部編集し、転載したものです。

2035年 温室効果ガス削減の正念場
(画像=Iftikhar alam/stock.adobe.com)

目次

  1. 2035年 温室効果ガス削減の正念場
    1. ドバイのCOP28から先を読み解く
  2. 温室効果ガス削減のターゲットイヤーは2030年から2035年に
  3. 2035年の温室効果ガス削減の肝は電力部門
  4. 電力市場・制度 2030年~2035年の「崖」を超えるために
  5. 著者紹介

2035年 温室効果ガス削減の正念場

ドバイのCOP28から先を読み解く

ロシアによるウクライナ侵攻や中東情勢による混乱がエネルギー市場に大きな影を落とす中、国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)が2023年11月30日から開催される。世界の温室効果ガス削減の進捗がCOP28で確認される中、今後は対策の視線を2030年から「2035年」に移す必要がある。日本も新たな削減目標設定が迫られることになるが、達成のカギは2030~2035年に顕在化するさまざまな問題を乗り越えて、電力部門の脱炭素化が進むか否かにかかっている。

温室効果ガス削減のターゲットイヤーは2030年から2035年に

2023年11月30日からアラブ首長国連邦ドバイで、国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)が開催される。焦点の1つは、グローバル・ストックテイクと呼ばれる気候変動対策のレビューだ。COP28では第1回のグローバル・ストックテイクとして、パリ協定で各国が提出した2030年までの削減目標に対する進捗状況が確認される。この結果を受け、各国は「2035年の削減目標」を今後新たに設定し、2025年までに提出することになる。

2023年5月に開催されたG7広島サミットでは、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)※1の最新の見解として、第6次評価報告書(AR6)が引用された。発表された共同声明には「世界の温室効果ガス排出量を2019年比で2030年までに約43%、2035年までに約60%削減することの緊急性が高まっていることを強調する」と記載され、自動車・電力部門での2035年までの脱炭素化施策についても触れられている※2。

世界の温室効果ガス削減対策の目線は、徐々に2030年から2035年に移りつつある。日本ではこれまで、エネルギー政策の基本的な方向性を示す「エネルギー基本計画」が策定され、3年に1回程度のペースで見直しが実施されてきた。現行の第6次エネルギー基本計画が発表されてから2年強が経過し、第7次策定に向けた検討も視野に入ってきている。ロシアによるウクライナ侵攻や中東情勢による国際社会の混迷が、エネルギー市場に大きな影を落とす中、「2035年削減目標をどのように考えるべきか」は、日本のエネルギー政策、気候変動対策の大きな論点の1つになるだろう。

2035年の温室効果ガス削減の肝は電力部門

れでは、2035年の日本の温室効果ガス削減目標を考える際のポイントは何だろうか。

1点目は、削減目標のさらなる引き上げだ。現在日本では2030年の削減目標として「2013年比46%減」を掲げている。これも十分に野心的な目標であり、その延長線上に2050年カーボンニュートラルが見据えられているものの、それでもIPCCのAR6に記載されている1.5℃目標に必要な削減水準とは乖離がある(図表1)。前節で触れたように、今後各国が提出する「2035年削減目標」はさらなる引き上げが求められている。仮にIPCCのAR6に記載されているような「2019年比60%削減」の水準感との整合を考えた場合、野心的とされる2030年目標から、さらに5年間で大幅な対策強化が必要になる。

2点目は、電力部門を中心としたエネルギー供給構造の転換だ。図表2は当社が開発・保有するエネルギー需給モデル(TIMES)を用いた対策別の削減効果の試算結果である。温室効果ガス排出量への制約条件としては、2030年に現行の政府削減目標、2035年にAR6の削減目標を用いている(主な試算前提は脚注資料に記載※3)。2035年目標の達成には2030年から追加的に約3億CO2換算トンの温室効果ガス削減が必要になるが、その寄与度を分解すると電力部門での「電源構成変化」が4割弱を占める結果となっている。2030年の目標達成には、電化・省エネを中心とした需要側の行動変容がカギであることは既報※4の通りであるが、2035年目標の水準はそれだけでは到底到達できない。産業・民生・運輸の各部門でのさらなる取り組みも必要だが、とりわけ電力部門の大幅な脱炭素化が重要であることが示唆されている。

図表1 日本での温室効果ガス排出実績と2030年・2035年削減目標水準

日本での温室効果ガス排出実績と2030年・2035年削減目標水準
出所:国立環境研究所「温室効果ガスインベントリ」、資源エネルギー庁「第6次エネルギー基本計画」、IPCC「AR6 Synthesis Report」より三菱総合研究作成。なお、温室効果ガス排出量は森林等の吸収源対策による吸収量を考慮した値。

図表2 2030年から2035年への温室効果ガス排出量の対策別削減寄与度

2030年から2035年への温室効果ガス排出量の対策別削減寄与度
出所:三菱総合研究所試算。エネルギー需給モデル(TIMES)の計算結果より茅恒等式をもとに寄与度分解。

電力市場・制度 2030年~2035年の「崖」を超えるために

しかしながら、2030年から2035年は電力部門の諸課題が顕在化する時期でもある。

まず、2032年以降、再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT制度)の買取期間が終了する「卒FIT」電源が大量に現れる。特に10kW以上の事業用太陽光は、FIT制度前は90万kW程度であったが、制度開始後の3年弱で1,500万kW程度と飛躍的に導入が進んだ※5。これらの電源が2032年以降に順次、固定価格買取というインセンティブを失うことになる。

事業者は、事業継続、他社への設備売却・運営委託、廃棄・撤退といった選択を迫られることになるが、事業者向けアンケートの結果では「廃棄・撤退」もしくは「未定」と答える事業者が全体の4分の1程度存在している※6。FIT制度下での買取価格の低下やFIP(Feed-in Premium)への制度変更などに伴い新規開発が停滞する中、特に低圧設備(50kW未満)だけを有する小規模事業者は自力での事業継続が難しくなるケースも想定される。一定程度の新陳代謝も必要ではあるが、事業用太陽光が大量に離脱することは電力部門の脱炭素化実現にとって望ましくない。卒FIT電源が大量に登場する2032年を待たずに、早めに適切な事業主体への集約を促し、長期・安定的な太陽光発電事業の基盤を固めることが重要だ。

風力については2020年代後半から洋上風力の運転開始が本格化する。再エネ海域利用法による第1回の促進区域入札結果(Round1)を受け、2028年9月に千葉県銚子市沖、2028年12月に秋田県能代市、三種町および男鹿市沖、2030年12月に秋田県由利本荘市沖に合計約170万kWの洋上風力が導入される。続く第2回の4海域の入札(Round2)では約180万kWが対象となっており、公募占用指針からは同様に2030年前後が導入時期の1つの目安になっている※7。

他方で、足もとでは世界的な物価上昇・金利上昇によりプロジェクト開発費用が増加すると共に、風力サプライチェーンの供給制約が問題になっている。風車・部品調達や傭船に時間を要する場合、工事遅延のリスクも増加する。洋上風力の本格導入の実現には、日本が相応の規模をもち、かつ事業予見性を備えた市場であることを内外の事業者に認知されることが必要だ。世界中で洋上風力の開発が加速する中、日本が「買い負けない」ためには他国と比べても魅力的な市場でなくてはならない※8。

原子力については運転期間延長が認められた高浜1・2号(計165.2万kW)がそれぞれ2034年と2035年に運転開始後60年を迎えることに加え、泊、女川、柏崎刈羽など合計で約1,200万kWが2030~2035年に運転開始後40年を迎える。再稼働状況に加えて、運転期間延長の認可状況や高経年化プラントの安定稼働が論点になるだろう。

火力については足もとの供給力不足が問題になる中で、非効率石炭火力のフェーズアウトの実現性が問われている。系統運用の観点からも一定の火力系電源は必要であり、水素・アンモニアなどの脱炭素火力の実現は電源脱炭素化に不可避だ。削減目標との兼ね合いでは2035年までに本格運用されるかがポイントとなる※9。その他にも大量導入される再エネの系統運用の安定化、長距離海底直流送電の敷設など電力インフラの在り方、GX推進法※10による発電事業者有償オークション導入※11なども同時期に取り組む課題であり、詳細設計が急がれる(図表3)。

課題山積の中ではあるが、2035年を見据えた温室効果ガス削減には電力部門の脱炭素化は避けては通れない。目下の国際情勢の不安定化の現実を見据え、エネルギー安定供給との両立を図るためには、「一度国内に来た資源を再活用する」という視点で資源循環政策との一体化も図るべきだ※12。COPへの新たな2035年目標の提出期限となる2025年までに、前述のような観点を盛り込みながら第7次エネルギー基本計画を策定し、2035年までに顕在化する電力市場・制度の「崖」を克服しなくてはならない。

図表3 2035年までに顕在化する電力部門の主な問題と、解決に向けた論点例

2035年までに顕在化する電力部門の主な問題と、解決に向けた論点例
出所:三菱総合研究所作成

※1:Intergovernmental Panel on Climate Change。
※2:外務省(2023年5月23日)「G7広島首脳コミュニケ」
https://www.mofa.go.jp/files/100507035.pdf (閲覧日:2023年11月6日)
※3:その他の主要な前提条件は、2023年5月発表の当社ニュースリリース「カーボンニュートラル達成に向けた移行の在り方」のP22に準拠。
カーボンニュートラル達成に向けた移行の在り方(ニュースリリース 2023.5.30)
※4:脱炭素社会をめぐる4つの将来像(MRIマンスリーレビュー2022年8月号)
※5:資源エネルギー庁「『平成27年度エネルギーに関する年次報告』(エネルギー白書2016) HTML版」第1節 固定価格買取制度の在り方
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2016html/3-3-1.html閲覧日:2023年11月6日)
※6:資源エネルギー庁に向けた当社報告書(2023年3月31日)「令和4年度エネルギー需給構造高度化対策に関する調査等事業報告書」
https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2022FY/000382.pdf(閲覧日:2023年11月6日)
※7:Round2は2023年6月30日に締切。運転開始時期自体が選定時の評価項目であるため現時点では運転開始時期は明確には分からない。
※8:詳細については2023年5月29日付の当社コラムを参照。
シリーズ「洋上風力の未来」第1回:洋上風力産業の創出(環境・エネルギートピックス 2023.5.29)
※9:JERAのロードマップでは50%以上の高混焼のアンモニア火力の商用運転を2030年前半、水素火力の商用運転を2030年半ばと想定している。
JERA(2022年5月)「2035年に向けた新たなビジョンと環境目標について」
https://www.jera.co.jp/static/files/ir/library/pdf/20220512_J2.pdf(閲覧日:2023年11月6日)
※10:脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律。
※11:排出量取引制度における排出枠が有償オークション化。
※12:【提言】エネルギー政策と資源循環政策の一体的推進(ニュースリリース 2023.9.21)

著者紹介

志田龍亮
志田龍亮(しだ りゅうすけ)
三菱総研入社後、エネルギー分野での政策立案支援・コンサルティング業務などに従事。2014〜2016年には米国の商事会社にて石油・天然ガスおよび再エネ関連の事業開発支援を実施。現在はエネルギー分野での自社研究・政策提言の取りまとめを担当しています。博士(工学)。