この記事は2024年3月26日に「第一生命経済研究所」で公開された「賃金は“どこで”上がっているのか?」を一部編集し、転載したものです。


賃金
(画像=Dilok/stock.adobe.com)

目次

  1. 賃金は「どこで」上がっているのか?
  2. 外資進出・半導体投資の活況が地方の賃金上昇を支えている模様

賃金は「どこで」上がっているのか?

来年度の更なる賃金上昇に向けた期待が高まっている。2023年度の春闘から、国内の賃金上昇率のトレンドには明確に変化がみられるようになってきている一方で、地域別の賃金状況の分析は多くはない。この背景の一つはデータの制約にあると考えられる。政府の賃金統計である厚生労働省公表の毎月勤労統計でも都道府県別の賃金が公表されているものの、①直近値については各都道府県のホームページでバラバラの形態で公表されており、データの収集が容易でない点、②毎月勤労統計全国調査ではサンプル入れ替えの際に生じる断層調整を行う観点で「共通事業所ベース」の値が示されているが、都道府県別ではこうした処理がないなど、都道府県別の横断比較をする際の課題が多い点、が挙げられる。

そこで今回、株式会社ナウキャストが2024年1月にリリースしたHRog賃金Now1を用いて、都道府県別の募集賃金の動向を確認する。この統計ではウェブスクレイピングで収集したオンライン上の求人情報をもとに、全国の募集賃金や求人数の動向を把握できる。毎月勤労統計とは異なり、求人の募集賃金であるため、①既存の雇用者も含めた賃金全体を表したものではない点、②求人時点の賃金であり、マッチング後に実現した賃金ではない点、などマクロ賃金の統計として扱う際には留意すべき点はいくつかあるが、公表タイミングが迅速である、都道府県別・職種別のクロスセルの分析が可能といった利点も大きい。

今回、このデータを用いて、都道府県別の賃金動向を分析してみた。次ページの資料1では都道府県別・正社員求人の募集賃金について、各月の推移を5段階でヒートマップ化した。青(0%以下)・薄青(0~1%)・黄(1~2%)・薄赤(2~3%)・赤(3%以上)の順に賃金上昇率が高いことを示している。資料からは直近値の2024年2月に近づくほど赤系の占める割合が増えており、賃金上昇圧力が全国的に強まっていることが見て取れる。企業が人手不足の下で中途採用を拡大する動きもみられる中、募集賃金の引き上げを通じて人材の確保を図っているのだろう。

また、地域別にみたときの直近値の特徴として、特に正社員賃金においてチャートの上側と下側、東北地方や九州地方が濃い赤で占められていることがわかる。次に、資料2では都道府県別・職種別の募集賃金について、より大きなトレンドを見る観点で3年前同月比(2023年2月/2021年2月)を取り、伸び率の高かった上位3職種を抽出、頻度の多い職種に色を付けている。職種別にみると、九州地方・東北地方ではともに「製造/工場/化学/食品」が伸び率の上位にあるという共通点を確認できた。

外資進出・半導体投資の活況が地方の賃金上昇を支えている模様

九州・東北はともに台湾の半導体企業が投資を進めるなど、半導体投資が活発化している地域である。報道などでも、高賃金を提供する外国企業の国内進出を皮切りに、賃上げ競争を通じて周辺地域の賃金上昇にも波及している様子が示されている。製造系職種がけん引する形での九州・東北地方の募集賃金指数上昇はその点を映じていると考えられる。

一方で、足元で示されている高い賃上げ率の継続性に対するリスクもみえる。国内進出した外国企業が高い賃金を提示する背景の一つは円安である。為替によって外国企業と国内企業の賃金格差が広がっていることによるところも大きく、円高への反転は製造業利益の下押しという作用のみでなく、こうした海外企業進出による円建の賃金上昇圧力を減衰することにもなる。また、内外の半導体ブームはデリスキングの観点からの生産拠点分散のほか、生成AIなどに対する需要拡大への期待が支えとなっている。市場ではAIに対する期待が過剰になっている可能性も警戒されているが、半導体ブームに一服感がみられるようであれば、国内の賃金にも影響が及ぶことが考えられる。2024年度の春闘賃上げ率は歴史的な高さとなりそうだが、そのすべてをトレンドとみなすのは時期尚早と考える。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所
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第一生命経済研究所 経済調査部 主任エコノミスト 星野 卓也