「60歳前後から相続対策を始めたい」と考える人は多いのではないでしょうか。
本記事では、これから相続対策を始める人に必須の知識をまとめました。
最後までお読みいただくことで、生前贈与や相続に今後どのように取り組んでいけばよいのかの判断がつきやすくなります。
- 60歳から相続対策を始めることで節税効果が高められる
- 想定される家族間での相続トラブルが抑えられる
- 相続対策には税理士や弁護士の力を借りたほうが良い
目次
60歳なら知っておきたい相続税対策の基本
60歳前後は、相続対策を始めるのに理想的な年齢といわれています。
以下では、その理由と相続対策の基本的な考え方を解説します。
1.60歳からの相続対策ですべき3つのこと
60歳前後は相続対策に着手するのに理想的な年齢と考えられます。
理由として、60歳という年齢は平均余命を考慮すると、数十年という十分な期間があることが挙げられます。
一方で、60歳という年齢は自身の人生の終焉を現実的にイメージしやすいため、相続対策に真剣に取り組む意識が芽生えやすいともいえます。
60歳前後からの相続対策の柱は、以下の3点に集約されます。
・相続対策1:生前贈与による財産の移転
60歳前後から亡くなる前までの間に、配偶者や子・孫などに財産を贈与することで、相続税の課税対象となる財産を少なくすることができます。
ただし、節税の恩恵を受けるためには、「贈与税と相続税が非課税となる範囲内」で生前贈与をおこなうことが効果的です。
※亡くなる直前の贈与は課税対象となる場合があります。
・相続対策2:相続税評価額の圧縮
60歳前後からの相続対策で欠かせない視点は、財産の組み換えによる相続税評価額の圧縮です。
財産を現金で所有している場合、その金額がそのまま相続税評価額となります。
しかし、不動産や生命保険に組み替えることで相続税評価額を抑え、節税という恩恵を受けることができます。
・相続対策3:税制優遇策による税額の軽減
60歳前後から相続対策を進める場合は、贈与税や相続税に関わる税制優遇策について学び、それを積極的に取り入れていくことが大切です。
たとえば、贈与税では、住宅取得や教育・子育てなどの資金などに対する控除の制度があります。
また、相続税では、配偶者の税額の軽減や小規模宅地等の特例があります。
2.相続の仕組みと課税方法
相続税は、相続によって取得した財産の合計額に対して課税されます。
ここでいう「財産の合計額」とは、借入金・債務などを控除し、相続開始前の贈与財産を加算した金額です。
ただし、財産の合計額が基礎控除の範囲内であれば、相続税は課税されません。
基礎控除額は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」で計算されます。
また、被相続人(亡くなった人)の配偶者については、「課税価格が1億6,000万円まで」または「配偶者の相続分相当額まで」は非課税となっています。
3.生前贈与の仕組みと課税方法
60歳前後から相続対策を進める場合、贈与者(贈与をする人)が生前贈与の仕組みを理解しておくことも重要です。
なぜなら、誤った方法で生前贈与をしてしまうと、後に否認されたり、相続税として課税される可能性があったりするからです。
生前贈与とは、自身が生きている間に財産を他者に与えることを指します。
生前贈与をした財産は贈与税の対象となりますが、以下の制度の範囲内でおこなった場合、非課税となります。
制度 | 内容 |
---|---|
暦年課税 | ・年間110万円以内の贈与は非課税となる ・相続開始前の贈与は相続税の対象となる |
相続時精算課税制度 | ・2,500万円までなら贈与税はかからない(ただし、相続発生時に相続税の対象となる) ・年間110万円以内の贈与は非課税となる(相続開始前の贈与も非課税となる) |
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先述の生前贈与における「相続時精算課税」は、60歳前後から始める相続対策において重要な制度です。
この制度の詳しい内容を確認しましょう。
相続時精算課税の要件と注意点
相続時精算課税は、生前贈与を促進する目的で創設されました。
この制度には、贈与者と受贈者(贈与を受ける人)に関して以下のような要件があるため、注意が必要です。
・贈与者:贈与をおこなった年の1月1日で60歳以上の父母または祖父母
・受贈者:贈与をおこなった年の1月1日で18歳以上の子や孫など
相続時精算課税の注意点として、この制度を一度選択すると、暦年課税に変更できないことが挙げられます。
また、初めて相続時精算課税の適用を受ける場合、管轄の税務署に対し、贈与税の申告期間中(贈与を受けた年の翌年2月1日〜3月15日までの間)に「相続時精算課税選択届出書」を提出しなければなりません。
2500万円の限度額と年110万円の非課税枠
相続時精算課税は「2,500万円の贈与枠」と「年間110万円の非課税枠」から構成されます。
2,500万円の贈与枠は、この金額の範囲内であれば贈与税がかからないという内容です。
ただし、贈与した財産は相続発生時に相続税の対象となります。
年間110万円の非課税枠は、この金額の範囲であれば贈与税も相続税も課税されません。
暦年課税と異なり、相続発生前(3〜7年など)の贈与も相続税の対象とならない特徴があります。
年間110万円を超えた分は、2,500万円の贈与枠を利用することができます。
60歳からの相続対策のメリットとデメリット
60歳前後から相続対策に取り組むことには、基本的にメリットしかありません。
ただし、「多忙で時間がない」などの事情がある人にとっては、デメリットもあります。
とはいえ、ほぼ同じ資産規模の人でも、60歳前後から相続対策に取り組んだかどうかで「最終的に課税される金額」が大きく変わります。
現実的なハードルを乗り越えて、早めに相続対策に着手することをおすすめします。
これから、60歳から相続対策をおこなうメリットとデメリットを解説します。
まとめると以下のとおりです。
相続対策のメリット | 相続対策のデメリット |
---|---|
1.相続税を抑えられる 2.納税資金を用意できる 3.相続トラブルを回避できる |
1.手間がかかる 2.勉強しなければならない |
これより、メリットとデメリットを詳しく解説します。
相続対策のメリット
まずは60歳から相続対策をおこなう場合のメリットを解説します。
・1.相続税を抑えられる
相続対策の最大のメリットは、相続税の納税額を抑えられることです。
60歳前後など早めに相続対策に取り組むことで、節税効果を高めることが可能となります。
特に、資産の規模が大きい人には、相続対策に真剣に取り組むことをおすすめします。
理由は、相続税は資産の評価額が大きいほど納税額が増える「累進課税制度」が採用されているからです。
仮に、子ども3人それぞれに対して年間100万円ずつ贈与した場合、10年間で3,000万円、20年間で6,000万円の資産圧縮が実現できます。
・2.納税資金を用意できる
相続する資産が、現金や預金、すぐに換金できる金融資産などではない場合、相続税の納付が難しいことがあります。
特に資産の大半が不動産である場合は、相続税を納付するための手元資金を用意しておく必要があります。
納税資金を準備する方法の例としては、「生前贈与の制度を活用する」や「生命保険を利用する」などがあります。
60歳前後からの相続対策であれば、相続発生までにまだ期間がある可能性が高いため、生前贈与の基礎控除(年間110万円までの非課税枠)をフル活用することをおすすめします。
・3.相続トラブルを回避できる
遺族同士が遺産を巡って争う相続トラブルは、遺産の規模の大小に関わらず発生するリスクがあります。
このトラブルを回避することも相続対策のメリットです。
遺言書には3つの作成方法がありますが、安全性や確実性が最も高いのは「公正証書遺言」です。
また、資産をあらかじめ分割しやすい形態にしておくのも有効です。
たとえば、条件がほぼ同じ賃貸物件(例:建物のタイプ・立地・面積など)を子の人数分用意しておくことが考えられます。
先述のとおり、資産を不動産に組み替えることで相続税評価額の圧縮効果も期待できます。
相続対策のデメリット
続いては60歳から相続対策をおこなう場合のデメリットを解説します。
・1.手間がかかる
生前贈与をおこなうにしても、資産の組み替えをおこなうにしても、相続対策には手間がかかります。
60歳前後の方は仕事やプライベートで忙しいことが多く、多忙を理由に相続対策を先送りにすることもあります。
しかし、相続対策を先送りにした結果、相続発生時にご家族が遺産争いをしたり、納税資金が準備できずに困ったりする可能性があります。
ご自身で相続対策に取り組むのが難しい場合は、信頼できる税理士や弁護士を見つけて任せるのが得策です。
・2.勉強しなければならない
仮に、税理士や弁護士が実務を担当するとしても、遺産を残す人が相続対策の基本情報を知っておくことが大切です。
理由は、ある程度の知識がないと、専門家の助言が正しいのかどうかの判断ができないからです。
とはいえ、60歳前後の年齢になると、新しい知識を学ぶのが大変だと感じる人もいるでしょう。
最近では、ネット上の動画やコラムなどで手軽に知識を得ることができます。
気軽な気持ちで相続対策の知識に触れてみましょう。
60歳からの相続対策で注意すべきポイント
実際に60歳からの相続対策を進める場合、以下のポイントを意識しましょう。
1.適正な生前贈与を実行する
ここまで解説してきたように、60歳前後から始める相続対策では、生前贈与の基礎控除(年間110万円までの非課税枠)を活用することがポイントになります。
ただし、生前贈与は適正な形で実行しないと、相続発生時などに税務署から否認されるおそれがあります。
たとえば、適正な形の贈与とは、以下のような形が考えられます。
・贈与契約書を作成、締結する
・現金を振り込む口座を受贈者本人が管理する
・相続発生前の贈与を決まりに合わせて扱う(生前贈与加算)
2.余裕のある期間で生前贈与をおこなう
前項で触れた「生前贈与加算」は、60歳前後からの相続対策において重要なテーマであるため、詳しく解説します。
前贈与加算は、相続時精算課税には適用されず、暦年課税にのみ適用されます。
2024年の税制改正前、生前贈与加算の期間は「3年」で、相続開始前3年以内の贈与については相続財産に加算されて相続税が計算されていました。
税制改正後、生前贈与加算の期間が徐々に引き上げられ、2031年開始の相続では「7年」となります。
3.生前贈与のお得な制度を活用する
生前贈与では、基本となる暦年課税や相続時精算課税に、さまざまな制度を組み合わせることで節税をしながら財産の移転を進めることが可能です。
下記で紹介する制度は、いずれも60歳前後から相続対策を始める場合に利用しやすいものです。
・不動産を贈与したときの配偶者控除
夫婦の間で居住用不動産(または、これを取得するための金銭)の贈与がおこなわれた場合、最高2,000万円まで配偶者控除として扱える制度です。
要件には、「夫婦の婚姻期間が20年を過ぎた後に贈与がおこなわれたこと」などがあります。
60歳前後の人であれば、現時点でも結婚してから数十年が経過していることが多いため、利用しやすい制度ではないでしょうか。
・住宅取得等資金の贈与
直系尊属(父母や祖父母など)からの贈与で、住宅取得等資金(自身が住むための家屋の新築・取得・増改築などのための金銭)を受け取った場合、 一定の金額までの贈与税が非課税となる制度です。
住宅取得等資金の非課税額は、省エネ等住宅の場合には1,000万円まで、それ以外の住宅の場合には500万円までです。
この制度は期間が定められており延長されていますが、令和6年下期から8年度の延長分は、新築住宅の省エネ性能要件が「断熱等性能等級5以上かつ一次エネルギー消費量等級6以上」に定められています。
下記の要件の住宅は、改正前の要件「断熱等性能等級4以上または一次エネルギー消費量等級4以上」が適用されます
令和5年12月31日までに建築確認を受けた住宅
令和6年6月30日までに建築された住宅
・教育/結婚・子育て資金の一括贈与
このほか、まとまった財産を生前贈与できる制度には、教育資金、結婚・子育て資金の一括贈与による非課税制度があります。
教育資金は最大1,500万円(うち習い事などは500万円)、結婚・子育て資金は最大1,000万円(うち結婚は300万円)の非課税枠が用意されています。
ただし、どちらの制度も受贈者の年齢や年間所得に以下のような要件があります。
制度 | 教育資金の一括贈与 | 結婚・子育て資金の一括贈与 |
---|---|---|
受贈者の年齢要件 | 0〜29歳の子・孫 | 18〜49歳までの子・孫 |
受贈者の収入要件 | 合計所得1,000万円以下 | 合計所得1,000万円以下 |
期限 | 2026年3月末 | 2025年3月末 |
60歳前後の節税対策の場合、教育資金の一括贈与は孫に対して、結婚・子育て資金の一括贈与は子に対して行えることが多いのではないでしょうか。
ただし、上記の「受贈者の年齢要件」を超えた場合、使い残しがあるとその残高に対して一般税率が適用されるためご注意ください。
4.不動産の評価額の圧縮効果を活用する
60歳前後から相続対策を始める人で、財産の内訳が現金中心の人は、その内容を見直すことをおすすめします。
相続対策においては、資産を現金(預金や金融資産も含む)だけで保有することは、最適な方法ではありません。
なぜなら、財産を現金で所有していると、その所有金額そのままが相続税の評価額になってしまうからです。
一方、資産の一部を不動産で所有していると評価額が下がり、相続税の節税効果があります。
5.不動産の特例や制度を活用する
不動産の評価額の圧縮効果に加えて、以下の制度を組み合わせることで、さらに評価額を下げることが可能となります。
・小規模宅地等の特例
この特例は、相続や生前贈与によって得た事業用または居住用の宅地について、一定の面積までの宅地の評価額を50〜80%の範囲で減額するものです。
たとえば、居住用の330平方メートルまでの宅地の場合、減額割合は80%となります。
仮に、評価額が3,000万円の自宅敷地を相続した場合、80%の減額が適用されると評価額は600万円まで下がります。
要件には、相続開始の直前において被相続人と生計を一にしていたことなどがあります。
・地積規模の大きな宅地の評価
この制度は、地積の広い宅地を相続する場合に評価額を下げることができるものです。
適用されるのは、三大都市圏(首都圏・近畿圏・中部圏)は500平方メートル以上の地積の宅地、三大都市圏以外が11,000平方メートル以上の地積の宅地です。
ただし、市街化調整区域にある宅地や、用途地域が工業専用地域の宅地、容積率が400%(東京都の特別区においては300%)以上の地域などは適用外となるためご注意ください。
6.生命保険の非課税枠を利用する
60歳前後の相続対策として、生命保険の非課税枠を活用するのも有効です。
一般的に、生命保険の加入年齢の上限は、保険開始の時点で70〜80歳程度に設定されているため、60歳前後で健康状態に大きな問題がなければ、大半の生命保険に加入することが可能です。
生命保険の非課税枠は「500万円×法定相続人の数」で算出されます。
たとえば子が3人の場合、1,500万円です(500万円× 法定相続人3人=1,500万円)。
仮に生命保険金が3,000万円の場合、課税対象になるのは3,000万円から非課税枠の1,500万円を差し引いた1,500万円です。
まとめ|60歳からできることはたくさんある
最後に、相続対策の大まかな流れを確認してみましょう。
1.ご自身の資産の内容と評価額の確認
2.相続人と遺産の配分を決める
3.相続税額と納税資金を計算する
4.法的に有効な遺言書を作成する(定期的に見直す)
60歳前後から相続対策を始める場合、「まだ相続発生までに余裕がある」と考えずに、早めに着手することが重要です。
相続対策には数多くの方法があります。
これらの中から、ご自身に合う相続対策を組み合わせて実行することが重要です。
60歳など早い段階から相続対策に取り組むことで使える手数が多くなります。
先延ばしにせず、重要度の高いタスクとして、優先的に進めていきましょう。
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(提供:ACNコラム)