この記事は2024年9月30日に「第一生命経済研究所」で公開された「石破新政権の経済政策はどうなるか?」を一部編集し、転載したものです。
石破氏の政策主眼
9月27日に自民党総裁選挙が行われた。決戦投票にもつれ込んで、石破茂氏が勝利した。次期自民党総裁に就任することで、事実上、次の首相になる。
その政策の機軸を表現するのならば、まともな経済政策への回帰となるだろう。石破氏が、安倍元首相と距離を置いていたことはよく知られている。アベノミスクにも懐疑的だった。だから、経済危機時には有効だったアベノミスクには弊害が大きいと考えているだろう。石破氏の政策は、アベノミクスで省みられなかったものに目を配る。具体的には、①地方経済、②弱者配慮、③防災目的の公共事業、の3つに焦点を当てると予想される。
実は、岸田首相の分配政策も、このアベノミクスとの対立軸を重視して考えられてきた経緯がある。石破氏はそこからさらに路線変更を鮮明にするという位置づけだ。一方、石破氏は岸田首相の成果として挙げられる賃上げは継承して、脱デフレ路線をより加速していくはずだ。
そうした一連の流れを考えると、2013~2020年にかけてのアベノミスクから政策の軸が反対側へと振れてきていることがわかる。これは見方を変えれば、経済が正常化してきたので、日本が異端の経済政策をもはや実施しなくてもよくなったのだと理解できる。
地方創生の中身
地方創生と言えば、すぐに公共事業が増えそうだと連想する。石破氏は、防災省をつくるとも言っている。この方針は、国土強靱化とも通じるところがある。しかし、そう単純な話ではないだろう。
おそらく、地方の問題点を考えると、もっと構造的なことを考えるに違いない。特に、人口減少・少子化問題だ。少子化対策には、岸田首相とは異なるアプローチで臨むのではないか。石破氏の選挙区である鳥取県は、2023年の出生数が3,263人(概数)と47都道府県で最低の人数である。出生数の増加に対しては、人一倍思いは強いはずだ。少子化担当大臣にはしっかりした人物を置くに違いない。
地方の成長支援は、①観光振興=インバウンド戦略、②農産品輸出、が軸になるのではないか。これは、鳥取県の成長モデルからの連想である。鳥取県は、観光地の目玉として鳥取砂丘がある。大山や水木しげるロード、三徳山投入堂がある。こうした観光地を前面に出して、訪日外国人を増やすような取り組みを全国各地にも促すのではないか。農産物も、二十世紀なし、らっきょう、ズワイガニなど競争力のある産品がある。そうしたものを輸出に振り向けて、地方活性化に導こうとするだろう。農林水産物・食品の輸出額は2023年1.45兆円と、コロナ前から段階的に増加してきた。これは、農業の活路にもなるので、そこに知見のある石破氏は、全国で推進するだろう。
現在、中国との間では処理水問題でこじれていた農林水産品の輸出が再開しようとしている。石破氏は、政治の師と仰いできた田中角栄元首相が日中国交正常化を果たしたことを意識して、対中外交には力を注ぐだろう。総裁選では、経済安保を旗印にした候補者がいたが、石破氏はそれと一線を画するかたちで、経済交流を推進し、農林水産品の輸出拡大を狙っていくと予想される。
財政運営と金融政策
アベノミクスからの反省という方針を採るのならば、金利正常化と財政再建を推進するだろう。物価安定に関して、石破氏は日銀の植田総裁の舵取りに対して特別な注文を出さないと予想される。そうした意味で、日銀の独立性は尊重されるだろう。
財政運営の方には読めない部分が多い。地方重視、防災のための公共事業、そして防衛力強化に思い入れがあるのならば、歳出拡大であろう。しかし、石破氏は財源の所在にはしっかりと説明責任を果たす姿勢である。まともな運営を遵守するとみられる。これは、「大きな政府」路線とも言える。
その場合、財源確保をどこに求めるかということが重要な論点になる。総裁選の中では、国債発行でまかなえばよい、という候補者がいたが、それとは立場が違っていた。富裕層や大企業から集めることに含みを持たせていた。
石破氏は、他の候補者に比べて弱者への視点が念頭にあったという印象が強い。消費税については、唯一、見直しに柔軟な意見を述べた。逆進性もあるので、食料品の軽減税率の修正は検討するかもしれないという言及である。これは、高齢者などに食料品高騰がダメージを与えていることを意識した発言だ。この件は党税調の議論を尊重する必要があると、慎重なことも付言していた。
また、候補者の中で、だた1人だけ金融所得課税の強化にも賛意を示していた。これは株式市場にとってマイナスだが、石破氏は富裕層などから負担を求めることには必ずしも消極的ではないスタンスなのだろう。
2025年度以降の基礎的財政収支の黒字化が望まれるが、石破政権でそれが実現するかどうかはまだ判然としないのが実情だ。
火種は残る
国内事情を離れて考えると、石破氏の政権運営で難しいのは対米外交だろう。もともと石破氏は外交経験はそれほど多くはない。米大統領が誰になるかで、石破外交は難しい局面に立たされる。
もしも、米国がさらに防衛力増強を求めてくると、石破氏はNoとは言わないだろう。しかし、43兆円の防衛費負担と同じように、財源確保に汗をかかなくてはいけない。歳出削減などで捻出できる部分はこの43兆円の手当で先喰いしているので、これ以上の防衛費の積み増しは追加的な増税につながりやすい。この財源手当はかなり厳しい。
政治的には、石破氏の使命は、次期衆院選で勝利して、さらに2025年7月頃に予想される参議院選挙でも勝つことだ。つまり、スタートダッシュだけではなく、半年以上も求心力を保ち続けなくてはいけない。過去の政権をみてもそれは容易ではない。
最大野党の新代表は野田佳彦氏である。スピーチの達人で、討論も切れ味がよい。石破氏は、他の総裁候補よりは弁が立つと感じるが、首相の立場でうまく抗弁ができるかどうかは未知数だ。政治改革が中途半端だとみられたり、党内の造反を抑え切れないと長期政権を築くことはできない。次の首相は誰がやっても甚だしく困難な仕事だ。