この記事は2025年5月12日に配信されたメールマガジン「アンダースロー(ウィークリー):緊縮財政で国民が困窮」を一部編集し、転載したものです。

アンダースロー
(画像=years/stock.adobe.com)

目次

  1. 緊縮財政で国民が困窮(5月8日)
  2. シンカー
    1. 米国:FRBはインフレ懸念で様子見姿勢を今後も続けることを示唆も、インフレ長期化リスクは低い

■ 政府の経済政策によって積み上げてきた基金について、政策効果のエビデンスに基づいた検証がなされていないとの指摘が多くみられるようになった。しかし、政府の税収の見積もりがいつも過小で、決算で税収が上振れ、その税収の取り過ぎによって家計のファンダメンタルズが悪化したエビデンスに基づいた検証が必要だとの指摘は少ない。アベノミクス以降(コロナ期を除く)、税収は予算と決算で平均3.2兆円程度も過小評価されてきたのがエビデンスだ。2021年度以降の名目GDP拡大局面では平均5.5兆円程度も上振れている。エビデンスに基づいた検証は、財政政策全般にわたるべきで、支出の削減や増税の緊縮財政への方向性だけでは、財政収支は常に黒字でなければならないという財政健全化イデオロギーにとらわれていることになる。政府の税収見積もりの過小評価の原因は、税収弾性値の前提が小さすぎることになる。1%の名目GDP成長率に対する税収増加率を示す税収弾性値を、財務省は1.1としてきた。あまりに小さすぎるとの指摘で、2025年度の予算編成の後年度影響試算で1.2にわずかに引き上げた。

■ 2025年度の政府予算では、名目GDP成長率が+2.7%の前提で、税収前年比が+6.8%(5.0兆円増)と、税収弾性値は2.5に上昇している。2025年度の税収弾性値を2.5とおきながら、それ以降は1.2と小さい前提をおき、緩慢な財政改善の見通しで、財政健全化には支出の削減や増税が必要であるとの論調を作ろうとしているのだろう。2025年度は例外的で、プライマリーバランスの黒字化の目標年次であるため、高い税収弾性値をおいて、石破首相に対して、もう少しの努力で黒字化できると財政出動や減税を控えさせる説得材料としているのだろう。

■ ネットの資金重要(企業貯蓄率+財政収支)が消滅してデフレ構造不況のマクロ経済環境となった2000年度からの税収の前年比は、経済規模の拡大を示す名目GDPの前年比、金融資産の増加などのマネーの膨らみを示すネットの資金需要(GDP比)、および消費税率でうまく推計できることがわかっている。名目GDPの推計係数が、税収弾性値に相当し、2.8である。財務省の前提の1.2の倍以上の数字で、税収の見積もりがいつも過小評価となってきたことがわかる。エビデンスに基づいて、税収弾性値が低い後年度影響試算で、将来の財政赤字を過大に推計して、財政危機を煽るのはやめるべきだろう。

■ ネットの資金需要の推計係数はマイナスで、財政出動によってネットの資金需要が拡大(マイナスが強い)すると、税収が戻ってくることを示す。コロナ後の財政拡大によって、ネットの資金需要と名目GDPが拡大して、税収が上振れてきたことと整合的な結果だ。名目GDPが平均525兆円を脱することができなかった原因となったネットの資金需要を消滅させる緊縮財政で、財政状況はより悪化してしまったこととも整合的だ。財政状況の改善には、財政収支をやみくもに改善させるプライマリーバランスの黒字化というミクロ・会計の目標ではなく、経済のファンダメンタルズ対比の財政収支のあり方を示すネットの資金需要の十分なマイナスで安定させるマクロの目標が必要である。

■ 問題なのは、消費税率の推計係数がマイナスであることだ。推計では、消費税率を1%引き上げると、税収前年比を0.86%も引き下げ、景気を押し下げることで減収となってしまうことが明らかになっている。内需が低迷し、デフレ構造不況の中の2014年度以降の二度の消費税率の引き上げは失敗だった。日本経済のデフレ構造不況脱却を妨げることで、消費税率の引き上げは財政状況を悪化させたことになる。名目GDPの前年比とネットの資金需要がゼロで、税収の前年比がゼロとなる中立的な状況(国民負担率が安定的)となるためには、消費税率は10%から5%に引き下げられなければならない。消費税率の引き上げありきの議論も、財政健全化イデオロギーだろう。

■ 消費税は景気に左右されない安定財源とされる。しかし、安定財源は、景気の状態にかかわらず国民から同程度の税金を徴収してしまうため、財政政策の景気に対するビルトイン・スタビライザー機能を弱体化させる。安定財源を求めると、景気が不安定化するトレード・オフの関係にある。消費税率引き上げによって、デフレ構造不況を脱することができなかった理由でもある。安定財源を求めるこれまでの緊縮財政スタンスによって国民は困窮化し、家計貯蓄率はGDP比+2.1%と、過去最低に近い水準に低下してしまった。国民の生活を支えるため、消費税を撤廃し、財政政策の景気に対するビルトイン・スタビライザー機能を強化する必要がある。

■ 2025年度の消費税収は24.9兆円が見込まれている。消費税撤廃によって景気が上振れ、減税によってネットの資金需要もその分だけ拡大するとする。このリフレの効果によって、税収は13.1兆円増加することが見込まれる。名目GDP成長率が3%程度だとすると、経済規模の拡大によって更に6.6兆円増加する。消費税撤廃による差し引きの税収減は5.2兆円程度でしかなく、現実的な政策の選択肢となる。名目GDP成長率が3%程度でその後も推移すれば、僅か2年程度で税収は2025年度見込みの77.8兆円まで回復することが見込まれる。安定財源とされる消費減税は税収弾性値を理論的に引き上げるため現実的な試算だ。デフレ構造不況脱却による財政再建の動きを犠牲にせず、国民を困窮から救うこともできる。トランプ米政権は、消費税を輸出補助金にあたる非関税障壁とみなしている。消費税を撤廃して、トランプ関税の引き下げを試み、製造業の存亡の危機を回避することも必要だろう。現在のところ、自民党は消費減税に消極的であるが、消費減税は国民の支持を得ているとみられ、7月の参議院選挙で自公政権は消費減税を主張する野党に対して敗北するリスクが高い。

税収(前年比%)=4.38+2.82 名目GDP(前年比%)-2.09 ネットの国内資金需要(%GDP)-0.86 消費税率(%) + 6.47 アップダミー(04・05・07・14・17・18・20年度)-4.45ダウンダミー(02・08・23年度);R2=0.97(アップダウン修正前0.72)

図1:税収の前年比

図1:税収の前年比
(出所:財務省、内閣府、日銀、クレディ・アグリコル証券)

図2:消費税撤廃による税収減の試算

図2:消費税撤廃による税収減の試算
(出所:財務省、内閣府、日銀、クレディ・アグリコル証券)

以下は配信したアンダースローのまとめです

緊縮財政で国民が困窮(5月8日)

国力の源は、経済の力である。名目GDPが、日本経済の大きさを表す。そして、国民の所得が生まれる源になる。昨今、日本は貧しくなったように感じるが、原因は円安ではなく、この名目GDPの停滞、経済の力の衰えにある。日本の名目GDPは、1995年からコロナ前まで、525兆円の平均から、拡大できずにいた。人口が減少している国はたくさんあるが、名目GDPがこれほど長期的に停滞していたのは、日本のみである。原因は、政府が1995年に拙速な「財政危機宣言」をしてしまい、財政政策が緊縮となってしまったことである。1997年4月の初めての消費税率引き上げの前に、財政危機で国民の理解を求めようとしたとみられ、この政治的な判断が、国民の困窮につながった。その後の消費税率の追加引き上げで、緊縮に拍車がかかった。

図1が、財政政策の議論のかなめになる。青色が、企業の貯蓄率の推移である。企業は、資金を借り入れて事業を行う。マクロ経済では、借入をする部門であるので、貯蓄率はマイナスであるのが正常である。しかし、バブルの崩壊と金融危機によって、企業は借金を恐れ、投資・賃金を抑制するコスト削減によってまかなった資金で、借金返済に邁進してきた。結果として、企業の貯蓄率は急激に上昇し、プラスの異常な状態となり、現在に至る。プラスの異常な状態は、企業が支出を削減した結果であり、総需要を破壊することによって、日本経済の構造的なデフレ圧力となってきた。デフレ構造不況を完全に脱却するためには、企業の支出が十分に増加し、企業の貯蓄率が正常なマイナスに戻り、構造的デフレ圧力を払拭する必要がある。これが、政府が目指しているコストカット型経済からの脱却である。当然ながら、日本経済はまだデフレに戻るリスクを抱えているため、日銀法で政府の経済政策の方針と整合的な金融政策の運営を課せられている日銀は、緩和的な金融環境を維持し、企業活動の回復を促し続けなければならない。

問題は、企業の行動は合理的なことである。名目GDPというビジネスのパイが拡大しなかったため、企業はコスト削減を止めることはなかった。名目GDPを拡大させ続けるのは、政府の責務となる。黒色が財政収支の推移になる。確かに、政府は支出を増やしてきたことで、赤字は続いた。しかし、問題は、企業の支出の削減に対して、名目GDPを拡大するために、政府の支出の拡大は十分であったのかということである。その判断は簡単である。青色の企業の貯蓄率と、黒色の財政収支を単純に足して、灰色のネットの資金需要とする。ネットの資金需要が、企業だけではない、政府も合わせた、支出する力となる。企業と政府の支出する力が十分であれば、ネットの資金需要は、マイナスとなる。その支出する力を起点に、経済が回り、マネーや名目GDPが持続的に拡大し、家計に所得がしっかり回っていくことになる。しかし、1995年以降の緊縮財政によって、政府の支出または減税は十分ではなく、ネットの資金需要は消滅してしまった。企業と政府の合わせた支出力が消滅したため、名目GDPは拡大できず、家計に所得がしっかり回らず、デフレ構造不況として国民を困窮させてしまった。ネットの資金需要が消滅したため、お金の価格である金利は高騰せず、逆にゼロとなり、金利まで消滅した。

図1:名目GDP

図1:名目GDP
(出所:内閣府、クレディ・アグリコル証券)

図2:ネットの資金需要

図2:ネットの資金需要
(出所:内閣府、日銀、クレディ・アグリコル証券)

図3:日銀政策金利

図2:日銀政策金利
(出所:日銀、総務省、クレディ・アグリコル証券)

シンカー

米国:FRBはインフレ懸念で様子見姿勢を今後も続けることを示唆も、インフレ長期化リスクは低い

米国FRBの5月FOMCは、3会合連続での政策金利据え置きを決定した(FF金利誘導目標4.25-4.50%)。声明文では雇用とインフレの不透明感がさらに強まった一方で、現状は経済活動が堅調であることが指摘された。

パウエル議長は、雇用を含め内需が堅調であり、インフレ率も鈍化基調が続いているため現状の政策金利が適切であると指摘し、関税政策の先行きがより明確になることや経済指標に変調がみられるまでは観察を続けることを示唆した。相互関税の猶予期間が7月まで続くことや、駆け込み需要とその反動でデータを読みにくくなっていることを踏まえると、経済見通しサマリー(SEP)が公表される次回6月会合でも同様の様子見スタンスが続くことが考えられる。

サービス価格を含めインフレ鈍化が続いていることで利下げが妥当な状況にありながらも、関税による価格転嫁を懸念していることで、利下げ再開のタイミングを既に後退させている。FRBは関税引き上げによるインフレが長期化し、期待インフレ率も押し上げるリスクを警戒しているものの、そのリスクは高くないと引き続き考える。関税分が家計に価格転嫁されれば、所得に変化がないまま消費額が増えるため、家計貯蓄率は低下する。新型コロナ直後に現金給付等で大幅に所得(貯蓄)が増加しインフレに耐えることが可能であった時期とは異なる。

労働市場、株式など資産価格も停滞気味で家計が消費をさらに拡大させる余地は限定的であるとみられる。企業は一方で、これまでにインフレと低い労働コスト等で利益マージンを大幅に拡大させてきた分、ある程度の価格吸収力を備えており、関税分をすべて家計に価格転嫁せずにマージンの圧縮で対応する余地は残されているとみられる。

ただ、今後マージンの余地がなくなれば、企業は価格転嫁を増やすことで消費余力の限られた家計が消費を切り詰めるか、マージン確保のため企業が固定コストである雇用を削減するかに行き着くため、いずれのケースでも需要減少によってインフレには低下圧力となる。中長期のインフレ期待も、需要鈍化とエネルギー価格押し下げで水準が上方シフトする可能性は低いと予想する。(松本賢)

図3:米国家計貯蓄率

図3:米国家計貯蓄率
(出所:FRB、BEA、クレディ・アグリコル証券)

図4:米国非金融法人の利益マージン

図4:米国非金融法人の利益マージン
(出所:FRB、NBER、クレディ・アグリコル証券)

図5:米国5年5年ブレーク・イーブン・インフレ率と原油価格

図5:米国5年5年ブレーク・イーブン・インフレ率と原油価格
(出所:Bloomberg、クレディ・アグリコル証券)

日本経済見通し

日本経済見通し表
(出所:日銀、内閣府、総務省、Bloomberg、クレディ・アグリコル証券)
実質GDP

会田 卓司
クレディ・アグリコル証券 東京支店 チーフエコノミスト
松本 賢
クレディ・アグリコル証券 マクロストラテジスト

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