本記事は、橋本 之克氏の著書『世界は行動経済学でできている』(アスコム)の中から一部を抜粋・編集しています。

相互理解、ギブアンドテイク、意思疎通|矢印の積み木と人型の木のオブジェ
(画像=ELUTAS / stock.adobe.com)

ビジネスも人間関係も「与えよ、さらば与えられん」が成功のカギ

「クレクレくん」と呼ばれていたテイカー上司の末路

以前に勤めていた職場の隣の部署に、典型的な〝テイカー〞の上司がいました。

テイカーとは、英語のギブ・アンド・テイクからきた言葉で、自分の利益ばかりを優先し、常に多くを受け取ろうとする(テイクしようとする)人のことです。反対語は〝ギバー〞と呼ばれ、他人を中心に考え、見返りを期待することなく相手に与える(ギブする)人を意味しています。

世界は行動経済学でできている
(画像=世界は行動経済学でできている)

彼は社内外を問わず、いつも相手から情報や何かしらの利益を引き出すことばかり考えていました。その一方で自分からは一切与えなかったため、社内では陰で「(情報)クレクレくん」とされていました。

彼の部署の業績が良かった間は、まだ多少は相手をしてくれる人もいたのですが、業績が下がるとともに、まわりから人がいなくなっていきました。その後、業績不振の責任を取って異動したのですが、社内に親しい人や便宜を図ってくれる人がおらず、さみしく会社を去っていきました。

なぜテイカーは嫌われてしまうのでしょうか?

彼の人間性や性格的な問題だけとは限りません。その理由について、行動経済学で説明してみたいと思います。

何かをしてもらうとお返しがしたくなる

他者から何かを与えられたら、自分も同様にお返しをしようとする心理を「返報性の原理」と言います。

恩恵をくれた相手に対して、「せっかくしてもらったのだから、こちらもお返しをしないと何だか申し訳ない……」という気持ちになる状態です。

例えば、仕事を手伝ってくれた同僚に対して自分も別の機会で手伝ったり、旅行のお土産をくれた友人に自分もお土産を買って来たりするようなことです。

これは行動経済学における「社会的選好」(自分自身のメリットのみならず、他者のメリットも価値と捉える傾向)の1つです。

行動経済学が広く認知される以前の、従来の経済学においては、人間は他者のことなど考えず自分の利益を追求するものと解釈されていました。しかし実際の人間は、必ずしもそうではありません。行動経済学によって、人間には「社会的選好」の心理が働くことが明らかになったのです。

「返報性の原理」の例として、アメリカの心理学者デニス・リーガンによる実験を紹介しましょう。

世界は行動経済学でできている
(画像=世界は行動経済学でできている)

まず参加者全体を2つのグループに分け、その中で2人1組のペアをつくります。ペアで一緒に美術館の作品を評価するという設定です。

ただし実は、ペアの片方は実験を行うリーガンの助手(つまりサクラ)で、ペアのもう1人が本当の実験対象者(被験者)です。

2グループのうち1つでは、「サクラが評価の合間の休憩時間にジュースを2本買ってきて、1本を被験者にあげる」行動を取ります。もう1つのグループでは特にそういったことはしません。

作品評価の作業がすべて終了したあと、両グループのサクラたちはそれぞれ、自分とペアだった実験対象者に「(自分の売っている)宝くじを買ってくれないか?」と頼みました。

その結果、ジュースをもらった実験対象者は平均で、もらわなかった実験対象者の約2倍の枚数の宝くじを購入したのです。これはジュースをもらった対象者が、宝くじを多く買う形でお返ししたためだと考えられます。

ちなみにこの実験では、サクラの人物に対する個人的な印象の良し悪しが、宝くじ購入に影響するかどうかも確認されており、サクラへの好意度が高かった場合も、低かった場合も、同じように約2倍の違いとなりました

企業も詐欺師も使っている「返報性の原理」

この「返報性の原理」は、あらゆるところで使われています。

わかりやすい例は、スーパー店頭での試食です。例えば、カルディコーヒーファームは、店頭でコーヒーの試飲サービスを展開しています。試飲してもらうことで、味を試してもらえるだけでなく、店内に長く滞在してもらうこともできます。

その際「無料で試食した」ことによる「返報性の原理」が働きます。何か買わなければ申し訳ないという意識が生まれて購買につながる可能性が高まります。

日用品の試供品提供や、化粧品売り場での美容部員による「お試しメイク」なども同じ原理で販売促進を狙います。

さらに手の込んだ方法もあります。

小学生くらいのお子さんがいる人は心当たりがあるかもしれませんが、ある通信教育企業は、お子さんの名前がプリントされた名前シールをダイレクトメールと一緒に送っています。また教材や鉛筆など、無料のサービス品も届けます。その狙いは、「返報性の原理」を利用して、入会や利用を促そうとしているのです。

大人の我々は、「タダより怖いものはない」という意識が多少ありますが、子どもはもらえるものに飛びつきやすいもの。ショッピングモールや住宅展示場などで行われる、無料の縁日イベントや抽選会にも、子どもは喜んで参加します。親が「子どもを楽しませてもらった」と感じれば、実質的な顧客である親の心に「返報性の原理」が働きます。

「返報性の原理」は、場合によって「悪いこと」にも利用されています。

例えば、「無料の厚意」をエサに相手からお返し(お金)を引き出す手法は、詐欺にも使われます

私自身も経験があります。学生時代のアルバイト先に、丁寧に仕事を教えてくれたり、親身になって話を聞いてくれたりする先輩がいました。アルバイトが終わったあと、後輩たちに食事をおごってくれることもあり、みなすっかり気を許していました。

ところがある日、「すごく面白いセミナーがあるんだけど、一緒に行かない?」と後輩たちを誘い始めたのです。「いつもお世話になっているし……」という気持ちからついていった友人に話を聞いたところ、怪しげな情報商材を売りつけるセミナーだったそうです。

いわゆるカルト宗教なども、こういった方法で勧誘しています。心理的バイアスの中には意図せずに働くものもありますが、こうした、悪い「返報性の原理」は、冷静な判断力と自覚を持って避けるようにしてください。

世界は行動経済学でできている
橋本 之克(はしもと・ゆきかつ)
行動経済学コンサルタント/マーケティング&ブランディングディレクター 東京工業大学卒業後、大手広告代理店を経て1995年日本総合研究所入社。自治体や企業向けのコンサルティング業務、官民共同による市場創造コンソーシアムの組成運営を行う。1998年よりアサツーディ・ケイにて、多様な業種のマーケティングやブランディングに関する戦略プランニングを実施。「行動経済学」を調査分析や顧客獲得の実務に活用。
2018年の独立後は、「行動経済学のビジネス活用」「30年以上の経験に基づくマーケティングとブランディングのコンサルティング」を行っている。携わった戦略や計画の策定実行は、通算800案件以上。
昭和女子大学「現代ビジネス研究所」研究員、戸板女子短期大学非常勤講師、文教大学非常勤講師を兼任。『世界最先端の研究が教える新事実 行動経済学BEST100』(総合法令出版)、『ミクロ・マクロの前に 今さら聞けない行動経済学の超基本』(朝日新聞出版)などの著書や、関連する講演・執筆も多数。
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