本記事は、橋本 之克氏の著書『世界は行動経済学でできている』(アスコム)の中から一部を抜粋・編集しています。

「能力が低い人ほど自分を過大評価する」のはなぜか?
「自分に自信がある人」ほどだまされやすい
「まさか私が引っかかるはずがない」
「自分は大丈夫」
これは、詐欺被害にあった人がよく口にするフレーズだそうです。
みなさんも聞いたことがあるかもしれませんが、詐欺師に一番引っかかりやすいのは、「自分に自信がある人」です。
災害や事件、事故が起きたときなども、「こんなことが起きるなんて怖いね」などと言いながら、なぜか自分がその当事者になる可能性については考えません。「自分はそんな目にはあわないだろう」「自分には関係ない」と思い込んでしまうのです。
こうしたときは、自分の立ち位置を正しく認識できず、「自分から見えている自分」と「他人から見えている自分」にズレが生まれています。自分では「それなりに賢いし他人の甘い言葉には耳を貸さないぞ」と思っていても、詐欺師からすると「チョロいカモだな」と思われていたりするわけです。
このようなときには「自分に対する認知のあり方」に関係する、「ダニング=クルーガー効果」が影響しているかもしれません。
成績が悪い人ほど「自分はできる」と思い込んでいる
「ダニング=クルーガー効果」とは、能力や知識が低い人ほど、自分の能力不足や他者のレベルの高さに気づかず(気づけず)、自分自身を高く評価してしまう傾向のことです。
この影響を受けることで人は、少し知識を得ただけで、その知識は全体のほんの一部でしかないのに、まるですべてを知っているかのように過信してしまいます。自分自身を過大評価してしまうのです。その結果、断片的で浅い知識に基づいた短絡的な決断を下してしまいます。
これと反対に、成果や結果があるにもかかわらず、自信や自尊心を持てないのも、やはり「ダニング=クルーガー効果」の影響です。能力が高く経験が豊富だと、自分以外のレベルの高い人についても把握できます。その結果、自分自身の能力を過小評価してしまうのです。
「ダニング=クルーガー効果」のもとになった実験を紹介しましょう。
コーネル大学のデイヴィッド・ダニングとジャスティン・クルーガー(この2人の名前を取って「ダニング=クルーガー効果」と名づけられた)は、45人の大学生を対象に、論理的思考に関する20項目のテストを行いました。
終了直後、試験を受けた大学生全員に、自分がどれだけ点数が取れたかを予想してもらい、実際の点数との差を見ます。
全体を「実際の得点」順に、上位から4グループに分け、各グループにおける「予想得点」と「実際の得点」のギャップを集計しました。
すると、最もギャップが大きかったのは、実際の得点が「最下位グループ」。つまり点数の低い学生ほど、自分を過大評価していたのです。反対に、「最上位グループ」は、自分たちを過小評価していました。
図は、「ダニング=クルーガー効果」における、「知識・経験」(横軸)と「自信」(縦軸)の関係を表しています。

1 「バカの山」……思い込みの段階
一部の知識を得ただけで、すべてを理解したと思い込み、知識や経験がほとんどないのに自信が急激に高まる。
2 「絶望の谷」……思い込みだと知る段階
「バカの山」をすぎると、自分の知識はほんの一部にすぎず、学ぶことはたくさんあると知り、すっかり自信を失う。
3 「啓蒙の坂」……自信を持ち始める段階
改めて学ぶことで成長を実感し、少し進歩できたことで自信を徐々に取り戻し始める。
4 「継続の大地」……正しく自己評価できる段階(最終地点)
さらに学びを進めることで成熟。自分の得意や不得意も理解して正しく自己を評価し、安定的に自信を持てるようになる。
入社したばかりでまだあまり仕事ができないのに、「自分はできる」と思い込んでいる社員も見かけます。もしかしたら「バカの山」の頂上で天狗になってしまっているのかもしれません。
投資初心者が、たまたま短期間で利益を得られたりすると、それがビギナーズラックにすぎないのに「自分には能力がある」と勘違いすることがあります。調子に乗って難易度が高い商品に手を出して、大損をすることもあります。
また最初だけ配当を支給するなどして、ニセの成功体験をさせる投資詐欺があります。これもまた「やはり、この投資を選んだ自分の目は確かだった」という勘違いをさせることで、さらに多くのお金を投資するよう促していると考えられます。

2018年の独立後は、「行動経済学のビジネス活用」「30年以上の経験に基づくマーケティングとブランディングのコンサルティング」を行っている。携わった戦略や計画の策定実行は、通算800案件以上。
昭和女子大学「現代ビジネス研究所」研究員、戸板女子短期大学非常勤講師、文教大学非常勤講師を兼任。『世界最先端の研究が教える新事実 行動経済学BEST100』(総合法令出版)、『ミクロ・マクロの前に 今さら聞けない行動経済学の超基本』(朝日新聞出版)などの著書や、関連する講演・執筆も多数。