本記事は、橋本 之克氏の著書『世界は行動経済学でできている』(アスコム)の中から一部を抜粋・編集しています。

仕事を「キリのいいところ」で終わらせてはいけない理由
スタートダッシュをスムーズに決めるコツ
みなさんは、1日の仕事を始めるとき、あるいはお昼などの休憩後のタイミングで、すぐに「よしやるぞ!」というスタートダッシュを切ることができますか?
また、1日の仕事を終えるとき、あるいは休憩を取る直前、「キリのいいところまでやってしまおう」「この作業を終わらせてから帰ろう(あるいは休憩しよう)」と考えたりしないでしょうか?
行動経済学には「オヴシアンキーナー効果」という、コンプリートしたくなる心理効果があります。未完成で中断したままでなく完了させたくなるというものです。
みなさんが行う作業が、「一度完結したら、二度とやらずに済むもの」であれば、この心理をうまく使い、勢いをつけて完了まで進めばいいでしょう。
ところが、日常の仕事や作業は、「一度だけ」「今日だけ」ではなく、続けて取り組まなければならないものが多くあります。
そうなると必ず「仕事の区切り」が生まれます。
仕事を区切りの良いところで終わらせて、「午前中の仕事は終わった!」「今日の仕事をやりきった!」というスッキリした気持ちで休憩に入ったり帰路についたりすると、気分的にも落ち着きますし、生産性も上がる気がしますよね。
しかし、実はここに落とし穴があります。
「キリのいいところまでやった」という状態は、「仕事がいったん終わった」という達成感や解放感につながります。実は、その「スッキリ感」が翌日や休憩後の再スタートを阻んでしまう可能性があるのです。
いついかなるときでも、スタートダッシュをスムーズに決められる方には無縁な話かもしれませんが、この「なかなか仕事のやる気が出ない」「集中モードに切り替えられない」問題の解決は、行動経済学にヒントがあります。
「キリの悪さ」が続けたい気持ちを生み出す
ヒントは、「エンダウド・プログレス効果」です。
「エンダウド・プログレス効果」とは、ゴールに向かって少しでも前進したと感じると、モチベーションが高まり、進み続けたくなる心理です。
この心理を理解する、わかりやすい実験を紹介します。
南カリフォルニア大学のジョセフ・C・ヌネスらは、一般の洗車場を使って実験を行いました。来場者は、1回の利用で1つのスタンプがもらえます。そこで、次の2種類のスタンプカードのうちどちらかを、それぞれ150人に配布しました。
A 8個スタンプが貯まれば1回洗車無料になるカード
B 10個スタンプが貯まれば1回洗車無料になるカード(ただし、事前にスタンプが2個押してある)
つまり、AもBも1回分の洗車無料を獲得するまでの回数は、「8回」で同じです。
その後3カ月間で、最後までスタンプを集めた人の割合は、Aが19%だったのに対し、Bは34%と、明らかな違いが生まれました。

スタート時にスタンプが2個押してあるだけで、集める意欲が高まったことになります。
カフェやクリーニング店などで、最初からスタンプが押されたポイントカードをもらったことはないでしょうか。
実質同じ特典であっても、あらかじめスタンプが押してあることで、顧客は「スタンプが2個も無料でもらえた」という心地のいい感情を抱きます。いわゆる「ポジティブアフェクト」が働きます。これにより、スタンプを集めよう=利用し続けようという意欲が高まるのです。
また、ゴールが近づいたり、終わりが見えてきたりすると、やる気や行動などに弾みがつくことを「目標勾配効果」と呼びます。これも、同じような効果と言えます。
進捗状況の「見える化」がやる気を後押しする
どこまで進んでいるのかが可視化されたとき、思っていたよりも進んでいると感じるとやる気が出てきます。この点を上手に利用しているのが、学習アプリやアンケート、ネット上の会員登録などで使用されている「プログレスバー」です。
「プログレスバー」とは、タスクやワークの進み具合を可視化して、現在どのあたりにいるのかを示したもの。あと少しで完了だとわかると、そのタスクやワークを最後までやり遂げられる可能性が高まります。
ネット上の会員登録では、途中で面倒になって離脱してしまう顧客がいますが、入力のスタート時点で、以前に入力した名前などが書き込まれ、プログレスバーが少し進んだ状態になっていれば離脱の可能性は格段に下がるのです。

2018年の独立後は、「行動経済学のビジネス活用」「30年以上の経験に基づくマーケティングとブランディングのコンサルティング」を行っている。携わった戦略や計画の策定実行は、通算800案件以上。
昭和女子大学「現代ビジネス研究所」研究員、戸板女子短期大学非常勤講師、文教大学非常勤講師を兼任。『世界最先端の研究が教える新事実 行動経済学BEST100』(総合法令出版)、『ミクロ・マクロの前に 今さら聞けない行動経済学の超基本』(朝日新聞出版)などの著書や、関連する講演・執筆も多数。
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