2025年3月上旬、米国のトランプ大統領は「円安が米国の製造業に悪影響を与えている」と日本を名指しで批判した。日本側は、円安是正の要求をいったんかわす格好となったが、トランプ大統領は関税引き上げを示唆し、日本政府に圧力をかけている。こうしたトランプ大統領の姿勢は、日銀の金融政策にも影響を及ぼす可能性がある。
本記事では、トランプ大統領の円安是正要求が日本の金融政策に与える影響や、今後の米ドル / 円相場の行方などについて探っていく。
トランプ大統領による円安是正発言

米国のトランプ大統領のある発言が、日本の金融業界を騒然とさせた。その発言とは、「日本や中国が (金融政策によって) 自国の通貨を押し下げることは米国にとって極めて不公平で不利益をもたらす」「日本や中国の指導者に『通貨を押し下げ続けることはできない』と伝えた」というものだ。このトランプ大統領の記者会見での発言を受け、2025年3月4日の為替市場では米ドル安・円高が進んだ。
この発言に対して石破茂首相は、同日の衆議院財務金融委員会における答弁で「トランプ大統領と為替の問題について電話で協議したのか」と質問され、「そのような (電話で協議した) 事実はない」と回答。また、加藤勝信財務大臣をはじめとした政府首脳陣も「日本は通貨安政策を取っていない」と、トランプ大統領の「日本政府は通貨安を誘導している」との主張を真っ向から否定した。
従来、日本政府は為替市場の値動きについて「投機的な動きには適切な対応を取る」とのスタンスを示してきた。実際、2022年9月~2024年の7月にかけ、急速な円安進行に対応するため、断続的に円買い・米ドル売りの為替介入を実施。この期間の為替介入額は、合計で約24兆5,000億円に上ったという。つまり、円安とは全く逆の対策を講じたということだ。
膨張し続ける米国の貿易赤字
トランプ大統領は、前述の会見で「為替の問題を簡単に解決する方法は関税の引き上げだ」とも述べている。トランプ大統領は、大統領に就任する以前から国内製造業を意識し、米ドル高について「米国にとって大惨事」と主張するなど、関税の引き上げをチラつかせて各国をけん制してきた。これらの発言の狙いは、自国が抱える貿易赤字の解消だ。
米商務省が2024年2月に発表した貿易統計によると、2024年における米国のモノの取引による貿易赤字額は、前年比14.0%増の約1兆2,117億米ドル (1米ドル149.1円換算で約180兆円) となり、過去最大の貿易赤字額を記録した2022年の約1兆1,799億米ドルを上回る水準となった。
相手国・地域別では、中国が約2,954億米ドル (同約44兆円) と最大だった。2023年には、中国からの輸入減少などにより対中赤字は前年比で約1,714億米ドル減少していたが、2024年は一転して再び拡大し、過去最大の水準に達した。
これまでのトランプ大統領の一連の言動を踏まえると、「貿易赤字=米国にとって悪」と考えていることは明白だ。日本との貿易が貿易赤字の一因になっていることは確かだが、日本を対象とした2024年の貿易赤字額は約685億米ドル (約10兆円) で、1位の中国の4分の1以下にとどまる。順位で見ると、中国、メキシコ、ベトナム、アイルランド、ドイツ、台湾に次ぐ7位である。その点で、トランプ大統領の視線の真正面にいるのは、日本ではなく中国であることがわかる。
トランプ大統領の円安是正要求が日本の金融政策に与える影響
2024年3月、日銀はマイナス金利政策をやめ、約17年ぶりの利上げに踏み切った。それ以降、2024年7月、2025年1月と断続的に利上げを実施。利上げを継続する主な理由は、日本国内のモノやサービスの価格上昇、特に食品価格上昇の抑制だ。
日銀の植田和男総裁は、2025年3月下旬の衆議院財務金融委員会で、食品の値上がりに対し「一時的なものであれば金融政策で反応すべきではない」とした。一方で、「食品価格の上昇が他のモノやサービスの値上げにつながり、インフレが広がる場合には、さらなる利上げで対応する可能性もある」と発言。これまで植田総裁は、「経済や物価の見通しが実現すれば政策金利を引き上げる」ということを繰り返し述べている。
日銀の利上げ政策を背景に、為替相場ではジワジワと円高が進行中だ。2025年3月、植田総裁は基調的な物価上昇の目標である2%まで「もうちょっとだと考えている」と発言。一方で、トランプ大統領の関税引き上げによって「経済や物価の見通しの不確実性が高まっている」との不安を述べた。
トランプ大統領からすれば、「日本の利上げペースは遅すぎる」ため、関税引き上げを材料に日銀の利上げを促し、為替相場を円高・米ドル安に誘導したいのだろう。植田総裁からすれば、経済や物価上昇の不確実性が高まるなか、「もうちょっと」の利上げ実現に向けて、トランプ大統領の円安是正要求が“闇夜の提灯”となる可能性もある。
トランプ大統領の言動を注視する必要
トランプ大統領の就任以降、為替相場は関税引き上げなどの施策を織り込みつつある。「物価や経済指標を注視しつつ、利上げを進めていく」という日銀の方針に変わりはないが、2025年3月下旬の「自動車の関税引き上げ表明」によって、米ドル / 円相場は151円台から149円台まで円高・米ドル安が進むなど、トランプ大統領の政策や発言は為替相場にも影響を与えている。
今後、日銀が利上げ政策を続ければ、中長期的には円高・米ドル安の傾向が強まる可能性がある。その一方で、為替相場に対するトランプ大統領の発言の影響が、一時的なものか、あるいは中長期的に及ぶものなのかは、現時点では断言できない。
これまでの言動を見ると、トランプ大統領が世界を翻弄し続けることは容易に想像できるため、今後もトランプ大統領の言動や、それによる為替相場への影響をチェックし続けることが必要だろう。
為替相場を左右するのは金融政策だけではない
米ドル / 円相場は、日銀の利上げ継続の方針を織り込みつつあり、円高傾向になっている。ただ、2025年1月には160円近くまで円安に振れる場面もあったことを考えると、いまのところ一方的な円高とはいえない。
とはいえ、トランプ大統領が今後も貿易相手国に対して通貨安是正の要求を続ければ、日銀が対応せざるを得なくなる可能性もあるだろう。為替相場の行方を占ううえで、トランプ大統領の発言が引き続き大きなカギを握りそうだ。
(提供:大和ネクスト銀行)
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