この記事は2025年4月1日に「第一生命経済研究所」で公開された「自動車関税で幅広い経済に影響が出るワケ」を一部編集し、転載したものです。

自動車関税発動による自動車減産
金融市場全体の不確実性が増している。トランプ米大統領が自動車関税発動に動くとのサプライズがあり、リスク心理が悪化しているためである。仮に自動車関税発動により米国向けの自動車輸出が減少し、日本経済を牽引してきた同産業に打撃が及べば、サプライチェーンを通じて他の産業にも波及し、国内経済の大きな足かせになる可能性がある(図表1)。

事実、足元までの我が国の自動車産業は日本経済を牽引してきた。海外経済が比較的好調だったことに加え、円安が輸送用機械の輸出を促進させ、名目GDPにおける輸送用機械産業のシェアは上昇傾向にあった(図表2)。

こうしたなか、自動車関税発動により、米国向け輸出のシェアが高い自動車の生産や出荷が低迷すれば、海外への輸出のみならず、生産工場等の設備投資や雇用者報酬の抑制等を通じて、日本の景気回復の足を引っ張る可能性があり、自動車部品をはじめとして鉄鋼、ガラス、電子部品など関連する産業を中心に悪影響をもたらすことも考えられる。
最も裾野の広い自動車産業
近年の国内乗用車生産台数の推移を見ると、2023年には日本国内で776万台が生産されていたが、2024年は不正検査・認証問題やその後の対策遅れなどにより714万台にまで減少している。
特に乗用車は、自動車部品をはじめとして鉄鋼、ガラス、電子部品など関連する産業が多く、裾野の広いことからすれば、関連産業の生産も減少させ、いわゆる経済波及効果が大きくなる。そのため、自動車各社が自動車関税強化により国内減産を余儀なくされれば、それを通じて国内企業の各種生産を押し下げることが懸念される。
事実、2020年の産業連関表(総務省)に基づけば、乗用車に対する需要額が1単位増加すると、関連産業も含めた生産額が2.74単位増えることになり、187部門中で2番目に生産誘発効果が大きいことが確認される(図表3)。

こうした自動車産業の波及効果が大きい理由は、その生産構造を見ることで明らかになる。実際、産業連関表で乗用車の生産誘発係数2.74の業種別内訳をみると、「自動車部品・付属品」が0.83、「卸売」「プラスチック製品」が0.08、「産業用電気機器」が0.07、「その他の対事業所サービス」が0.06、「銑鉄・粗鋼」「熱間圧延鋼材」「電気」が0.04、「冷延・めっき鋼材」「道路貨物輸送」0.03となる(図表4)。
こうした波及経路が存在することが自動車産業の裾野の広さになっており、他の産業への影響力を高める要因となっている。

10%の国内自動車減産でGDP▲5兆円
以上を踏まえ、ここでは自動車産業の国内生産が▲10%減少した場合の影響について簡便的に試算してみた。
まず、2005年以降の時系列データを用いて、経済成長率に対する国内乗用車生産弾性値を計測すると0.0891となる(図表5)。つまり、国内乗用車生産が1%変化すると経済成長率(国内総生産、実質GDP)が約0.09%変化することになる。今後もこの関係が続くと仮定すれば、国内乗用車生産が10%減少すると、経済成長率は▲0.9%押し下げられることになる。

しかし、これらの減産の影響は経済成長率の低下を通じて、国内の雇用も減少させることになる。そして、同様に2005年以降の時系列データに基づけば、国内自動車生産が1%変化すると1年後の就業者数を0.008%変化させる関係があることから、結果的に国内自動車生産が10%単位で減産となると、国内の就業者数は▲0.08%の減少につながることになる(図表6)。

これらの結果を踏まえれば、国内乗用車生産の10%減少は年間の実質GDPを▲5兆円押し下げることになる。また、このような自動車産業の国内生産10%減少の影響は雇用にも及び、1年後に▲5.4万人の就業者数減と計算される。
求められる石破政権の積極的な交渉
以上みてきた通り、トランプ政権返り咲きによってある程度の追加関税が不可避と予想される中、その展開次第では国内自動車生産にさらに影響が及ぶ可能性もあり、それは日本経済の成長を大きく左右しよう。
こうした中、前回のトランプ政権時にも2019年の日米貿易交渉にて自動車関税の引き上げを通達されたが、当時の安倍政権は農産物関税の引き下げを提案し、自動車への追加関税を回避した経験がある。
しかし、今回の日米交渉を見ると、政府は米国の担当官僚らに対して追加関税の除外を直談判しているが、交渉が難航している。背景には、石破政権が第二次安倍政権時ほどトランプ大統領との個人的な関係ができていないことが影響しているかもしれない。また、石破政権の看板政策が地方創生であることからすれば、農産品の輸入関税を下げるとなると、日本の農家からの反発が不可避となるため、農業分野への配慮がかなり強いこともあろう。
ただ一方で、今回も米国からの輸入の14%以上を占める農産品市場の開放を進めれば、米国が交渉に乗ってくる可能性は否定できないだろう(図表7)。従って石破政権は、国内の食料品価格高騰を抑制するといった側面からも積極的な提案をし、自動車への追加関税を回避することが求められよう。
