この記事は2025年4月4日に「第一生命経済研究所」で公開された「自滅に向かう選択、トランプ関税」を一部編集し、転載したものです。

ブロック経済への失敗
トランプ大統領は、相互関税を発表し、その根拠として相手国が高い関税をかけるから、米国も高関税をかけて対抗するのだとしている。日本は、「実質的に46%を米国の輸入品にかけている」と説明された。この数字は、非関税障壁も含めて米国が課されている関税率だという。全く恣意的な数字である。その半分に相当する24%を日本にかけると判断したらしい。また、コメには700%の関税率がかかっているとも紹介している。これも現状と異なる。対米輸入への適用関税率は、平均で3%台と低いレートである。
筆者は、これは1858年の日米修好通商条約以来の不平等条約であり、明治期の日本政府のように是正に努力と時間を費消するのではないかと心配している。トランプ関税が何をもたらすかは、歴史上の失敗の教訓が教えてくれるという見方もある。象徴的なのは、1930年のスムート・ホーリー法である。共和党のフーバー大統領は、国内産業保護のために、農産物・工業製品の関税率を引き上げる高関税政策を採った。それは貿易相手国との関税率引き上げ競争を招いて、結局は米国の輸出入を激減させた。今のトランプ大統領は、このフーバー大統領に似ているという見解もある。
フーバー大統領と言えば、1929年の大恐慌開始から経済政策の失敗で悪名を残し、次の民主党出身のルーズベルト大統領のニューディール政策の引き立て役になった大統領である。歴史の教科書では、スムート・ホーリー法が世界経済のブロック化を引き起こしたとされる。第二次世界大戦後のGATT(1947年設立)は、その反省から生まれ、自由貿易主義は1995年設立のWTOに引き継がれている。
保護主義の失敗
関税率を引き上げて、自国産業が復活するのであろうか。経済学では、幼稚産業の保護に限って正当化される。鉄鋼、自動車など成熟化した産業で実施しても、衰退するばかりだ。逆に、トランプ大統領が2029年1月に政権を去った後も、高関税を撤廃すると事業継続ができなくなり、将来もこの保護政策が継続する羽目になりそうだ。また、最適関税理論というのもある。大国が高関税をかけると、輸入価格が下落して交易条件が改善するという考え方だ。しかし、相手が報復関税をかける関係性を考えると、お互いに高関税をかけ合って割高な製品を国民が買わされる失敗に陥る。ゲーム論の「囚人のジレンマ」に陥る失敗例としてよく登場する。
偉大な米国からの脱落
米国の輸出相手国には、同盟国も多い。同盟国から高関税を徴収して貿易メリットを奪うことは、外交的な離反を招くことも警戒される。例えば、台湾は32%の相互関税をかけられる。このような扱いを受けた台湾は、有事の時にトランプ政権が介入してくれると頼りに思うだろうか。国内世論も、反米に傾くだろう。
世界各国の貿易取引をみると、アジア、オセアニア、南米には中国を輸出相手国の首位にする国々が多い。そうした国々は、米国向け輸出が不利化して、中国との取引を強化するだろう。
また、グリーランドやウクライナとの関係では、トランプ大統領は相手国の鉱物資源に強い興味を示した。その権益を米国のものにするような発言もあった。先進国の間では、領土的な野心を前面に出す首脳は永らく皆無だったが、トランプ大統領はそれに似た言動がある。当然ながら、米国とディールをする国々はそうした思惑を強く警戒するだろう。これは、米国が今まで推進してきた国際秩序を守るという立場を疑わせるものではないだろうか。そうした数々の所業は、「偉大な米国の再現」とは180度反対の結果をもたらすだろう。
通貨安競争の懸念
相互関税の実施を受けて、各国では報復関税を検討すると報道されている。これは、まさしく関税引き上げ競争の入り口にやってきた印象を抱く。トランプ大統領が相互関税の根拠として示した「米国が実質的にかけられている関税率」に、いずれの国々も納得していないからだ。
これで、いくつかの対米依存度の高い国々は、通貨切り下げに少しずつ動くのではなかろうか。自国通貨を切り下げれば、関税率の負担をいくらか軽減できる。代償として、輸入価格が上昇することは甘受する。こうした流れは、日本にも、緩和的な金融環境を強める圧力になっていく。例えば、A国が通貨を切り下げると、日本の円は対A国通貨で円高になる。もしも、A国、B国、C国と次々に通貨切り下げを行うと、日本も同調して通貨切り下げに動く圧力が生じる。
さて、このとき、米国はどう行動するのか。今のところ、ベッセント財務長官は強いドルを堅持する構えだと考えられている。ベッセント財務長官と言えば、前職のときポンド安、円安で巨利を稼いできた経験がある。通貨変動に関しては、十分な知見を持っているだけに、翻意したならばどうなるか、少し怖いところがある。
筆者は、今まで「第二のプラザ合意」という噂は全く現実味のないものだと思ってきた。しかし、相互関税を見て、その可能性は決してゼロではないと考えるように変わった。貿易赤字を強制的にリセットするために、高すぎるドル価値を一気に切り下げて、貿易収支の均衡を図るような荒技も、各国が次々に通貨安誘導に動いていく反応を米国がみたならば、内々に検討していく可能性もあることを警戒しておく方がよいだろう。
万一、米国がドル切り下げを実施したときは、各国は通貨高に向かい、それこそ対米輸出価格の引き上げを一気に進めることを強いられる。米国は輸入物価が相互関税分以外の要因で上がることになる。米国にはインフレ要因だ。そして、各国がドルを保有する誘因を失い、その代わりにドル保有リスクを意識するようになる。これこそ、米国のドル体制が崩壊する悪魔的な選択になる。