この記事は2025年4月7日に「第一生命経済研究所」で公開された「経済対策・私案:トランプ関税への対処」を一部編集し、転載したものです。


関税
(画像=addymawy / stock.adobe.com)

目次

  1. トランプ関税の影響
  2. 一時的な減税策
  3. 政策コストの考え方

トランプ関税の影響

相互関税24%と自動車関税25%が対米輸出に適用されると、日本の輸出が減ることが警戒される。筆者は、ここで激変緩和措置が必要になると考えている。この発表があって、各種報道や発言に少し首をかしげることがある。日本の輸出企業が、米国での現地生産を増やし、輸出を減らすことで、関税適用の難をかわそうという話である。また、輸出企業の中には米国での値上げはないという方針も耳にする。こうした対応を採る場合には、日本経済へのマクロ的なダメージが生じる公算が高い。日本からの対米輸出がより大きく減ることで、国内生産が減るからだ。米国の現地生産へのシフトは、輸出減を通じて、国内取引先にデフレ作用としてしわ寄せされる。トランプ関税分をすべて米国の消費者に価格転嫁すれば、輸出数量が減ることもあるが、相対的にダメージは少なくなる。今後、波及してくる経済悪化に歯止めをかけるためには、輸出企業には輸出数量を維持して、価格転嫁を進めてもらわなくていけない。これが相対的にダメージを拡散させないための対応であろう。

このように問題設定をすれば、次に経済対策として何をすべきかが見えやすくなる。今、わかりやすい事例として自動車メーカーを想定して、25%の関税率をなるべく現地で価格転嫁してもらうことを考えたい。おそらく、ここで価格転嫁すべき25%は一気に値上げするには大き過ぎる値幅である。だから、激変緩和措置が必要になる。本当は、このコストアップが徐々に進むことで、自動車メーカーは価格転嫁がしやすくなる。逆に、価格転嫁ができないと、その負担分が自動車メーカーの収益を圧迫して、取引先にデフレ作用をもたらす理屈になる。

日本政府が警戒すべきことは、このデフレ作用をどう拡散させずに、早急かつ効果的に封じ込めるかである。問題設定を間違えないように心掛けてほしいものだ。

一時的な減税策

筆者は、無闇に財政的なばらまきをする必要はないと考える。2025年度に、再び住民税非課税世帯に給付金を散布しても、トランプ関税の痛みとはあまり関係ない。政府の物価対策には、痛みが生じた後にそれを補填するものが多いように見える。むしろ、痛みが生じる手前で、打撃の拡散を封じる方が望まれる。具体的に、危機を封じ込めるには、トランプ関税24%ないし25%の経済負担を部分的に軽減して、対米輸出への価格転嫁を徐々に図っていくための輸出企業サポートが必要だろう。対米輸出企業は、輸出分の消費税分について輸出還付金を受け取っている。輸出相手国が課している間接税があるので、国内で課している間接税の部分を還付するのがフェアだという考え方である。この輸出還付金を1年目は3倍にして、2年目2倍、3年目1倍へと元に戻していくというのはどうだろうか(還付金の倍率の幅・適用期間は異なる値でもよい)。支援実施の前提は、大手企業の場合は国内生産を減らして、米国現地工場への生産シフトを1・2年目はしないことが条件になる。そうやって時間稼ぎをして、輸出関連の中小企業などにも2年間の準備期間を与える。もしも、輸出企業が価格転嫁を進めることが順調にできれば、国内生産は相対的に減らされずに済む。これは飽くまで時限的な措置で、相互関税等がなくなれば、輸出還付金は元の枠組みに戻すことにすればよい。

政策コストの考え方

輸出還付金の補助をどのように考えればよいかを示しておこう。まず、トランプ関税の相互関税が24%になるとすれば、2024暦年の対米輸出21.3兆円の24%に相当する5兆円強(=21.3兆円×24%)が追加的な税負担になる。自動車・自動車部品に25%で、それ以外に24%という内訳を加味すると、大まかに5.18兆円の負担増となると計算できる。

これに対して、従来1年間での輸出還付金は、製造業について1.68兆円だと試算できる(製造業の輸出分の売上原価に10%の税がかかる前提)。2025年度は輸出還付金を3倍にすると、約5兆円の支援額になる。それは段階的に下がっていく。輸出企業は、価格転嫁を進めることで、この輸出還付金を受け取りながら、収益面での打撃を和らげることができる。この場合、海外生産へ国内生産をシフトさせる判断をすれば、その企業への付加的な輸出還付金の支給は見合わせるのがよい。ここは難しい判断を迫られる。

また、この政策を通じて、税金を輸出企業に還元することだから、国民からの反発が予想される。すでに支給されている輸出還付金を除くと、2025・2026年度に亘る税収減少は約5兆円にもなる。しかし、他の政策でトランプ関税とは直接関係の深くない部分に、それ以上の財政資金を投じるよりは規模・効果の面でよりましだと思える。

何より、トランプ関税は輸出企業にとって「天災」である。製造業が2025年度に支払う法人税(国税分)は全体(予算ベース19.2兆円)の1/3近くに相当する6.3兆円だと見積もることができる。トランプ関税で米国に5.18兆円を支払うのならば、その一部を激変緩和措置として支援し、米国の消費者に価格転嫁するまでの猶予を与え、日本国内へのマクロ的なショックを和らげる方策としてもよいと考えられる。

第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生