この記事は2024年4月11日に「第一生命経済研究所」で公開された「相互関税10%でも貿易戦争は激化」を一部編集し、転載したものです。

日本はトクしていない!
相互関税で劇的に下落した日米株価は、関税率を90日間ほど10%に引き下げる対応によって、一旦は急上昇した。しかし、株価はまだ乱高下の展開中である(図表1)。金融市場では、安堵感が広がったが、筆者はこの楽観を強く警戒している。まず、相互関税を当面10%にしたとはいえ、米中間ではお互いの報復関税を引き上げて、両国経済への打撃はより大きくなっている。4月11日時点で、米国は対中輸入に145%(10日時点125%)の関税率を課し、対する中国は報復関税を84%まで引き上げる構えをみせている。こうした関税率引き上げの応酬は、米国にとってインフレ要因であり、米長期金利は上がってしまった。

日本は米中貿易戦争の悪影響を受けるだろう。日本の輸出先シェアは、米国が19.9%(21.3兆円、2024年実績)で、中国・香港は22.7%(22.7兆円)になる。両者を併せて日本の輸出の42.6%である。米中貿易戦争が両国経済にダメージを与えると、その結果、日本の輸出先の4割強の部分に減少圧力がかかることになりかねない。
また、相互関税が当面24%→10%になったとしても、日本の対米輸出に追加的にかかる関税額を計算すると、5.2兆円→3.4兆円へと▲33.7%の圧縮にしかならない。これは、対米輸出21.3兆円のうち自動車関連(8.8兆円)の部分に25%の追加関税がかかり続けるからだ。ざっと計算すると、24%→10%になるのは自動車関連以外の対米輸出額12.5兆円に限られる。実額で▲1.75兆円に過ぎない。だから、90日間の免税措置のインパクトは意外に小さいとみた方がよい。
トランプ流の交渉術は、いつも最初に恐れさせておいて、次に安心させて、再び脅しをかけるということを繰り返す。日米株価は一時的に盛り返しているが、これは「いつものトランプ流」に乗せられているだけだと思っておいた方が無難だろう。
誰がトランプ関税を負担するのか?
ところで、当面の関税3.4兆円は誰が負担するのだろうか。原理的には米国の消費者が、価格転嫁されたこのトランプ関税を負担することになる。日本からの輸出品にトランプ関税(+3.4兆円)が上乗せされて、それを日本の輸出企業が米国での販売価格に転嫁する。問題は、こうした価格転嫁が速やかには実施できないケースである。米国での販売価格を引き上げられないときは、輸出企業が採算を悪化させる格好になる。すると、輸出企業は、日本国内で各種の仕入価格、様々な経費を切り詰めて採算悪化を吸収しようとする可能性がある。取引先にコストダウンを強いると言えばわかりやすい。
しかし、今回、そうした対応を輸出企業は採れるだろうか。2022年頃から原材料コストなどの高騰が始まり、中小企業では川下に居る大企業(含む輸出企業)に価格転嫁を求めている。中小企業庁や公正取引委員会は、大企業などが中小企業の値上げを拒絶することなどに厳しい監視を行っている。この姿勢は、トランプ関税が課されたとしても不変であろう。
そうすると、大企業は国内取引先にコストダウンを強く求めることができなくなり、採算悪化をかぶるケースが多くなる可能性がある。もちろん、時間をかけて米国の消費者に価格転嫁をしたり、国内取引先に効率化を求めていく流れは変わらないと思える。だから、90日間は相互関税が10%で、それ以降は24%という扱いであったとしても、輸出企業が採算悪化を短期的に強いられる図式はいずれにしろ変わらない。株価が企業の将来配当の増加を見越して上下動すると考えると、「90日間だけ相互関税は10%」という見直しは、本質的に将来配当を改善させるものではないと理解できる。
自動車関税25%はそのまま残る
日本経済には、相互関税もさることながら、自動車関税25%の悪影響が大きい。貿易統計では、2024年実績で自動車・部品の対米輸出額は7.2兆円である。ここに25%の関税率がかかる状態は、相互関税が10%に据え置かれる90日間でも継続される。より厳密に言えば、25%がかかるのは、この自動車・部品に加えて、原動機(1.1兆円)と二輪車(1,200億円)、そして鉄鋼等(3,000億円)があると考えられる。予想される年間の追加関税額は2.2兆円(=8.77兆円×25%)と計算できる。この規模感はそれほど小さいものではない。法人企業統計年報の2023年度の税引前当期純利益は、自動車・同付属品では10.2兆円である。ここに鉄鋼業の利益(1.4兆円)を加えると、11.6兆円である。トランプ関税2.2兆円は、税引前当期純利益の19.0%に相当する。法人企業統計年報では、法人税・住民税・事業税といった企業収益への直接税負担は2023年度2.2兆円になるとされている。イメージとしては、法人税等の負担が約2倍になるインパクトである。自動車産業には、これを米国での輸出車の価格転嫁を十分に進めない限りは、一時的とはいえ、収益の大きな下押し要因になると考えられる。株価が下がってもおかしくない。
日本の輸出数量全体の動向をみると、輸出先別の輸出数量では米国向けが伸びていた(図表2)。中国、EUなどが伸び悩んでいる中で、自動車を中心にして米国向けが独り気を吐く存在であった。日本の輸送機械工業の輸出・国内出荷の指数をみても、このところ輸出指数が大きく伸びていた(図表3)。そうした状況下でのトランプ関税は、痛恨の極みに思える。


経済対策の迷走
筆者は、日本政府がトランプ関税に備えて経済対策を検討している動きは合理性があると感じる。これから訪れる経済ショックには、なるべく先手を打った方がよい。
しかし、新聞報道では「国民1人あたり3~5万円の給付」という案が浮上しているとされる。給付金・減税という対策が飛び出してくる発想は、何か勘違いをしているような気がする。トランプ関税による経済悪化の波及を止める発想ではないからだ。参議院選挙が近いとしても、国民はトランプ関税対策として減税・給付金を賢明な対応だと認めるだろうか。出血しそうな身体の部位とは違うところに、包帯を巻いてもどうしようもないという気がする。今、やるべきことは、トランプ関税がすでに25%発動されている自動車・部品、鉄鋼・アルミ、それから相互関税10%の対米輸出企業への支援だろう。そうしたターゲットにきちんと絞った支援が行き渡るようではないと、傷口からどんどん出血するばかりである。ここは、石破政権の経済センスが試されるところだ。参議院選挙を前にして、国民はきちんと見ている。政府が適切な対応を打つのかどうかに注目していると思う。