この記事は2024年4月25日に「第一生命経済研究所」で公開された「ガソリン価格10円引き下げの影響」を一部編集し、転載したものです。

ガソリン価格の10円引き下げへ
石破首相は4月22日に、ガソリン補助金の新制度を導入することを表明した。1リットル当たりの価格をガソリン、軽油で10円、灯油、重油で5円、航空機燃料で4円、それぞれ引き下げるとしている。実施は5月22日からであり、終了のタイミングは未定である。
現行制度と新制度の違いは、「小売価格の上限を固定するか、補助金額を固定するか」という点にある。ガソリンを例にとると、現行制度では全国平均価格が概ね185円/ℓを上回ることがないように補助金を支給する仕組みとなっている。たとえば、補助金が無い場合に想定される価格が220円である場合には補助金が35円、200円の場合には補助金が15円、185円以下の場合は補助金はゼロとなる。つまり、(補助金が無い場合に想定される価格が185円以上のケースでは)ガソリン価格の変動に応じて補助金額を調整し、小売価格が185円を大きく上回らないようにする仕組みとなっている(*1)。
*1:補助金が無い場合に想定される価格が185円以下の場合には、補助金のありなしで価格は変わらない(補助なし価格の下落に応じて小売価格は低下する)。
一方、新制度では、補助金額を10円で固定する形となる。仮に補助金が無い場合に想定される価格が220円である場合には小売価格は210円、185円の場合には小売価格は175円、175円の場合は小売価格は165円となる。補助金が固定されていることから、現行制度とは異なり小売価格が上下ともに変動することになる。
そのため、仮に原油価格の下落や円高の進展により補助金が無い場合のガソリン価格が195円以下に下落した場合、現行制度よりも小売価格は下がる一方、原油価格の急騰等で補助金が無い場合のガソリン価格が195円以上に上昇した場合、新制度では小売価格が185円を上回ることになり、現行制度よりも消費者の負担が増すことに注意が必要である。
ちなみに現在は、補助金が無い場合のガソリン価格が概ね185円程度、補助金も概ねゼロ近傍となっている(4/17~23の補助金はゼロ、4/24~30の補助金は0.9円)。そのため、仮に補助金がない場合の価格が現状の水準で推移した場合、新制度における小売価格は175円程度まで低下し、現行制度から10円程度引き下がることになる。24年12月に補助金縮小によってガソリン価格が175円→185円へと上昇する前の水準まで戻る形である(*2)。
*2:24年12月18日まではガソリン価格は1リットルあたり175円が目安とされていたが、補助金の縮小により12月19日以降は180円、25年1月16日以降は185円へと目安が変更された。
なお、新制度の実施にあたっては、急激な価格変動を防止するため、5/22の週には5円の引き下げにとどめ、その後は1週間ごとに1円ずつ段階的に引き下げていくことが想定されているようだ。

CPIコアを▲0.15%Pt押し下げ。円高要因もあり物価は鈍化へ
次にCPIへの影響を考える。補助金制度の対象となっているのはガソリン、灯油、軽油、重油、航空機燃料であるが、このうち消費者物価指数に採用されているのはガソリンと灯油だけであるため、この2品目のみの影響を見れば良い(軽油、重油、航空機燃料の価格は消費者物価指数に反映されない)。
前述のとおり、この先原油価格や為替レートの水準が変化しないと仮定すれば、ガソリン価格は10円、灯油価格は5円下落する。これは、ガソリン価格で▲5.4%程度、灯油価格で▲3.9%程度に相当する。これを元に計算すると、CPIコアは現在の補助金制度が続いていた場合と比較して▲0.15%Pt程度押し下げられることになる。
また、石破首相は、ガソリン価格引き下げに加えて、夏場の電気・ガス代引き下げについても実施する意向を示している。引き下げ幅の詳細は未定だが、25年7月使用分から9月までの期間限定で補助を行うとされている。これにより、8月~10月のCPIは押し下げられることになるだろう。
物価は現在、食料品価格の大幅上昇によって上振れが続いているが、こうしたガソリン、灯油価格の定額引き下げ、電気・ガス代への期間限定補助といった要因が夏場にかけての下押し要因となることが予想される。加えて、原油安や円高の進展によりコスト上昇圧力が今後弱まることが予想されることの影響も大きい。これまでの物価上昇はコストプッシュによるところが大きかっただけに、円高によって輸入物価が落ち着けば、その分物価は鈍化しやすくなるだろう。25年6~7月頃にはCPIコアが+3%を割り込み、その後も比較的速いペースで上昇率の鈍化が進む可能性が出てきたことに注意しておきたい。
暫定税率の取り扱いは?
今回導入されるガソリン価格の定額引き下げが、暫定税率(当分の間税率)廃止の議論に繋がる可能性があることにも注意したい。
現行制度の場合、暫定税率を廃止(+補助金終了)すれば、ある程度の混乱は避けられないところだった。仮に価格が高騰しており補助金が大きいタイミングであれば、暫定税率廃止による引き下げ(25.1円)を補助金終了による上昇が上回り、むしろ価格が上昇する可能性もある。逆に、補助金額が小さいタイミングで暫定税率廃止を行えば、価格が急激に下落し混乱が生じることになる。
一方、新制度の場合、暫定税率を廃止した場合でも混乱が抑制される可能性がある。たとえば、仮に暫定税率廃止が決まった場合、廃止予定日のタイミングから逆算して補助金額を段階的に増額することが考えられる。補助金に応じて価格も段階的に下がるため、暫定税率廃止のタイミングで急激に価格が変動することは回避できるだろう。駆け込みやその反動といった混乱も防ぐことができる。
財源確保の問題がネックとなり、暫定税率廃止の議論は大きくは進んでいない模様だが、仮に今後、トランプ関税の影響等で景気が下押しされた場合、さらなる家計支援が必要との議論が盛り上がる可能性はあるだろう。今後の議論の行方に注目しておきたい。