この記事は2024年6月4日に「第一生命経済研究所」で公開された「出生率低下、打開策はあるか?」を一部編集し、転載したものです。


物価高
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目次

  1. 実質賃金は4ヶ月連続で減少
  2. 所定内給与の振れをどう解釈するか
  3. 25年後半に実質賃金はプラス転化か。26年春闘は不透明感強い

実質賃金は4ヶ月連続で減少

本日厚生労働省から公表された25年4月の毎月勤労統計では、現金給与総額が前年比+2.3%と、前月から上昇率に変化はなかった。また、名目賃金から物価変動の影響を除いた実質賃金で見ると同▲1.8%(25年3月:同▲1.8%)と4ヶ月連続の減少となっている(*1)。また、より賃金の伸びの実勢を示すとされている共通事業所ベース(*2)の現金給与総額は同+2.6%(25年3月:同+2.7%)と前月と同程度の伸びとなり、実質賃金(*3)では同▲1.5%とこちらも4ヶ月連続で明確な減少となっている(図表1、2)。名目賃金は上昇しているものの、食料品価格の高騰などで物価がそれ以上に上振れていることから、賃金の上昇が物価上昇に追い付かない状況が続いている。

*1:消費者物価指数の「持家の帰属家賃を除く総合」で実質化した値。ちなみに「総合」で実質化した値は前年比▲1.3%(3月:同▲1.2%)。減少幅こそ多少異なるが、こちらも4ヵ月連続のマイナスである。詳しくは「二つの実質賃金」についての雑感 ~追加系列では0.6%ポイント程度高く算出される見込み~ | 新家 義貴 | 第一生命経済研究所を参照。

*2:報道等で言及されることが多い「本系列」の値は、調査対象事業所の部分入れ替えやベンチマーク更新等の影響により攪乱されるため、月次の賃金変化の動向を把握することには適さない。多くのエコノミストは、1年前と当月の両方で回答している調査対象のみに限定して集計された「共通事業所」の前年比データを重視しており、日本銀行も賃金動向に言及する際にはこの値を用いている。

*3:共通事業所系列の実質化については様々な議論があるが、ここでは簡易的に「共通事業所ベースの名目賃金前年比-持家の帰属家賃を除く総合の前年比」を共通事業所ベースでみた実質賃金とした。

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所定内給与の振れをどう解釈するか

一般労働者の所定内給与(共通事業所ベース、以下同じ)は前年比+2.5%となった。2月が同+2.0%、3月が同+2.1%と、それまでの+3%弱ペースから大きく鈍化していたことから注目されていたが、4月は一定程度のリバウンドがみられた。3月の労働時間はなぜ減ったのか ~3月分にもうるう年要因の裏の影響が?~ | 新家 義貴 | 第一生命経済研究所で指摘したとおり、2月と3月については前年のうるう年要因の裏が出たことで所定内労働時間が減少しており、この影響で所定内給与も下振れていた可能性が高そうだ。4月はこの影響が解消されたことで伸びが高まっている(図表3、4)。

ただ、4月は上昇率が拡大したとはいえ、それでも前年比+2.5%と、1月以前の+3%弱の軌道にまでは戻っていないことが気にかかる。4月分確報の結果も見る必要はあるが、2月以降の動きをうるう年要因だけで説明することも難しそうだ。

一つ考えられるのがサンプル要因だ。サンプル入れ替えによる数値の攪乱は、本系列ほどではないにせよ、共通事業所系列でも生じうる。たとえば共通事業所ベースの卸・小売業では、所定内給与が24年12月の前年比+2.8%から、25年1月には同+0.7%(4月は同+1.1%)へと急低下しており、サンプル要因による下振れが疑われる状況である。このことが4月分でも戻りが限定的であったことの一つの要因なのかもしれない。

全体の一般労働者の所定内給与でみれば25年1月分は前年比+2.9%と強いことなど、サンプル要因として説明するには釈然としないところもあり(*4)、明確な回答は筆者もできない状況である。実際、4月の伸び悩みは単月の振れに過ぎない可能性も否定はできない。現時点では、2月以降の所定内給与の不自然な動きはうるう年要因とサンプル要因、単月の振れによる複合的なものと暫定的に評価しておきたい。4月分の確報や5月分以降の結果をみて改めて判断したい。

*4:サンプル要因であれば、1月分から影響が出るのが自然。

このように、足元の所定内給与の動きの解釈は難しい。だが、春闘の結果は主に所定内給与に反映されるだけに、今後の賃金動向を占う上で避けては通れないところでもある。日銀が今後、この点についてどういった解釈をするかが注目される。

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25年後半に実質賃金はプラス転化か。26年春闘は不透明感強い

25年春闘では、歴史的な賃上げと言われた24年春闘をやや上回る賃上げが実現したが、この結果は、4月分時点ではあまり反映されていないことにも注意する必要がある。厚生労働省の調査によると、改定後の賃金の初回支給割合は、4月15日まででは5%程度に過ぎず、5月15日までの支給でようやく5割程度に上昇、その後も7~8月にかけて反映が進んでいく形となっている(図表5)。そのため、今後5月~8月にかけて春闘の結果が実際の給与に反映されることで、所定内給与の伸びはやや高まっていく可能性が高いと思われる。

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実質賃金は、目先減少が続いた後、秋以降にプラスに転じると予想している。25年度も賃上げが持続することに加え、物価が鈍化することがその理由だ。

物価については、目先上振れた後、鈍化に向かうと予想している。足元では食料品価格の高騰を主因として物価上昇率は高止まりを続けているが、政府は物価高対策としてガソリン・灯油価格の定額引き下げ、電気・ガス代への期間限定補助などを実施することを表明しており、これらが夏場にかけての物価下押し要因となることが予想される。加えて、原油安や円安修正の進展によりコスト上昇圧力が今後弱まることが予想されることの影響も大きい。これまでの物価上昇はコストプッシュによるところが大きかっただけに、円高によって輸入物価が落ち着けば、その分物価は鈍化しやすくなるだろう。こうした賃上げの持続と物価の鈍化により、25年秋には実質賃金が前年比でプラスに転じる可能性が高いと予想している。

一方で懸念されるのは26年春闘だ。25年春闘では24年に続いて歴史的な賃上げが実現したが、関税引き上げによる日本経済への悪影響度合い次第では、26年の賃上げ率が大きく鈍化しかねない。これまでの賃上げの原動力となった人手不足には構造的な面も大きいことから、一定程度の賃上げは実施せざるを得ないとみられるが、仮にトランプ関税による25年度の企業業績への悪影響が大きければ、賃金の伸びは24、25年と比べて抑制されることになるだろう。前述のとおり物価については鈍化が予想されるものの、そもそもの賃金上昇率が鈍化してしまえば元も子もない。25年後半に実質賃金が増加に転じる一方、26年度も実質賃金の増加が続くかどうかについては不透明感が残る。

第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 田中 理