カンブリア宮殿,古谷乳業
(画像=テレビ東京)

この記事は2025年7月24日に「テレ東BIZ」で公開された「日本酪農発祥の地 千葉発 大手に負けない強さの秘密」を一部編集し、転載したものです。

目次

  1. ジェラート&カレーが絶品に~業績を伸ばす「おいしい牛乳」
  2. 牛乳・乳飲料・乳製品で成長~老舗メーカーの強さの秘密
    1. 強さの秘密1~原材料にこだわった大ヒット商品
    2. 強さの秘密2~商品に物語を!
    3. 強さの秘密3~宅配で地域とつながる
  3. 倒産危機から奮闘する3代目~野球型からラグビー型組織へ
  4. 牛乳離れで酪農家も困惑~生乳の需要喚起で生き残る
  5. ~村上龍の編集後記~

ジェラート&カレーが絶品に~業績を伸ばす「おいしい牛乳」

千葉・夷隅郡大多喜町、房総半島の山中にある「山里ジェラテリア山猫」。「ジェラート」(500円~)、「ソフトクリーム」(450円)といった商品はすべて手作りだ。人気の理由は「ミルクの味がしっかりして濃い」というその味。店は「ジェラートの味は古谷乳業じゃないと成り立たない」と言う。

「生クリームみたいなコクと甘さがきちんとあって、おいしいジェラートができます」(「山里ジェラテリア山猫」店員)

▼「山里ジェラテリア山猫」人気の理由は「ミルクの味がしっかりして濃い」というその味

カンブリア宮殿,古谷乳業
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千葉市で40年以上続くインド料理店「シタール」の一番人気は「ミルクを感じる」という「バターチキンカレー」(1,650円)。使っているのは、やはり古谷乳業の牛乳だ。

「非常においしい。牛乳は香りとコクが大事で、フルヤ牛乳は安定している」(「シタール」店員)

千葉県内の飲食店から絶大な支持を得ている牛乳のメーカー・古谷乳業。本社は千葉市にあり、創業は1945年。牛乳以外にもヨーグルトなどさまざまな乳製品を製造している。千葉県内はもちろん、東京でもその牛乳を買うことができる。

▼千葉県内の飲食店から絶大な支持を得ている牛乳のメーカー・古谷乳業

カンブリア宮殿,古谷乳業
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古谷乳業の成田工場は成田空港からほど近い、緑豊かな香取郡多古町にある。1日に約100トンの牛乳を出荷するこのエリアは、牛乳づくりに絶好の場所だという。

「近くに酪農家が多い。フレッシュな生乳を早くパッケージしてお客に飲んでいただける」(成田工場長・細貝研一)

実は、千葉県は酪農発祥の地と言われている。工場周辺は、牧場が密集する県内有数の酪農エリア。そのうちの一軒、銚子市の「小池牧場」を訪ねると、餌は牧草をメインにトウモロコシなどの穀物を配合していた。そうすると牛の乳、いわゆる生乳の出がよくなるという。その生乳が毎日直接、古谷乳業へ運ばれるのだ。

「牛乳の鮮度を考えると、工場から距離が近い方がいい。銚子は夏と冬の寒暖差小さいので牛は過ごしやすいです」(「小池牧場」・小池倫博さん)

牧場から40分ほどで成田工場に到着。搾りたての生乳は工場で殺菌処理されて「牛乳」という製品になる。

古谷乳業社長・古谷裕彦(54)は「他社さんは『機能性』に重きを置いている。他社が機能性なら、古谷乳業は『おいしさ』でいこうと」と言う。

おいしさを追求した象徴が「房(ふさ)の恵み」(156円/価格は店舗により異なる。以下同)。

▼おいしさを追求した象徴が「房(ふさ)の恵み」

カンブリア宮殿,古谷乳業
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ラベルには「HTST殺菌製法」という文字がある。

「一般で売られている牛乳の多くは120~130℃で2秒間の殺菌。HTST殺菌は75℃で15秒間の殺菌。熱のかけ方が違います」(古谷)

通常より低温で時間をかけて殺菌するとタンパク質が壊れにくく、風味を保ちやすいという。

東京・JR秋葉原駅構内にある「ミルクショップ酪(らく)」では、全国14種類の牛乳を販売している。店員にお勧めを聞くと「『房の恵み』。ミルクスタンドの社長はこの牛乳が一番好き。すごく人気」と言う。

古谷乳業では、おいしさを追求するために、濃度の違う5つの牛乳の味比べをする「濃度差識別テスト」も行われている。「牛乳は産地や餌の状況で味に影響が出るものなので、味の違いに気づけることを一番強化している」と言う。

全社員がおいしい牛乳を目指しているのだ。

▼おいしさを追求するために、濃度の違う5つの牛乳の味比べをする

カンブリア宮殿,古谷乳業
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近年、飲み物の種類が増えたことから牛乳離れが進み、国内の消費量は1994年から2024年までの30年で3割も減少した(農林水産省「牛乳 乳製品統計」より)。そんな中でも古谷乳業は業績を伸ばし続けている。

牛乳・乳飲料・乳製品で成長~老舗メーカーの強さの秘密

強さの秘密1~原材料にこだわった大ヒット商品

2023年、「ファミリーマート」で大ブレイクしたのが古谷乳業のミルクコーヒー「ミルクの束縛」(236円)。文字しか書いてない独特のパッケージ。その味がSNSで評判になった。

▼「ファミリーマート」で大ブレイクしたのが古谷乳業のミルクコーヒー「ミルクの束縛」

カンブリア宮殿,古谷乳業
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「もともと千葉県だけでの展開でしたが、あまりにも販売が好調ということで、現在は北海道と沖縄を除く全国で展開しています。いい意味で期待を裏切られた」(「ファミリーマート」商品本部・筬部英司さん)

ここまで人気となった理由は「『ミルクの束縛』は、コーヒーと生乳と砂糖しか使っていない」(古谷)から。他社製品のミルクコーヒーの原材料を見ると、カラメル色素や香料などさまざまなものが使われている。

一方「ミルクの束縛」の原材料は生乳、砂糖、コーヒーの3つだけ。しかも生乳は50%以上。生乳の多さは色を見れば一目瞭然。そして生乳が多い分、コーヒーの味や香りが引き立つようブレンドした豆を使っている。

「材料がいいものを使うと値段は上がるけど、牛乳店らしい味にこだわったミルクコーヒーをつくりたかった」(古谷)

発売から2年。ミルクコーヒーでは異例の340万本を超える大ヒット商品となった。

強さの秘密2~商品に物語を!

2024年9月、古谷乳業は「物語のあるヨーグルト」シリーズという新たなヒット商品を生み出した。

開発に当たった事業開発部部長・金谷敏が向かった先は、神奈川・鎌倉市の「面白法人カヤック」という広告企画会社。「デザイナーが学生の時に絵本を製作していた」という同社と、パッケージ全体を絵本のようにしようと考えたのだ。

「ぐうたら蜜バチ」(237円)、「冬の入道雲」(300円)、「姫のひとくち」(270円)……。

表紙に当たる表面には「古谷乳業作」と表記。上ぶたを外すと容器に貼られた中ぶたに「あらすじ」が載っている。そこには「これには生乳しか入ってないみたい。だから雲のようにふわふわしてるんだね」と商品の特徴が物語風に書かれている。裏面には「著者:古谷乳業」「発酵者:乳酸菌」と、細部まで絵本風にこだわった。

「普段全くヨーグルトを食べない子供が『これ食べてみたい』というコメントが結構ありました」(金谷)

パッケージだけでなく、味にもこだわった。ヨーグルトの多くは粘り気のあるトロッとした食感だが、生乳100%使用の「冬の入道雲」では、他社が使ったことのない乳酸菌に着目し、「トロッと、かつフワッと」した食感を実現した。

2024年9月に販売を開始すると10カ月で累計450万本の大ヒットとなった。

強さの秘密3~宅配で地域とつながる

古谷乳業の売り上げを支える重要なものが、宅配だ。80年前の創業以来続けており、今も約120の販売店から4万軒に配達している。配達される牛乳は、紙パックではなく瓶。

都市部では減った牛乳配達を今も続けるのには、大きな理由があった。

「年寄りの一人暮らしとか地域の世話役としても関係している。ボックスの牛乳を取ってないと『どうしたんだろう、家の中で倒れていたりしていないか』と。それはネットの宅配ではできませんから」(千葉・匝瑳市の「米倉販売店」店主・須合新一さん)

おいしさの追求と地域への貢献。これが古谷乳業の愛される理由だ。

倒産危機から奮闘する3代目~野球型からラグビー型組織へ

終戦直後の1945年、古谷の祖父・良作が牛乳の量り売りを始めた。高度経済成長が始まると、食の洋風化で牛乳需要が拡大。学校給食にも牛乳が採用され、古谷乳業はいち早く参入した。いまでも千葉県内の小中学校の約25%で古谷牛乳が飲まれている。

▼学校給食にも牛乳が採用され、古谷乳業はいち早く参入した

カンブリア宮殿,古谷乳業
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1986年には父・健一が2代目社長に就任。紙パックが主流となった中、健一はあえて大型瓶で宅配して人気を集め、さらに果汁飲料やデザートなど商品ラインナップを大幅に拡大させた。

健一の時代から勤める営業本部長・永藤雅夫は「(2代目は)我々から見てもカリスマ的な存在で絶対的なリーダーシップでやっていた。トップダウンで社員が動いた」と振り返る。

1970年に裕彦が誕生すると、当然、後継ぎと期待された。

「私は父のようなカリスマ性がなく凡人タイプです。『自分の力だけでは……』と感じていた」と言いながらも1993年、古谷乳業に入社。製造や物流などあらゆる現場を経験していく。

だが、業績は次第に悪化。2014年に年間赤字は過去最大の6億円にまで膨らんだ。カリスマ社長が作った商品を売れなくなっても製造し続け、それにかかるコストや人件費によって赤字が膨らんでいった。

当時、メインバンクの千葉銀行から出向してきた専務・太田雅美は「40億円弱の借金があって売り上げの4割が借金。90億から100億円の売り上げの会社が生乳代を払うと300万円しか残らない。銀行から借り入れをしてやりくりが大変でした」と言う。

そんな中、2014年、父の健一が急逝。古谷が突如、3代目を継ぐことになった。古谷は、広げすぎていた商品数を絞り込み、さらに本社の売却を決断。社員の意識も変えていく。

「それまでは『野球型』で、常にベンチから監督(社長)が指示を出しているような経営。私の経営スタイルは『ラグビー型』を目指したい。ラグビーは試合中、監督(社長)は指示が出せないから、あとはフィールドにいる選手(社員)たちが相談しながらやっていく」(古谷)

トップダウンの野球型から、社員が主体的に考えて仕事に取り組むラグビー型へ。ラグビー型が根付いていくと、徐々に収益が改善。就任2年後には、ついに赤字から脱却した。

だが、そんな古谷乳業を悪夢が襲う。2019年9月、最強クラスの台風が房総半島を直撃。ゴルフ練習場の支柱が民家に倒れ込むなど、各地で家屋やインフラの被害が出る中、古谷乳業の工場は「9日間停電が続きまして、商品が全てダメになってしまった。真夏に9日間も商品が機械の中で止まったっていう経験は古谷乳業の歴史になかった。一番きつい時だった」(古谷)。

▼最強クラスの台風が房総半島を直撃、商品が全てダメになってしまった

カンブリア宮殿,古谷乳業
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工場で途方に暮れる古谷だが、そこには復旧作業に一丸となって取り組む社員たちの姿があった。自宅が被災した社員もいたが、自発的に集まり復旧に力を注いだ。

「本当に社員のみんなが頑張ってくれて。必死に復旧作業をやっていただいた」(古谷)

こうして古谷乳業は1カ月で完全復旧を果たした。

一方、ラグビー型が定着すると、社員から続々とアイデアが出るようになった。

2025年6月、千葉市千葉公園で行われたイベントに古谷乳業が持ち込んだのがキッチンカーだ。

▼キッチンカーで売るのは「懐かしの牛乳びんのベイビィ牛乳カステラ」

カンブリア宮殿,古谷乳業
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売るのは「懐かしの牛乳びんのベイビィ牛乳カステラ」。古谷の低温殺菌牛乳や千葉県産の小麦粉を使って焼き上がったベビーカステラは、乳業メーカーらしく「牛乳瓶の形」だ。

キッチンカー販売を始めた理由は「製造メーカーの社員は消費者の声を聞く機会がなかなかない」から。「老人ホームなどでもこうした活動をやっていきたい」と言う。

さまざまな改革が実を結び、古谷が社長になって以降、売り上げはほぼ右肩上がりを続けている。

牛乳離れで酪農家も困惑~生乳の需要喚起で生き残る

カンブリア宮殿,古谷乳業
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物価高に牛乳離れで、酪農家の離農が加速。銚子市で「小池牧場」を営む前出の小池さんは

「生乳は売れることは売れるけど、経費がガラッと変わった。餌が入ってこないから海外からの仕入れ価格が高いし輸送代も高い。日本に到着した時には餌の価格が倍になっている。それでも牛に餌を食べさせないわけにはいかない」と言う。

小池牧場では約80頭の乳牛を飼育。餌は1頭で1日約30キロ。加えて資材費や電気代の値上げ。人件費も入れると利益が出ない状況だという。

そんな酪農家の声を聞こうと、古谷乳業生産管理部の宮川聡が訪れた。酪農家を助けるために古谷乳業ができるのは、生乳の需要をより増やすこと。そんな思いが「ミルクの束縛」や「物語のあるヨーグルト」の開発につながっている。

「酪農家さんがいなければ乳業メーカーは成り立たない。一緒に普及に取り組んでいかないといけない。なんとか一緒に盛り上げていきたい」(宮川)

「歯を食いしばって頑張っている酪農家が駆け上がっていける。そういう酪農家の未来を描きたいですね」(小池さん)

※価格は放送時の金額です。

~村上龍の編集後記~

カンブリア宮殿,古谷乳業
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「ミルクの束縛」は絶妙なネーミングだ。誰が束縛するのだろうと思ってしまうが、ミルクの味わいがその美味しさで人を虜にするのだ。たっぷりの生乳、それにコーヒーと砂糖のみを使用した自然な味わい。

パッケージには「生乳、牛乳好き、珈琲、ミルク愛、甘い誘惑、砂糖、以上」と印刷されている。「以上」という文字の大きさが、他の言葉と同じ大きさだ。「物語のあるヨーグルト」も、そのままキャッチコピーになっている。外装のイラストが興味を引く。「古谷乳業」というメーカー名は非常に小さい。だが、見る人の印象に残る。

<出演者略歴>
古谷裕彦(ふるや・ひろひこ)
1970年、千葉県生まれ。1993年、明治大学卒業後、古谷乳業に入社。1995年、他の乳製品メーカーへ出向後、古谷乳業に戻る。2014年、代表取締役社長に就任。