
この記事は2025年6月26日に「テレ東BIZ」で公開された「倒産危機から驚異の急成長 “銀座の大家”独自戦略」を一部編集し、転載したものです。
目次
銀座に37棟のビル保有~知られざる勝ち組企業
インバウンド景気に沸く東京・銀座の地価は、都心の中でもずば抜けて高い。四丁目の「山野楽器銀座本店」の公示地価は1坪当たり約2億円。東京の中でもダントツの「勝ち組の街」だ。
ヒューリックは銀座を中心とする不動産デベロッパー。20年前、銀座に保有するビルはわずか2棟だったが、2025年の今では37棟に成長した。「銀座の大家」とも言われる。
数寄屋橋交差点の近くにあるヒューリックの物件。上層階は直営の「ザ・ゲートホテル東京 by HULIC」になっていて、1泊5万7,000円(2人1室)から泊まれる。
▼「ザ・ゲートホテル東京 by HULIC」1泊5万7000円(2人1室)から泊まれる

併設するレストラン「Anchor Tokyo」では厳選食材のフレンチが味わえる。売り上げは右肩上がりだという。
ヒューリック会長・西浦三郎(77)は元銀行マン。19年前、57歳でヒューリックの社長に就任。たちまち会社を急成長させた。
ヒューリックの本社は日本橋大伝馬町にある。社員は約240人。経常利益は上場以来16期連続で増益となっており、2024年は1,500億円を超えた。三井、住友といった旧財閥系3社に次いで業界4位につけている(※住宅デベロッパーを除く)。
「1人当たり6億数千万の経常利益を稼いでいる。1人当たりの生産性は高いです」(西浦)
社員の年収は38歳平均で2,000万円を超える。
▼日本橋大伝馬町にあるヒューリック本社、社員は約240人

「同じことをやったら、大きいところが絶対勝つに決まっている。うちみたいな中小企業は負けるから、違うことをやろうと」(西浦)
テナント殺到の理由~大手に負けない「弱者の戦略」とは
大手に負けない独自戦略1~駅近の中小物件を狙え
物件の取得を担当する池田賢人と八木ひかる子に同行した。
ヒューリックが取得するビルの多くは駅から徒歩3分以内。さらに「駅との距離も大事ですけど、例えば雨に濡れずに行けるか、昼ごはんを買う施設があるかとか、歩く途中に何があるかも大事だと思う」(池田)と言う。
用地・物件の取得担当チームは36人。日々都内の駅近物件を足で探し回っている。
2人が足を止めた。解体が決まったビルを見つけたのだ。
「1つのフロアで50~100坪くらいが、一番テナントがいる層なので、そういう規模の物件を中心に購入しています」(池田)
例えば「ヒューリック銀座一丁目ビル」は30人から50人が働くオフィスにちょうどいい1フロア約100坪だ。募集を知りすぐに入居を決めたという映画配給会社「ティ・ジョイ」の別府健児朗さんは、「銀座エリアでの新築はまたとない機会なので、『これを逃す手はありませんよ』と役員を説得しました」と言う。
ヒューリックが狙うのは主にこうした中小物件。東京都心5区のオフィス空室率は3.8%(3月時点・「三鬼商事」調べ)だが、ヒューリックは0.4%と、ほぼ0に近い(3月時点・ヒューリック調べ)。
この戦略に沿って、2024年取得した物件が銀座一丁目駅から徒歩3分、築22年のビルだ。価格は「130億円くらい」(池田)だったが、次々と借り手が決まっているという。
大手に負けない独自戦略2~郊外でも一等地を取得
東京・東大和市の商業施設「LICOPA東大和」は、2024年の秋までは「イトーヨーカドー」東大和店だったものをヒューリックが買い取ってリニューアルした。
▼ヒューリックが買い取ってリニューアルした「LICOPA東大和」

施設を担当した山下宗孝は「立地が抜群にいい。1キロ圏でも十分な人口があるし、3キロ圏内でも非常に多くの方が住んでいるので購入の決め手になりました」と言う。
もともと「イトーヨーカドー」は駅前や住宅地の中心など一等地にある店舗が多い。その中から選んで購入したこの物件では、「イトーヨーカドー」の売り場を約3分の1にまで縮小させ、空いたスペースに家族連れ向けのテナントを誘致した。
「無印良品」の店内にはキッズスペースが。ヒューリックが呼びかけてできたものだ。子供向けの英会話教室なども誘致。親子連れが来やすい施設に変えたのだ。
「お子様に着目して、30代、40代のファミリー層を獲得していこうと」(山下)
ヒューリックによるリニューアルで来客数は以前より20%増加した。「イトーヨーカドー」は売り場が狭くなったが、集客が伸びたことで、売り上げは4割も増えたという。
「ヒューリックさんとお仕事させていただいて、お客さんがたくさん来てくれているので非常によかったと思います」(「イトーヨーカ堂」販売事業部長・早田義浩さん)
環境技術を続々投入~米MITとも共同開発

大手に負けない独自戦略3~先進的な環境技術を開発
ヒューリックは新しいビルに最新の環境テクノロジーを取り入れている。その1つが本社9階の会議室。窓の上部がすりガラスのようになっている。
「ルーバーによって建物に入る光を天井に反射させます。反射させた光によって建物が明るくなる特許システムです」(「ヒューリック エナジーソリューション」社長・吉田昴希)
これは太陽光を室内に取り込むためのもの。アメリカのマサチューセッツ工科大学と共同開発し、特許も取得したルーバーだ。季節や時間で太陽の高さが変わっても、必ず天井に光を反射させられるようになっている。
また、屋上にはガラス張りの建物があり、その天井部分が開閉する仕組みになっている。
「自然換気システム、動力を使わずに換気をするような仕組みになっています」(吉田)
温めた空気は上に昇る性質を利用してそれを一気に放出、ビル全体に空気の流れを生み出す仕組みだ。
もう1つヒューリックが環境面で力を入れているのが、小さな川や水路を利用した小水力発電だ。
▼ヒューリックが環境面で力を入れているのが小さな川や水路を利用した小水力発電

「50年、60年と非常に長い期間活用できますので、コストとしては安くなります」(吉田)
太陽光発電にも取り組んでいて、2029年までに保有するビルの100%再エネ化を目指している。
こうしたヒューリックの環境対応を評価して、東京・渋谷区の「ヒューリック将棋会館千駄ヶ谷ビル」に入居を決めたのが、アパレルショップの「ユナイテッドアローズ」だ。
「2030年までに当社の店舗、オフィス拠点の半分を、再生可能エネルギーを導入していこうと。このビルに入居することで目標達成に近づいています」(「ユナイテッドアローズ」・玉井菜緒さん)
このように。西浦は大手3社とは一線を画した独自戦略を次々と打ち出している。
「仕事というのは新しいもの、付加価値をつけていくこと。同じことをやるのではなくて何か工夫をして、新しいことをやっていかない限り、企業は衰退していくことは間違いないです」(西浦)
「攻め」×「考える力」~社員の意識改革を断行
西浦の趣味は将棋。5歳の時から70年以上親しんでいる。今でも3カ月に1度はプロ棋士などと盤を挟み、腕を磨いている。
▼趣味は将棋「考えることがいかに大事か。」と語る西浦さん

「考えることがいかに大事か。将棋でも仕事でも同じなんじゃないか。時代の変化が激しい中では先行きをいろいろと読まなくてはいけないという意味で、『考える』ことが必要となってきているんじゃないでしょうか」(西浦)
自らの将棋を「ほとんど攻め。守りなんて考えてもいない」と言う西浦。ビジネスにおいても攻めの姿勢を貫いてきた。
1971年、みずほ銀行の前身の一つ富士銀行に入行。数寄屋橋支店長や法人開発部長などを歴任。みずほ銀行の副頭取まで登りつめた2006年、57歳だった西浦に転機が訪れる。頭取から「日本橋興業の社長を」と打診されたのだ。
日本橋興業は1957年に設立。銀行が所有するビルを管理する事実上の子会社だった。だがバブル崩壊で、不良債権を抱えた銀行から多くのビルを買い取らされ、多額の借金を抱えていた。そんな会社の社長を二つ返事で引き受けた。
「やるんだったらトップを1度はやってみたいという気持ちもありました。やはり副(頭取)というのは面白くない。自分に最終権限がないわけですから」(西浦)
借金をなくすには、事実上の子会社から脱却する必要がある。
「銀行の付随会社じゃないかと。つまり銀行がAと言ったらうちの会社はAと言う。でも独立したちゃんとした意見を持っていなくちゃいけない」(西浦)
西浦は荒療治を断行する。ある日、執行役員全員を集めると「みなさん、辞表を提出してください」と宣言、全員を普通の社員に降格させたのだ。
「前向きになるためには、本当にやる気のある人を役員にしないといけない」(西浦) 一方で、大手ゼネコンや不動産会社の社員、弁護士などを積極的に採用し、建設・不動産の専門知識を高めていく。
2007年には社名をヒューリックに変更。翌年には東証1部(現プライム市場)への上場も果たす。
上場で調達した資金をもとに駅近の中小物件を次々と取得。銀座に37棟を保有するまでに成長させた。今では銀座以外にも渋谷・青山エリアや新宿や浅草など各地に物件を保有している。
急成長は社員あってこそ。西浦は福利厚生も充実させている。朝と昼に弁当などを無償で提供。社内に保育施設を作って、小さな子どもを連れて出勤できるようにした。 学生からの人気も高い。2025年の春に入社した7人は、応募者約1,000人、倍率150倍の難関を潜り抜けた精鋭たちだ。
新入社員は「業界最大手に行くより、この会社と一緒に自分も大きく成長できたらと思える会社だったから」「社員を信頼して大きな仕事を若いうちから任せていただけるのが非常に大きな魅力」と語っている。
「こどもでぱーと」&銀座の高級旅館~相次ぐ新事業の狙い
東京・中野区。中野駅から徒歩3分のところに2025年春オープンしたのがヒューリックの「こどもでぱーと」だ。
「英会話やバレエを1カ所でできるということは、親にとって安全だと考え、『こどもでぱーと』をつくろうということになりました」(西浦)
西浦がいま特に力を入れているというこの施設に入居しているのは、放課後、小学校低学年までの子どもを預かる学童保育。さらにスポーツクラブや学習塾、小児科のクリニックまで、子どものためのテナントがそろっている。
▼「こどもでぱーと」今後は20カ所まで拡大する予定だという

利用者は「何かあった時に病院を診てもらえるとか、子供に特化していて親が預けていて安心」と言う。
「子どもが減っていくっていうことは、一人一人を大事にしていかなくちゃいけないということ。お金をかけて勉強したり、スポーツをやったり、いろいろなことをやっていくことが増えていくんじゃないかと」(西浦)
「こどもでぱーと」はまだ2カ所だが、今後は20カ所まで拡大する予定だという。
一方で西浦は銀座の開発も加速させている。
銀座一丁目に新たに建設しているのは、上層階に温泉旅館を併設したこれまでにない複合施設だ。
中に入るのは、箱根や軽井沢など全国に11カ所を展開する「ふふ」というヒューリックの子会社が運営する1泊10万円からの高級旅館だ。
全室に完備された天然温泉風呂や、季節の食材をふんだんに使用した日本料理が売りだ。
▼高級旅館「ふふ」季節の食材をふんだんに使用した日本料理が売りだ

「結局、これから何がいいのか。人口が減っていく中でこれから伸びるものが何なのかと。何年か先を見て意思決定をしていくことが、やはり経営としては重要だと思います」(西浦)
※価格は放送時の金額です。
~村上龍の編集後記~

06年の社長就任時、執行役員全員から辞表を取った。一般社員に戻したのだ。給料は下げなかったらしいが、こんな荒っぽいことをやる経営者は聞いたことがない。07年には社名をヒューリックに変え、さらにその翌年には上場を果たす。
06年、銀座で1丁目と数寄屋橋2棟しかなかった、それが十数年で37棟まで増えた、西浦さんはそう言う。昔、銀行の数寄屋橋支店長をしていて銀座には親近感があるらしい。さまざまな人と出会い、本を読むこと、現場を歩くことも欠かせない習慣だそうだ。そう本心を明かすのは、77歳の会長だ。