
この記事は2025年5月29日に「テレ東BIZ」で公開された「プロのおいしさを「再現」調理ロボットのキッチン革命」を一部編集し、転載したものです。
目次
ボタン操作で本格料理が完成~“外食の救世主”の正体
人手不足が深刻な外食業界では自動化が加速している。そんな外食の現場で革命を起こしているロボットがある。
全国に約350店舗を構える「大阪王将」。大阪・枚方市の長尾店では平日でも1日400食が出る。大量の注文をさばいている厨房(ちゅうぼう)には大きな鍋が2つ。外食業界注目の炒め調理ロボット「I-Robo(アイロボ)」だ。
注文を受けたらメニューと分量を選択し、あとは具材と調味料を入れるだけだ。スタートボタンを押せば、鍋が自動で回転し、2分とかからず出来上がる。
▼外食業界注目の炒め調理ロボット「I-Robo」

この調理ロボットを作ったテックマジックの本社は東京・江東区のオフィスビル「テレコムセンタービル」内にある。2018年に設立されたばかりのスタートアップだ。調理ロボットのトップランナーだけあって、約80人いる社員のうち6割をエンジニアが占めている。
「僕たちの技術は企業の生産性を上げるだけではない。まずは食のインフラをしっかり変えていく」と言うのは、社長・白木裕士(37)だ。
テックマジックが話題となったのは2023年。東京・渋谷に期間限定で飲食店を出した。看板はロボットが作るスープヌードルだ。ごま味やカレー味などスープのもとは10種類で、客が選んだものをピックアップする。お湯を入れたらアームが運び、盛り付けは人の手で行う。おいしさとロボットの動きの面白さで客を呼んだ。
調理ロボットの実力1~絶妙な職人技を再現
テックマジックは2018年に調理ロボットの開発をスタートした。白木イチ押しは炒め調理用の「I-Robo2」だ。「熟練のシェフの味を再現することが可能になっている」と言う。
東京・千代田区の「大阪王将」神保町店。厨房に立つ入社13年の渡部卓也さんは、1級調理職人という社内資格の持ち主だ。1級調理職員は、大阪王将に800人いる料理人のうち2%、17人しかいない。そんな渡部さんの職人技を「I-Robo」は再現できるという。
職人が振る中華鍋は「I-Robo」では深型鍋。職人は焦げ付かないように絶えず鍋を振っているが、「I-Robo」は深型鍋を回転させることでこの動きを再現している。
▼「I-Robo」は深型鍋を回転させることで職人の動きを再現している

麻婆豆腐で重要なのは職人のおたまさばきだ。「I-Robo」ではヘラがおたまの代わり。ヘラは鍋肌に沿って弓のようにカーブしている。職人は豆腐が崩れないよう、おたまを鍋肌に沿って、緩やかに入れていく。「I-Robo」のヘラも回転が緩やかに、豆腐を崩すことなく混ぜて味を均等になじませることができるのだ。
おたまさばきの真骨頂が見られるのが難易度の高い卵料理。「卵は空気を含ませるように混ぜないと硬い卵になってしまう」(渡部さん)が、「I-Robo」はこれも再現できる。半熟になるとすかさず、ヘラが鍋肌から卵をすくい取っていく。回転する鍋とヘラの絶妙なバランスで、空気を含ませているのだ。人間の作業は、時間になったら取り出すだけだ。
▼ヘラが鍋肌から卵をすくい取っていく「I-Robo」

「クオリティーの高い料理をしっかり出せます。(調理検定を)受けていない人でも同じクオリティーで作れる」(「大阪王将」料理人・舩水智康さん)
さらに使用後は自動で洗浄も行う。人の手間を大幅に減らせるのだ。
調理ロボットの実力~職人ワザをインプットする秘策

調理ロボットの実力2~おいしさを「みえる化」
テックマジックを「大阪王将」の前出・渡部さんが訪ねてきた。応対するテックマジックの木村光児が所属する部署は「おいしさ設計室」。依頼を受けた飲食店のメニューを自社の調理ロボットに再現させるのが仕事だ。
「元々飲食店の厨房で働いていました。ホテルとレストラン、あとは自分でお店もやっていました」(木村)
2022年に入社した木村は元シェフ。ホテルやレストランで十数年、腕を振るってきた。そのノウハウを武器に、これまで飲食チェーンの100種類以上のメニューをロボットに再現させてきた。
今回挑んでいるのは「大阪王将」の「玉子炒飯」だ。だが、試食した渡部さんはじめ大阪王将の調理人たちは「「焦げていますね」と言う。素人目には分からないが、ご飯のわずかな焦げを見逃さなかった。
指摘を受けた木村は「火力を上げて炒めるというよりは、余熱で水分飛ばしにいくみたいなイメージでいかがでしょうか?」と言ってパソコンに向かい、ロボットのプログラミングを書き換える。料理ごとに、鍋の回転速度や火力などを数値にして「みえる化」し、「I-Robo」に覚えさせているのだ。
▼鍋の回転速度や火力などを数値にして「みえる化」し「I-Robo」に覚えさせている

火力を微調整して再び調理すると、焦げはなくなった。こうして調理人と対話を重ねながら、彼らの技をロボットに落とし込み、味を再現している。
「我々は調理していく中で、どうしても感覚とかセンスを言語化・数値化できていなかった。木村さんたちにレシピを渡したら、それを数値化して再現していただいて助かっています」(渡部さん)
人間とロボットの二人三脚で外食の課題解消に挑むテックマジック。
「決して“ロボットVS人”じゃないと思っています。本当に人がやるべき仕事を人が担い、人じゃなくてもいい仕事はテクノロジーに任せる。そういう時代にもうすでに移っていると思っています」(白木)
「技術ゼロ」でロボット会社を起業~きっかけは祖母の料理?
白木が30歳のときに設立したテックマジック。その原点は全長およそ5メートルもあるパスタ調理用の「P-Robo(ピーロボ)」にある。麺のゆで上げから完成まで全自動で行う画期的なロボットだ。
▼原点は全長およそ5メートルもあるパスタ調理用の「P-Robo」にある

「このロボットがあったからこそ、『I-Robo』などいろいろな調理ロボットの開発につながったと思っています」(白木)
白木は1987年、名古屋生まれ。商社を経営する父の影響もあって企業経営に興味を持つようになった。大学はカナダに留学。卒業後は外資系の「ボストン コンサルティング グループ」に就職した。
転機は名古屋に暮らす祖母・愛子さんを訪ねたときだった。
「祖母が食事に苦労していた。祖父が亡くなって1人暮らしになって、90歳を超えて足腰が悪くなって自分で料理ができなくなって……」(白木)
高齢の祖母は自分で料理をすることができなくなり、近くに頼れる人もいなかった。そこで白木は、人に代わって料理をしてくれるロボットが作れないかと考えた。
「料理ができない人や料理をする時間がない人、料理をしたくない人も一定数いると思っているので、調理をしなくてもいい時代を作ることができればと」(白木)
白木は会社を辞め、テックマジックを立ち上げる。とはいえ、ロボットの知識もノウハウもない。資金調達のため、企画書を手に外食チェーンを訪ねて回るが、全く相手にされなかった。
「創業当初は製品も技術も何もなかったので、不安との闘い。世の中に事例がないことをやってきたので……」(白木)
誰も相手にしてくれない中、唯一、話を聞いてくれた人物が、「サントリー」傘下の外食事業を束ねる綾野喜之さんだ。白木と知り合った2018年当時、綾野さんはカフェチェーン「プロント」の専務取締役だった。
かねてから外食現場の人手不足を危惧していた綾野さんは、白木の調理ロボットの話に乗ってみようと考えた。
「当時プロントもみんながみんな賛成ではなかった。でも次の世代の新しい業態を考えていく時代にも入ってきた時に、ロボット調理は、話を聞いていて魅力的かなと。最悪、ダメだったら僕が頭を下げると」(綾野さん)
綾野さんからの協力を得てロボット作りが始まった。プロントの看板商品、パスタを調理するロボットだ。
▼新業態のパスタ専門店「エビノスパゲッティ」をオープン

開発はゼロからのスタートで、困難を極めた。店の狭い厨房に収まり、具材やソースが異なるパスタ料理を1台で作れなくてはならない。麺をゆで、同時にソースを作り、それを混ぜ合わせるといった一連の動作を高速で行えるまでに、丸1年を費やした。
具材やソースが変われば加熱時間や鍋の回転速度も変わるため、メニューごとにプログラムを組まなければならない。ひたすら試行錯誤を繰り返し、味のクオリティーと調理の速さを追求すること3年半。ついに2022年、パスタ調理ロボット「P-Robo」が完成した。
これをきっかけに、プロントは新業態のパスタ専門店「エビノスパゲッティ」をオープン。10種類のパスタの調理が可能で、味つけも1食45秒しかかからない。今や調理ロボットが店の売りとなっている。もちろん味もシェフのクオリティーだ。
愛知県内で展開するスーパー「旬楽膳」。一宮市の八幡店では、常連客が炒め物用の食材と調味料のセットを手に店の奥へ。そこには「I-Robo2」があった。
▼愛知県内で展開するスーパー「旬楽膳」の「I-Robo2」

いま買った食材と調味料を入れてボタンを押せば、あとは自動で調理してくれ、「旬楽膳豚の回鍋肉」(699円)の出来上がり。
▼食材と調味料を入れてボタンを押せば「旬楽膳豚の回鍋肉」(699円)の出来上がり

手軽に出来たてを楽しめるこのサービス。高齢者や1人暮らしが増える中、スーパーの集客にも期待できるという。
「こういったかたちで複数の食材を組み合わせて調理することで、そのままイートインですぐに食べられる。そのようなスペースを将来的に設けていくことになると思います」(「旬楽膳」責任者・加藤健靖さん)
万博、そしてアメリカにも進出~世界も注目の外食テック
テックマジックの調理ロボットは2025年4月に開幕した大阪・関西万博の会場にもある。レストラン「EARTH TABLE~未来食堂~テラスニチレイ」の呼び物は、厨房の正面で客に見えるように動いている炒め調理ロボットの「I-Robo」だ。
さらにこの春、テックマジックは新たな挑戦のためアメリカに乗りこんだ。
▼この春、テックマジックは新たな挑戦のためアメリカに乗りこんだ

白木が訪れたのはフィアデルフィアの「ハニーグロウ」。全米でおよそ60店舗を展開するファストフードチェーンだ。看板メニューは「ステアフライ」と呼ばれる、野菜や麺を一緒に炒めた焼きそばのような料理。
現在は人が鍋を振っているが、今後の店舗数拡大で料理人が不足すると考え、「I-Robo」に目をつけたという。
「私は、キッチンで働くことがどれだけ忙しく、ストレスがかかる仕事なのかを知っています。厨房の仕事をより楽に、しかも料理の質も高いものにしたい。だからテックマジックのロボットを選んだのです」(「ハニーグロウ」副社長ジョン・トーマスさん)
※価格は放送時の金額です。
~村上龍の編集後記~

いい社名ですね、とほめた。「魔法のような製品を作る技術」ということになる。コンサルティング会社でプロジェクトに関わってきた人物がなぜ調理ロボットに着目したのか。「1人暮らしの祖母の家に行ったとき、高齢のため料理を作ることもできず、栄養に偏りのある食生活を送っていることを目の当たりに」
起業する前には、夜間に大手ファミレスの厨房でバイトをした。そのあとはやるべきことをやった。省人化と味の標準化が求められ、50台が導入。作業時間は人間のおよそ半分。お祖母さんはロボットの味を楽しんでいるはずだ。