この記事は2024年6月20日に「第一生命経済研究所」で公開された「米国のイラン軍事介入リスク」を一部編集し、転載したものです。


日本経済
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目次

  1. 軍事介入の現実味
  2. 原油高騰リスク
  3. 事態を切り抜ける最良の策

軍事介入の現実味

トランプ大統領は、イランに対して最後通告を突きつけた格好である。核開発の完全放棄・停戦協議を求めており、イラン攻撃をするかどうかの判断を2週間以内に行うと6月19日に表明した。もしも、イランへの軍事介入を米国が行えば、原油市況はさらに急騰する可能性がある。イスラエルが6月13日に突如としてイランにミサイル攻撃をしたときは、WTIが一時1バレル77ドル台後半をつけた(図表1)。過去、2022年2月のウクライナ侵攻(開戦2月24日)のときは、年初に75ドル程度だった市況が3月7日に126ドルを付けた。今回も、2025年初のWTIは一時60ドル台を割る場面もあったから、以前と同じくらいに市況が跳ね上がるリスクがあるかもしれない。そうした原油急騰があり得ると、多くの人が身構えている。

第一生命経済研究所
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原油動向の行方に関しては不確定な部分が大きい。以前から欧米各国は、イラン産原油をほとんど輸入していない。日本は2019年以降に、ほぼ原油輸入を停止している。現状、イラン産原油を輸入しているのは、主に中国とインドである。トランプ大統領は5月1日にイラン産の原油・石油製品を輸入する国々に、二次制裁を課する方針を表明している。原油需給に対するイラン産原油の供給減は、それほど影響が大きくないはずだ。

しかし、別の見方では、イランがホルムズ海峡を航行するタンカーなどにミサイル攻撃を仕掛けるリスクがあるため、そこで中東産原油全体に大きな供給不安が生じるという。これも、すでにイスラエルによってイランは制空権を奪われていて、実効性のある軍事行動はしにくくなっているというまた別の見方がある。トランプ大統領の最後通告は、そうしたイランの軍事的劣勢を考慮に入れて、たとえ軍事衝突が起きても短期間で終息するという見立てを背景にしているという話もある。米国の軍事介入は、泥沼化するという見方もある一方で、短期間に終わるという見方も少なくはない。筆者は、軍事・外交の専門家ではないので、いずれの見方が信憑性を持っているのかということを評価できない。

原油高騰リスク

現下の経済情勢で、原油高騰がインフレ圧力を強めることは本当にまずい。7月9日を期限に各国はトランプ政権との間で、関税交渉を行っている。その関税交渉は、日本を含めてうまく運んでいない。仮に、4月時点で示された高い相互関税率に移行すれば、各国の対米輸出は減少して、デフレ圧力が生じる。この7月上旬というタイミングと、米国の軍事介入に伴う原油高騰が重なれば、スタグフレーションに陥る可能性が高い。文字通り、不況とインフレの併存という最悪の結果が懸念される。

過去、第一次オイルショックの引き金が、第四次中東戦争だったことは有名である。イスラエルとアラブ諸国の戦争である。第二次オイルショックはイラン革命が引き金になった。イスラエル、イラン、そして米国という組み合わせは、過去の苦い経験を思い出させる。

日本では、原油高騰リスクが欧米に比べると、ダイレクトには響かない政策支援が行われている。政府は、ガソリン等4油種には補助金を出している。石破政権は、現在の定額補助を少し見直して、レギュラーガソリンを1リットル175円程度に抑える拡充策を行う構えである。電気ガス代を7~9月にかけて価格支援する。これらの施策で、目先のエネルギー価格の上昇はいくらか緩和されるはずである。

しかし、企業物価の段階では、幅広い石油製品について価格変動が原油市況に伴って起こっており、そうした裾野の広い品目ではじわじわとコストアップするとみられる。2025年後半の企業業績には、コストアップが変動利益を圧縮させて、利益下押しに働くだろう。その影響は、冬のボーナスを削減し、さらに長期化すれば2026年の春闘にも響いてくると警戒される。

また、景気悪化の懸念は、日本よりも欧米の方が強いかもしれない。ガソリン価格の高騰が、自動車販売の減少などに響きやすいからだ。トランプ大統領は、EV優遇措置を撤廃する大統領令に署名しているから、原油高騰で各自動車メーカーが供給するEVに販売シフトは起こりにくい。日本、韓国、EUの自動車メーカーの米国販売は、ガソリン高騰とトランプ関税の両面から逆風にさらされるだろう。

金融市場では、株価に対する悪影響も心配される。米国でのインフレ圧力が原油高騰によって、継続的な見方に傾くと、FRBの追加利下げの見方が後退するからだ。6月のFOMCでは、見通しの中央値が2025年末までに2回(▲0.50%ポイント)の利下げを予想するものだった。しかし、よくみると、年末までに利下げ回数はゼロという見方のメンバーも増えていて、インフレ圧力次第で年内利下げがなくなる可能性が小さくないことが、FRBが示したドットチャートから見えてくる。利下げ観測に強く依存して上昇してきた米株価は、そうしたインフレ・シナリオに脆弱である。

さらに、米国の軍事介入の可能性は、日本政治や株価形成にも最悪のタイミングである。日本では、7月20日に参議院選挙がある。選挙の手前で、紛争が拡大して、有権者の不安を高めることが心配される。そして、日本の選挙結果が与党に不利な状況になれば、それも日本の株式市場への悪影響を増幅することだろう。筆者は、最悪の状況にならないことを切に願う。

事態を切り抜ける最良の策

では、こうした事態を未然に防ぐための最良の方法は何だろうか。実は、最良の手段は存在する。それは、トランプ関税を一旦棚上げすることである。例えば、米国には、4月に示した相互関税をさらに90日ほど延期する選択がある。できれば、危機を理由に相互関税の適用自体を凍結すると、リスクは大きく後退するに違いない。

こうした対応を、日本を含めた各国の外交努力によって、トランプ大統領に認めさせることが最も効果的である。そのようなことが無理だと思う人は多いだろうが、説得できる論理はある。相互関税を当面凍結したときに、一番メリットを受けるのは米国経済である。逆に、今、相互関税率を期限に合わせて引き上げれば、米国経済も悪化して、トランプ大統領は2026年11月の中間選挙で勝てなくなる。「大統領、これはご自身が選挙で勝利するために決断すべきことですよ」と、トランプ大統領にささやいて説得できる親しい友人が、今も居ればよいと思う。

第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生