この記事は2024年7月18日に「第一生命経済研究所」で公開された「円安進行、160円接近か?」を一部編集し、転載したものです。


高まる金利先高観のなか、国内長期金利は2%をメドに上昇へ
(画像=takasu/stock.adobe.com)

目次

  1. 選挙後が怖い
  2. 波乱シナリオ
  3. チャンスは大ピンチだった!
  4. 米国の潜在的インフレ圧力

選挙後が怖い

日本の10年金利がここにきて上昇している。7月15日時点で1.60%に到達する手前まできた(図表1)。2025年に入って、3月、5月、7月と3度目の金利上昇局面になる。過去、長期金利は、そこでこの1.60%の天井には2回トライしたが、それ以上には上昇しなかった経緯がある。今回は、参院選を控えていて、与党が過半数割れ、つまり自民・公明党を併せて50議席未満になるのではないかという不安が高まっているから、金利が上昇している面がある。選挙結果次第で長期金利は、ここ十数年で未体験の水準に上がっていく可能性がある。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

野党は揃って、選挙公約に消費税減税を掲げている。しかし、参院選で勝利しただけでは、消費税減税は実行できないだろう。野党が減税の内容を一本化し、次の衆院選で勝利する必要があろう。それでも、減税シナリオのほかに、与党が選挙後に大型補正予算を編成するのではないかという警戒感がある。すでに、与党は3兆円半ばの給付金を計画している。野党は衆議院で内閣不信任案を提出することができるので、与党の人々は将来の解散総選挙に備えようとする。先々の総選挙を見据えるかたちで大型補正予算が組まれる懸念がある。目先の財政運営は、その大型補正予算次第であろう。選挙後でも石破首相の統制が効けば、大盤振る舞いはある程度避けられよう。反対に、次の選挙を心配する党内議員の声に抗し切れなければ、2025年度の基礎的財政収支黒字化の見通しは吹き飛んでしまう。

波乱シナリオ

今後、筆者は、消費税減税を決めれば、日本国債の格下げも十分にあるとみる。BBB格までは落ちないだろうが、かなり厳しいダウングレードになるだろう。これは長期金利の上昇要因である。

消費税減税まで行かずに、2025・2026年度の基礎的財政収支の黒字化がなし崩しになっても、日本の財政に対する信用度は相当に低下しよう。おそらく、債券市場の投資家が心配しているのは、筆者の直感と同じようなことを感じているからだろう。

長期金利上昇自体も、財政運営にマイナスである。日本政府の債務は、普通国債残高が1,000兆円を超えていて、継続的な金利上昇局面になると、利払費が極端に増加する体質だ。利払費が増えると、その分、税収増を食ってしまうことも危険である。政治的には、当初予算から上振れした金額は、補正予算に使っても差し支えないとされるが、それは何の合理性もない話だ。インフレで税収が見かけ上増えても、それは金利上昇と相殺される部分がある。この点は、新聞・テレビや各種メディアでほとんど問題視されることがない。現在は「金利のある世界」なので、政治の常識が経済の非常識のままではいけないと思う。市場からの財政悪化の警告を完全に無視し続けてよいとは思えない。メディアは、権力監視の役割からも長期金利上昇をもっと重く受け止めた方がよい。

チャンスは大ピンチだった!

長年、財政運営をみていると、この2025年度は滅多にないチャンスだった。政府の新規国債発行額は、2025年度28.6兆円(当初計画)まで一気に減額された(2024年度決算37.1兆円)。一般会計ベースで、基礎的財政収支の赤字幅がほぼゼロ近くまで縮減する見通しだった(国債費28.2兆円)。もちろん、トランプ大統領の政策が日本の税収を大幅に減らす可能性があるが、現時点からみえる財政収支周りのデータは良好だ。

財政改善について、筆者がよくぞここまで来たと感じる一方で、政治の世界では「自由に使えるお金が増えた」という楽観論が実際の余力以上に高まって、歳出拡大の圧力が強まっている。非常に残念なことである。わが国の欠点は、そうした誘惑に流されないために、不健全な財政拡張を手厳しく批判する論調が弱っているところにある。

次に、客観的なデータから示すと、2025年度の基礎的財政収支は2025年1月の計画では、▲4.5兆円の赤字だった(国・地方の合計、GDPベース<内閣府>)。この計画の策定された後、国税も地方税も2025年度計画は合算して4兆円半ばくらいは上振れしそうである。例えば、一般会計の税収は、当初予算で77.8兆円だが、2024年度決算は補正後予算対比で2.4%ほど上昇修正されているから同率で2025年度予算も修正されると考えると、79.7兆円(+1.9兆円)が見込まれる。税収があと僅かで80兆円の大台に乗る。地方税収も、計画と実績で2024年度+2.7兆円ほど上振れていて、2025年度もそれをやや上回る税収増が期待できる。2025年度は、岸田前政権のときに、国・地方で実施された定額減税がない分、数兆円単位で税収は増えることが見込まれていた。大まかな計算で、国・地方の税収上振れ見込みだけで+4.6兆円(=1.9兆円+2.7兆円)になるから、ちょうど2025年1月の基礎的財政収支赤字▲4.5兆円がゼロ近くになる計算だった。

目下の金利上昇は、確かに利払費を増やすだろうが、当初予算ではそのために10.5兆円もの厚めの金額を充当しているので、まだ吸収可能な範囲内だろう。2024年度は、当初計画の9.7兆円の利払費は、補正予算で8.2兆円へと減額修正されている。だから、この1.3倍(=10.5兆円÷8.2兆円)のアローワンスの範囲内でまだ何とか管理できると思える。

一方、すでに石破政権は1人2万円の給付金を総額3.5兆円前後で計画し、選挙後に補正予算を組むつもりである。この金額はもっと膨らむことが警戒されている。それが前述のように、与党内で衆議院解散が近いという雰囲気が強まって、今後の補正予算がさらに膨らむことがあり得るからだ。財政運営のチャンスは、政治的利害より劣位に置かれて、財政健全化のためには使われそうにない。

米国の潜在的インフレ圧力

日本の長期金利上昇は、微妙に海外金利の影響も受けている。米国の長期金利が若干上がっていることも、日本の長期金利が上昇しやすい環境を作っている(図表2)。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

米国の場合は、マーケット全体がトランプ大統領の政策に揺さぶられている。目下、8月1日を期限にして、カナダは35%、メキシコは30%、EUは30%、そして日本にも25%の相互関税をかけることを通告されている。これは、いずれ米国へのインフレ圧力として跳ね返ってくることは間違いない。そうしたトランプ政権の強硬姿勢と、FRBに対する過剰な利下げ要求が合わさって、物価上昇への懸念を生み出している。

米国の株式市場は、4月に大荒れになってからその後は持ち直している。そこだけ見ていると、トランプ・ショックは一服したかに思えるが、金価格とビットコイン価格が4月以降も高値を維持していることから考えると、潜在的な政策不安は本質的に和らいでいないと見た方がよさそうだ。米国の株式市場は、トランプ減税の効果等によって上昇する反応をみせていて、むしろ潜在的不安には鈍感なように思える。トランプ関税の影響は、各国の景気を悪化させて、日欧の中央銀行には緩和的なバイアスを生じさせる。日本の場合は、日銀の利上げが遅れることは普通に考えると長期金利の低下要因だが、為替円安を通じて物価上昇圧力が働くことは、むしろ長期金利の上昇圧力になるとも考えられる。トランプ政策は、回り回って日本の物価上昇圧力にも響いてくるから、そうしたメカニズムも、日本の長期金利上昇に何かしら影響しているのだろう。

一方、日本相互証券のデータでは、物価連動債利回りと名目長期金利の差分で表される期待インフレ率(BEI)はそれほど上がっていない。期待インフレ率の上昇は、マーケット・データでは緩やかだ。つまり、日本の長期金利がインフレ予想の強まりをいくらか受けているとしても、それは日本の政治由来の財政不安の圧力の方が大きいと考えられる。

長期金利の上昇が政治的な変化を受けた期待形成による要因が大きい根拠は、国債の年限別の金利上昇の度合いをみると、10年金利よりも期間の長い20年金利、30年金利の方が上昇幅が大きいという点があるからだ。超長期ゾーンの金利上昇は、長い期間で財政構造が健全化しにくいことを反映しているのであろう。

第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生