株式会社いいオフィス

2018年の創業以来、コワーキングスペース事業を軸に急成長を遂げてきた株式会社いいオフィス。代表取締役社長の龍﨑宏氏は、かつてフィリピンでのオフショア開発事業を通じて感じた貧困問題への課題意識から、「世界同一職種同一賃金」の実現を目標に掲げる。圧倒的な店舗数と自社開発のシステムを強みに、コワーキングスペースの提供にとどまらず、グローバルな人材マッチング、ライフスタイルプラットフォーム、そして仕事の評価に基づくスコアリングソリューションへと事業を多角的に展開。その壮大なビジョンと、それを支える独自のビジネスモデルに迫ります。

龍﨑宏(りゅうざき こう)──代表取締役社長
芝浦工業大学卒業後、ガリバーインターナショナル(現・IDOM)に入社し、FC管理チームにてSVとして従事。その後、独立して、ホテル経営、飲食経営など幅広く事業を推進。 2013年、株式会社LIGに取締役として参画し、LAMP事業(The Sauna)、いいオフィス事業、オフショア事業、英会話事業、教育事業、地方創生事業を立ち上げる。2018年にいいオフィス事業を分社化、代表取締役に就任。
株式会社いいオフィス
コワーキングスペースやシェアオフィスをはじめとするワークスペースを全国で約900拠点展開するとともに、自社開発の店舗DX・省人化システム「E Solution」を各拠点に導入。また、場所にとらわれず柔軟に働く人材と企業をマッチングする人材マッチングプラットフォーム「いいWORK」を展開。海外進出も視野に入れて「場所」と「仕事」の両面で“どこでもいい世界”の実現を目指している。

目次

  1. コワーキングスペースの進化と世界への視点
  2. 圧倒的な店舗数と自社開発システムがもたらす優位性
  3. 4つのフェーズで実現する「どこでもいい未来」
  4. コロナ禍が転機 関心事は「人材」事業
  5. 「百年以内に潰れる企業」を目指す

コワーキングスペースの進化と世界への視点

── 御社はIT企業の事業を分社したものだとか。

龍﨑氏(以下、敬称略) はい。コワーキングスペース「いいオフィス」自体は、2014年に上野でオープンしたのが始まりですが、2018年4月に分社化し、現在の体制となりました。当初は5店舗ほどでしたが、バランスシートが重くなるという課題がありました。以前、株式会社LIGというIT企業で役員をしており、その事業の一つとしてコワーキングスペースを運営したほか、「The Sauna」(ザサウナ)や、フィリピンで100人ほどのエンジニアを雇用するオフショア事業、デジタルハリウッドさんと協業した教育事業なども手がけていました。

当初はコミュニティ型のコワーキングスペースとして展開していましたが、需要が高いのは完全個室型だと気づき、直営の店舗設計を個室型へ変えていきました。

現在、業務委託含む従業員は14人。社員は3人です。好きな働き方、好きな雇用形態を選んでもらっています。昨年まで、役員以外に正社員は一人もいませんでした。役員も社外役員のような形なので、実質的には私が一人で事業を推進しているような状態です。業務委託のメンバーの中には、いいオフィスのFCオーナーもいます。

── 事業を起こしたいと思われたきっかけは何ですか?

龍﨑氏 事業を始めるきっかけとなったのは、フィリピンのオフショア事業に関わっていたとき、スラム街で生まれた人々がはい上がることがいかに難しいかを痛感したことです。炊き出しのような一時的な支援ではなく、彼らが自力ではい上がれるような仕組みを構築したいと思うようになりました。

多店舗展開の仕組みを考えるのに1年ほど費やし、2018年にその仕組みが完成し、事業を本格的に推進しています。

私たちが目指すのは「世界同一職種同一賃金」。ITやクラウド上でできるものであれば、同一賃金に近づけられる。まずコワーキングスペースという「場」を使い、システムを通じて世界中のワーカーをつなげ、仕事の受発注ができる仕組みを構築します。これにより、先進国から新興国へ仕事が発注されるようになります。

ユーザーが直接仕事を発注する側から適正な対価を受け取れる仕組みを作りたい。フィリピン人がアメリカと同じ単価の仕事を受けられるような世界、というのがいいオフィスのビジョンです。

圧倒的な店舗数と自社開発システムがもたらす優位性

── 御社の強みはどこにあると分析されていますか?

龍﨑 まず圧倒的な店舗数です。業界全体で2000店舗ほどですが、そのうち900店舗ほどに加盟いただいています。業界の大手企業が直営店で200~300店舗ほどなのに対し、私たちは加盟店を含めると業界で一番の店舗数を誇ります。

次に、店舗開発力です。現在、駅徒歩1分圏内に直営の完全個室型店舗を出店しています。従来、コワーキングスペースはコミュニティ型が主流でしたが、私たちの直営店舗は24時間運営の完全個室型に特化しています。現在のテレビ会議のように、集中して仕事ができる環境を提供しています。

もともとコワーキングスペースは、コミュニティを形成して会員をつなげるモデルでしたが、私たちは、駅により近い場所に完全個室を作るという、まったく逆のアプローチです。

会議室も併設し、出店すると1ヵ月目から黒字になる店舗もあります。物件選びには妥協せず、特に全室に単独のエアコンが設置できる物件にこだわっています。このこだわりが、利用者の90%に気に入っていただける理由です。

3つ目の強みは、システム開発力です。予約システム、スマートロックとの連動、24時間監視システム、AIによる不具合検知と人による対応など、すべて自社開発です。アプリ開発とシステム開発を専門に行う企業や、店舗を自社で展開する企業はありますが、この両方を一体型で提供しているのは弊社だけでしょう。

アパホテルが自社アプリ「アパ直」で予約システムを開発し、じゃらんや楽天よりも安価に提供しているように、私たちもこの業界で同様の戦略をとっています。

4つのフェーズで実現する「どこでもいい未来」

── これまでも様々な事業を手がけておられますが、今後もコワーキングスペース事業以外の複数の領域に進出されるのでしょうか。

龍﨑 私たちの狙いは、4つのフェーズでご説明できます。第一フェーズは、現在のコワーキングスペース事業で、今後もどんどん出店していきます。

第二フェーズは、グローバルコミュニティ事業です。現在、アプリ上で会員に仕事を紹介するサービスをリリースしています。広告で会員を集めるのではなく、優秀なエージェントさんから提供される仕事情報をアプリに掲載しています。現在17万人ほどの会員に、単価の高い良い仕事を紹介しています。今後はCtoCで会員同士が仕事の受発注ができる仕組みもリリースする予定です。

このシステムを海外のコワーキングスペースに格安で提供する準備も進めています。無人・省人化システムを英語やフランス語など多言語に対応させ、先進国から新興国の会員へ仕事を発注できる仕組みを構築することが狙いです。

第三フェーズは、ライフスタイルプラットフォーム事業です。私たちのアプリは、会員がチェックインしたり、途中退出するときに鍵を解錠するために1日に数回利用する、非常に利用頻度の高いものです。SNSアプリは時間の経過とともに、トッププレーヤーが入れ替わる可能性がありますが、オフィス利用にひもづくアプリはずっと使われるので、広告やサービス提供の可能性が無限大です。

現在、チャージスポットやシェアサイクルなど、さまざまなサービスと連携し、いいオフィスのコワーキングスペースが利用できるようなサービスを提供しています。

第四フェーズは、「どこでもいい未来を作る」スコアリングソリューション事業です。第二フェーズで得られる仕事の受発注における相互評価をスコア化します。

現在の金融における信用スコアは、税金や公共料金の支払い状況などが中心ですが、重要なのは仕事のレベルに合わせたスコアです。仕事ができる人は節税対策なども行うため、表面的な数字だけでは信用度が測れない。仕事に応じたスコアがあれば、住宅ローンや海外での住居契約の審査などにも活用できます。個人版の帝国データバンクのようなものです。

このスコアがあれば、フィリピン人がアメリカに行っても「出稼ぎ」としてではなく、「高度人材」として評価され、移動の自由も高まります。この第四フェーズによって、フィリピン人に対しても個人にスコアがつき、安心して仕事ができる世界が実現し、「世界同一職種同一賃金」に近づいていく。これらのデータを蓄積し、スコアリングシステムを構築するのが10年後の目標です。

コロナ禍が転機 関心事は「人材」事業

── これまでの事業の中で、成長のきっかけとなった出来事があれば教えてください。

龍﨑 コロナ禍は大きな転機でした。知名度は上がったものの、利用者がほとんどいなくなる時期もありました。しかし、テレビ会議が普及して状況は一変しました。テレビ会議で事足りるようになり、全国のコワーキングスペースへの営業も格段に楽になりました。フランチャイズの募集も、テレビ会議で説明し、クラウドサインで契約、スマートロックとQRコードが印刷されたPOPを設置すれば完了という手軽さです。

また、個室型ワークスペースとの出合いも大きかったです。もともと赤字覚悟で事業を進めていましたが、コロナ禍で個室の需要が急増しました。コロナ前はオープン型やブース型が主流でしたが、私たちは個室型に舵を切り、これが“大当たり”となりました。

バランスシートが重く、決算書上は大変な面もありますが、個室型との出合い、そして個室の予約システムや無人・省人化システムがすべて重なり、大きな強みとなっています。これだけの店舗数を、わずか14人ほどで運営できています。システムを導入したいという問い合わせが多く、加盟店が増え続けています。

個室の利用者は都心部で特に多く、1日3~4回転する部屋もあります。顧客ニーズを満たしながら、無人運営によって運営コストを最小限抑えられるため、1ヵ月目から黒字化できる店舗もあります。地方では都心と単価が異なるため、初期投資の回収期間が長引く場合もありますが、エリアに合わせた調整を行っています。3年前から店舗も右肩上がりで売上が伸びています。

しかし、自社で店舗を出し続けることだけが目的ではありません。本来の狙いはクラウド上で勝負し、世界中のワーカーをつなげること。儲かるモデルをFCとして提供し、私たちはバランスシートを軽くし、ロイヤリティ収入を得るというWin-Winの関係です。直営店のほうが3倍の収益を得られることもありますが、私たちはFC展開を優先し、場合によっては自社で作った店舗を売却することもあります。

── 今、最も関心のあるトピックは何ですか?

龍﨑 追求しているのは「人材」で、今後展開するのはすべてエージェント型です。会員データベースを活用し、本当に良い仕事を紹介してくれる優秀なエージェント企業とだけ提携していきます。プロ野球選手にエージェントがつくのが当たり前であるように、一般のビジネスパーソンも代理人を立てて就職したり、仕事を得たりする形を目指したいと考えています。私たちは、自社で人材紹介を行わず、優秀なエージェントにご協力いただき、いいオフィスの会員を紹介してもらう。

人材業界に新しい風を吹き込みたい。当面は売り手市場が続くことでしょう。人材の流動化に強い関心を持っています。

「百年以内に潰れる企業」を目指す

── 今後どのように事業を推進されますか?

龍﨑 店舗は増やしていきます。ライバルが少ないため、駅近に個室を作るという戦略は、良い物件を確保できれば既得権益のような状態になります。

第一フェーズのコワーキングスペース事業だけで見れば、私たちを追い越すには500億円ほどの資金が必要になるでしょう。物件の確保、システムの構築、優秀な人材の確保を考えると、それくらいなければ成し遂げられないと思います。私たちは常に先手を打ち、市場の隙間を埋めるように事業を展開しています。

人材事業については、フィリピンをはじめ、アジア、アフリカといった地域に進出するための準備中です。新たな資本が必要となるため、もう一社設立し、増資などを検討しながら、1年をかけてその準備をすべて整えます。

ワークスペースと人材事業において、日本でのIPOを目指します。また、クラウドソーシングで世界中をつなげる受発注事業に関しては、日本か海外か、どこで上場するかはまだ決めていません。

なおM&Aはあまり考えていません。私は「ものを作る」こと、特に「カルチャーを作る」ことが好きな人間だからです。会社の規模だけを拡大するならM&Aも必要ですが、私が最も大切にしているのはカルチャーです。世界観を一つひとつ作っていきたいのです。

── 最後に将来の展望をあらためて教えてください。

龍﨑 弊社の目標は「百年以内に潰れる企業」を目指すことです。「世界同一職種同一賃金が当たり前になる世界」を実現したいという思いからです。フィリピン人だから、アフリカ人だから安い、というのではなく、同じ仕事であれば世界中で同じ対価がもらえる世界です。

越境をともなうクラウドソーシング事業は、為替差益などがあるからこそ儲かる事業です。私たちのサービスは発注金額に対して数十%の手数料を発注者から徴収するモデルになっていますが、多くの競合が出てくることを想定しています。競争することによって手数料が下がり、私たちのサービスはいずれ儲からなくなります。海外の仕事に1万円で発注し、1万1500円で提供するような手数料がなくなる世界になれば、私たちのサービスは必要とされなくなるでしょう。

ただ、それこそがいい世界だと考えています。百年続く企業も素晴らしいですが、百年以内に目的を達成して、つぶれる企業も悪くないという考え方を持っています。

世の中の歪みを正し、目標を達成するまでは、私たちの会社は売上が伸びていき、時価総額も高くなっていくでしょう。しかし、最終目標は、私たちが提供しているものが当たり前になる世界です。

氏名
龍﨑宏(りゅうざき こう)
社名
株式会社いいオフィス
役職
代表取締役社長

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