NVIDIAのCEOが次なる波として言及する「フィジカルAI」。その中核をなすのが、現実世界の情報を正確に捉える「目」の役割を果たす画像認識技術だ。
この最も難易度が高いとされる「行動認識AI」の分野で、独自開発のAI技術で世界に挑戦しているのが株式会社アジラである。
創業から7年間は受託開発を中心に技術を磨き、3年前に満を持して自社プロダクトをリリース。技術力がありながらも、その価値を十分に発揮できずにいた「ダイヤモンドの原石」は、いかにして輝き始めたのか。事業変遷の裏側と、日本発のAIインフラで世界を目指す壮大な構想について聞いた。
企業サイト:https://jp.asilla.com/
目次
技術力を武器に、受託開発から自社プロダクトへ
── 創業から今年で10周年だそうですが、これまでの歩みについて教えてください。
尾上氏(以下、敬称略) 私たちは「行動認識AI」という、画像解析の中でも特に高度な技術を核とするAIカンパニーです。創業から7年ほどは、さまざまなお客様の課題解決をお手伝いする受託開発をメインに事業を展開していました。この期間にじっくりと技術力を高め、3年前に自社プロダクト「AI Security asilla」(アジラ)をリリースしました。
──受託開発から自社プロダクトへと、事業の軸足を移されたのには、どのような背景があったのですか。
尾上 日本のAI企業の多くが受託開発をメインにしていますが、このビジネスモデルは売上を伸ばそうとすると、それに比例してAIエンジニアを増やし続けなければならず、コストも増えていく構造的な課題を抱えています。いわゆる「上場ゴール」に陥りやすいのも、このあたりに原因があるのかもしれません。
一方で、自社プロダクトであれば、一度開発したものを多くのお客様に提供できます。同じ開発体制のまま、プロダクトが売れ続けることで継続的に売上が積み上がり、利益率も高く、スケーラビリティのある事業展開が可能です。私たちが強みとしている行動認識AIの技術を、より広く、より速く社会に届けるためには、自社プロダクトが不可欠だと判断しました。
── 2021年には、OCR(Optical Character Recognition/Reader、光学的文字認識)事業を譲渡するという大きな決断もしていますね。
尾上 当時はまだ資金調達も潤沢ではなかったため、会社のリソースをどこに集中させるべきか、真剣に議論を重ねました。そして、私たちが未来を賭けるべきは「行動認識AI」であるという結論に至り、今や事業の根幹となっています。
まさに「集中と選択」です。事業譲渡によって得た資金を、行動認識AIのさらなる開発に投資することで、現在の成長の礎を築くことができました。
防犯カメラを「見守りカメラ」に変える革新技術
── 「行動認識AI」とは具体的にはどのような技術なのですか。
尾上 私たちの行動認識AIは、防犯カメラなどの映像から、まず人の関節点をリアルタイムで推定します。画面に映るたくさんの人々を、それぞれカラフルな線でできた「棒人間」のような形で捉えるイメージですね。そして、その棒人間が時系列でどのように動いているかをAIが解析し、「歩いている」「座っている」「何かを殴っている」といった行動を自動で認識します。
もし、転倒や暴力、体調不良といった異常な行動(インシデント)を検知した場合は、即座に管理者へアラートを通知します。これが、私たちの技術の基本的な仕組みです。
── 事件や事故が起きてから映像を見返す、という従来の防犯カメラのあり方を根本から変えるものですね。
尾上 おっしゃるとおりです。従来の防犯カメラは、何か起きた後の「記録」を見るためのもので、リアルタイムでの「防犯」にはなっていないのが実情でした。エスカレーターでの服の挟まれによる死亡事故や、駅のホームでの事件、あるいは熱中症で人が倒れてしまうといった悲しい出来事は、後から映像を確認しても防ぐことはできません。
私たちのAIは、人間の警備員に代わって24時間365日、映像を監視し続けます。そして異常が起きた瞬間に知らせることで、迅速な対応を可能にし、事故を未然に防いだり、被害を最小限に食い止めたりすることに貢献できるのです。
── すでに多くの施設で導入が進んでいるとうかがいました。
尾上 現在、全国150以上の施設に導入いただいています。不特定多数の方々が利用される大規模な商業施設や複合施設はもちろんのこと、駅や空港といった公共インフラ、さらには大学など、その範囲は急速に広がっています。人の目だけでは監視しきれない場所は社会のいたるところにあり、そうした場所すべてに私たちのAIが貢献できる可能性があると考えています。
世界が認める技術力と、それを支える組織
── 競合もある中で、アジラが選ばれる理由、その強みはどこにあるのでしょうか。
尾上 画像解析には、物体を認識するものや、背景との違いを見つけるものなど、さまざまな種類がありますが、人の動きを捉える「行動認識」は、その中でも最も技術的な難易度が高い領域です。私たちは、この領域で世界レベルの技術力をもっていることが最大の強みです。
特に優れているのが、AIアルゴリズムの「軽さ」と「精度」の両立です。防犯カメラの映像には何十人もの人が映り込みますが、一人ひとりの動きを高精度で解析するには、通常、膨大な計算リソースが必要になり、ハイスペックなサーバーを導入すればコストも跳ね上がります。
私たちの技術は、AIを軽量化することで、現場で運用可能な価格感を実現しながら、著名なオープンソース等と比べても高い認識精度を維持しています。これは、長年の研究開発のたまものですね。
── 3年前、自社プロダクトのリリースというタイミングで参画されたそうですが、どのような経緯だったのですか。
尾上 エージェントからの紹介でいくつかのスタートアップとお会いしましたが、アジラの技術に最も心を奪われました。まさに“ダイヤモンドの原石”だと。これほどの技術力があるのに、営業や資金調達といったビジネス面でそのポテンシャルをまったく活かしきれていない、と感じたのです。この会社を磨けば、もっともっと社会の役に立てるはずだと確信し、参画を決めました。
── その後、代表に就任されました。創業者との役割分担がスムーズに進んだことが、現在の成長につながっているのですね。
尾上 創業者の二人はともに技術のスペシャリストです。彼らには、会社の未来を創る新しい技術開発に専念してもらい、私が事業を拡大させる経営の部分を担う。この役割分担がうまく機能しています。それぞれが見ている領域が違うからこそ、お互いをリスペクトし、任せることができる。意見がぶつかることもありますが、プロダクトを成功させたいという思いは同じです。
グローバル展開と、LLMが拓く「フィジカルAI」の未来
── 今後のマーケティング戦略、特に海外展開についてはどう考えていますか?
尾上 国内では、大手デベロッパーや警備会社といったパートナーとのネットワークがある程度構築できてきましたので、ここからさらに連携を深めていくフェーズです。
次に見据えているのは、グローバル展開です。海外のパートナー企業を見つけ、共に市場を開拓していくことが、今後の事業戦略の大きな柱になります。
ただ、海外では日本と異なる難しさもあります。たとえば、日本では高齢者の体調不良や障がいのある方への手助けといった「見守り」のニーズが高いのに対し、治安が不安定な国では、銃器の検知や凶悪犯罪の抑止といった、よりシビアな要求をいただくこともあります。現地のニーズを丁寧にヒアリングしながら、プロダクトを最適化していく必要があると感じています。
── プロダクトの進化という観点では、どのような構想を持っていますか?
尾上 今は映像に映る人の「動き」を検出しているに過ぎませんが、今後は、今まさに世界中で開発競争が起きているLLM(大規模言語モデル)、その中でも映像とテキストを統合的に処理するVLM(Vision Language Model)との連携が鍵になると考えており、弊社でもすでに研究開発に着手しております。
これが実現すると、AIは単に行動を認識するだけでなく、その裏にある“文脈”まで理解できるようになります。たとえば、同じ「人が倒れている」という事象でも、「子どもがふざけて寝そべっている」のか、「高齢者が発作を起こして倒れた」のかを区別し、後者だけを緊急事態として通知できるようになるわけです。
将来的には、AIが状況を判断し、ロボットに指示を出して担架を持って現場に向かわせるといった世界が、10年後にはあり得るかもしれません。
今、人が介在している判断やアクションの多くを自動化できる「フィジカルAI」という分野に注目が集まっています。。ホワイトカラーの事務作業を効率化するAIの次の波は、間違いなくこちらに来ます。そのとき、現場を見る「目」を持つ私たちアジラが、その中核を担えると信じています。
日本発のAI企業として、世界へ
── 日本のAI企業として今後、どのようなポジションを築いていきたいですか。
尾上 行動認識AIを軸としながらも、新たな領域への挑戦をすでに始めています。科学警察研究所と共同で不審な動きを事前に見抜く研究を進めたり、国際的なディープテックスタートアップの祭典である「Global Deep Tech Geeks Startups Competition」で世界1位を獲得したりもしました。
今後は、画像の領域にとどまらず、設備の異常や異音を検知する防災分野などにも技術を応用し、世の中の役に立つものを次々とリリースしていきたいですね。
私は、この会社に入ったときから「アジラは日本を代表するAI企業になれる」と確信しています。経済産業省がユニコーン企業を育てようと掲げていますが、現状は寂しいと言わざるを得ません。私たちは、その状況を打破できるポテンシャルをもっています。
しかし、それは私たちだけの力では成し遂げられません。私たちの技術にご注目いただき、育ててくださるパートナーの存在が不可欠です。現在、業務提携パートナーは70社を超えました。日本発で、世界で本当に戦えるAI企業を、皆さんと一緒に作り上げていきたいですね。
- 氏名
- 尾上剛(おのうえ ごう)
- 社名
- 株式会社アジラ
- 役職
- 代表取締役CEO

