1947年の創業以来、日本のレッグウェア市場を牽引してきたアツギ株式会社。しかし、市場の「生足ブーム」や組織の硬直化により、近年は不動産事業に収益を依存する構造的課題を抱えていた。この老舗の再生を託されたのが、帝人グループを経て2022年に社長となった日光信二氏である。
繊維の可能性を再定義し、組織風土と収益構造の抜本的改革に挑む同氏に、新生アツギが描く「肌と心がよろこぶ」未来について聞いた。
企業サイト:https://www.atsugi.co.jp/
アツギに立ちはだかっていた市場と組織の課題
── アツギの歴史について、そして社長就任時の社内について教えてください。
日光氏(以下、敬称略) 創業78年を迎えた企業で、創業者の堀禄助が日本で初めてシームレスストッキングを開発・普及させた、いわば業界の草分け的存在です。
40~50年前にはアパレル業界でトップクラスの時価総額を誇った時期もありましたが、そこから見ると、現在は下降局面にあるといわざるを得ません。その最大の要因は、生足ブームが起こり女性の美意識が「ストッキングやタイツを履かないほうがかっこいい」という方向に変化したことが挙げられます。
さらに組織面では、長らくワンマン経営が続いており、組織全体がトップの指示に従う「右へならえ」の風土が定着していました。自ら発信し、行動を起こす文化が失われていたのです。組織は存在しても、すべてが社長からの指示待ちの状態でした。
── 現状の課題に対してどう取り組んでいますか?
日光 アツギには、お客様から見たときに「信頼」「安心」という絶大な優位性があります。これはかけがえのない宝であり、今も揺るぎません。
その礎となっているのが、確固たる技術力です。この技術を生かせば、まだまだ可能性があり、会社は再生できると信じています。
とりわけアツギは、原料を加工する際の技術が強みです。この加工技術は変化・進化しやすく、新規参入も多い一方で、淘汰される企業も多い業界です。しかし、そこにヒントやアイデアがあれば、いかようにも発展できる可能性を秘めています。
重要なのは、お客様の悩みや「こんなものがあったらいいな」という日常の些細な気づきの中にヒントを見つけ、新たなニーズを生み出すことです。常にそのような視点を持つことで、チャンスはいくらでも生まれると考えています。
しかし、当社はこれまで待ちの姿勢を変えられず、閉鎖的なマインドになっていました。これを崩すことで、無限の可能性が広がります。国内需要が停滞する中でも、グローバルにはいくらでも攻められる市場があります。
オフィス、人、そして製品から会社を変える
── 従業員に変革を促しているのだと思いますが、具体的にどのような取り組みをしていますか?
日光 じっとしている人、動こうとしない人、お客様のもとへ行こうとしない人が多いのが現状です。こうした人々のポテンシャルをどう引き出すかが課題です。
昨年始めに、事務所を移転しました。78年間、神奈川県海老名市に本社がありましたが、駅から徒歩20分という立地であり、どうしても「アツギ村」に閉じこもりがちになってしまう。これは良くないと判断しました。
優秀な人材を獲得するためには、立地の良さも重要です。快適で働きやすい環境が求められる現代において、東京や横浜、新横浜なども検討しましたが、最終的に海老名駅直結のオフィスビルに移転しました。
移転により、外部との接触機会が増え、利便性も向上します。環境の変化は、マインドの変化につながる最も大きな要因です。
「もっと前へ。もっと外へ。」この二言(ふたこと)をスローガンに、みなが外に出て、触れ合おうと呼びかけています。人と人が交わることで、進化と変化が生まれると信じて、その声をかけ続けています。人と交流を持つことで、自分にはない相手の考え方が見えてきますし、自分もそこを見習おうという思いが生まれるからです。
── 意識改革や構造改革を進めてきた中で、入社時と比べて最も変わったと感じる点はどのようなところでしょうか?
日光 アツギの良いところは、人が良いことです。奥ゆかしいともいえますが、性格が良い人が多い。
逆に、「やんちゃ」な人はいません。相手を蹴落としてでも前に出るような人はおらず、相手を思いやる人が多い。これは良い面でもあり、悪い面でもあります。
人間の性格そのものを変えるのは難しいですが、攻める姿勢は誰にでもできるはずです。そうした人がいないと、会社は成長しません。今は、攻める人が一人、二人と増えてきたと感じています。
── 社長就任後の製品開発についても教えてください。
日光 生足ブームから30年程が経ちますが、この流れに風穴を開ける必要があります。そのために、さまざまな新しいブランドを立ち上げています。
これまでタイツの色は、ほとんどが黒、グレー、肌色で、ファッション性に欠けていました。若い人が履きたくなるような雰囲気が必要です。ファッションを楽しむためのカラーを早く取り入れたいと考えていました。
過去にも何度か挑戦しましたが、その際はヒットに至っていません。
しかし今回、「Atsugi COLORS」というブランドを立ち上げました。ファッションコーディネートにおいて、ちらっと見える足元におしゃれ感があれば、非常に良いのではと考えたのです。
27色のカラーバリエーションを作成しましたが、当初、従業員が持ってきたカラーブックは、言葉は悪いですが「おばちゃんの色」ばかりで驚きました。「アツギはこうでなければならない」というイメージに固執してしまい、年配者向けのブランドになりつつあったのかもしれません。
そこで、Atsugi COLORSではカラフルで明るい色を取り入れました。差し色にもなり、ファッションの幅が広がります。
このAtsugi COLORSを立ち上げると同時に、大手アパレルとも連携が始まりました。私が他社にAtsugi COLORSを提案したわけではなく、先方がカラー展開を考えていたところに、当社の製品がマッチングしたのです。
それが今、非常に売れています。アツギブランドの製品を出しながら、大手アパレルのOEM(受託)生産も積極的に行っています。。
また、「スゴスト」というブランドも展開しています。通常、ストッキングは5~6回履くと破れてしまいますが、このスゴストは30回履いても破れず、社内試験ではパイナップルを入れて200回振っても破れないという耐久性を実現しました。2025年発売したこの製品は、ドラッグストアなどでも展開しています。
また、航空会社の客室乗務員の方が忙しいときにストッキングが破れると、交換が必要になり、タイムパフォーマンスに対するストレスが生じます。この製品なら、破れる心配がありません。
現在、日本の航空会社にデモンストレーションを行っており、ある会社に訪問した際には、約350人の方々に来場いただき「これを待っていた」と大変喜ばれました。今までにない発想と解決策で、女性が長年悩んでいたことに対する一つの答えだと考えています。
これを世界に広げていきたいです。特にアメリカは航空産業が巨大であり、バス代わりに飛行機を使う国なので日本の数倍の客室乗務員がいます。日本の大手は客室乗務員が約8000人であるのに対し、アメリカの大手にはそれぞれ3万人以上の客室乗務員がいるのです。
こうした市場にもチャンスを広げられると考えています。
不動産依存脱却のための構造改革をどう進めるのか?
── 現状は、中期経営計画の期間の序盤、繊維事業が赤字である一方、不動産事業が収益を支えています。これをどのように転換するのでしょうか?
日光 おっしゃる通り、これまでアツギは繊維事業が儲からず、不動産に依存していました。しかし、これからは不動産に頼らず、繊維だけで儲けなければなりません。
そのために、まず会社の構造自体を変える必要があります。
2020年、アツギが収益を確保できていなかった分野である紳士向けのインナーウェアやパジャマに強い、株式会社レナウンインクスを買収しました。これにより、レッグウェアとインナーの収益バランスが8対2から5.6対4.4へと変化しています。インナー業界も厳しいですが、レナウンインクスは安定収益を上げています。
一方、アツギ本体の繊維部門を立て直すため、高付加価値商品の拡充と自社ブランドのさらなる展開が進行中です。PB(プライベートブランド)供給からNB(ナショナルブランド)シフトへの転換もしています。特に量販店向けPBはコスト競争が厳しいため、NBシフトは基本戦略です。
その中で、先ほど申し上げたスゴストに加え、「アツギメディカル」という新たな取り組みも進めています。「スルッと着圧」という着圧ソックスは、履きにくさ、脱ぎにくさを解消し、スムーズに着用でき、かつ着圧効果も得られます。
製造面では、2022年日本にあった最後の工場、青森県のむつ工場を閉鎖。現在は中国にのみ工場があります。しかし、中国の人件費は上昇しており、5~10年後には日本と同等になるかもしれません。
製造原価の低減とBCP(事業継続計画)対応のためには、中国だけでは不十分であり、ASEANシフトを進めています。3年をかけてインドネシア、タイとカンボジアに協力工場を確立しました。
同じく中国の人件費高騰に対応するため、2024年12月には中国の別の新工場を建設しました。自動倉庫、自動運搬をはじめとして各製造工程の自動化を進めています。これにより更なる製造原価の低減を目指し競争力の強化に努めています。
男性向けも含め「肌」を軸に幅広い製品展開へ
── 会社として掲げる「フェムサポ」について教えてください。
日光 「フェムサポ」の取り組みは、約4年になります。基本的には女性に寄り添う考え方で、創業以来の「すべての女性の美と快適に貢献したい」という信念に基づいたものです。フェムテックという言葉が世に出てきたときに、まさにアツギがこれまでやってきたことだと確信しました。
フェムテックの啓蒙活動には力を入れていますが、世の中を動かすのは容易ではありません。多くの製品を発表していますが、お客様からの信頼を得るには至っていません。この点で、取り組みは今後も継続していきます。
2023年には、パーパスを「肌と心がよろこぶ、今と未来へ。」、ビジョンを「肌心地から、感動を生み出す フィールウェアのアツギへ。」と制定しました。この言葉は、社員の思いや社会貢献への意欲と合致し、力強いパーパスができたと感じています。
また、社員が中心となり、私も加わり考えたパーパスでありビジョンです。社内外に向けて力強いメッセージとなることを期待しています。
── 社長が描く未来のアツギの姿について、事業ポートフォリオの繊維、不動産、フェムテックなどで、どのような比率になるのが理想でしょうか?
日光 不動産事業の収益に頼るのではなく、繊維事業を収益化することがアツギにとって最も重要だと考えています。やはり、アツギが持つ繊維技術によって社会に貢献し、成長していきたいです。
成長の根幹には、当社のパーパスと同様、「肌に対してどのように貢献できるか」があります。「肌を美しく、そして健康に」することは、揺るぎない目標です。その中で、本当に喜んでもらえる製品を常に探求し続けなければなりません。今に満足することはできません。
その進化をどう遂げるか。地球温暖化などの環境問題、そして変化する社会の中で、われわれがどのような技術を磨きお客様の喜びにつなげるか。市場環境の変化によって技術が磨かれ、製品も変わっていきます。得意な機能があれば、お客様にヒットする製品が必ず生まれます。
環境の変化とともに技術も進化するという意味で、パーパスの基盤にあるのが「繊維には無限の可能性がある」という軸です。このベースのもと技術を磨いていけば、日本の人口減少や生足のようなトレンド変化の中でも、環境変化による技術革新が生まるでしょう。
その革新を掴むことで、新たな製品が生まれ、われわれが目指す未来へとつながります。
10年後のアツギは、女性だけでなく男性も対象とした製品展開も視野に入れています。「アツギメディカル」には男性用製品も近く販売を予定しています。ワークマンに「ワークマン女子」があるように、さまざまな可能性が考えられます。
肌に優しくありたいという思いがあれば、10年後のアツギは、今よりも肌に優しい製品を提供し、化粧のように肌を美しく見せるだけではなく肌自体を健康にするという目標も達成できると考えています。
- 氏名
- 日光信二(にっこう しんじ)
- 社名
- アツギ株式会社
- 役職
- 代表取締役社長

