1893年の創業以来、看板製品「仁丹」などを通じて人々の健康に寄り添ってきた森下仁丹株式会社。生薬研究と独自のシームレスカプセル製剤技術を核に、BtoCのコンシューマー事業のみならず、産業用途まで広がるBtoBのソリューション事業も会社の柱へと成長させている。
代表取締役社長の森下雄司氏は、「家族主義」の社風を大切にしながらも、事業の「新基軸」を打ち出す試みを続けてきた。自社技術を単なる製品としてではなく、パートナー企業の課題を解決する「手段」と再定義することで、非可食分野への進出など市場開拓を進める。
「オモロい」をキーワードに、独自の技術で健やかさと豊かさを紡ぐ同社の歩みと変革への挑戦について、聞いた。
企業サイト:https://www.jintan.co.jp/
目次
BtoB事業が成長した現在の森下仁丹
── 「仁丹」は多くの人に知られていますが、あらためて歴史から教えてください。
森下 創業者は森下博で、広島県福山市の出身です。大阪に出て丁稚奉公で仕事を学び、その後、薬の町である大阪の道修町で医薬に関心を寄せました。
1893年に薬種商として、森下南陽堂を創業。当初はさまざまな製品を扱っていましたが、現在の社名にもなっている「仁丹」を1905年に発売しました。当初はベンガラ(天然合成顔料)でコーティングしていましたが、後に銀箔コーティングへと変更しています。
衛生状態があまり良くなかった時代に、創業者が台湾に行った際に現地で常用されていた丸薬に出会い、開発したのが仁丹です。人々の健康を守る家庭薬として生まれました。
その後、さらに健康に寄与できる製品を開発するのために、仁丹の開発で培った素材研究や“包む”球体技術を発展させました。液体仁丹を作るため約50年前にシームレスカプセルの研究を開始し、現在ではその技術を生かした「ビフィーナ」などのサプリメントや「鼻・のど甜茶飴」のような食品に生かされています。
他、素材研究から発展させた機能性原料を用いたサプリメントなど、時代に合わせて健康に寄与する製品を開発し、現在はコンシューマー事業として展開。そして、シームレスカプセルの受託製造や、機能性原料の販売といったBtoBのソリューション事業が、もう一つの柱です。現在、大きくはこの二つの事業を中心に展開する流れとなっています。
── 現在の売上構成比はBtoB事業の方が高いのでしょうか?
森下 その通りです。今ではBtoB事業が全社売り上げの6割以上を占めるまでに成長しています。ただ、参入時、メンバーには葛藤があったと思います。もともと医薬品メーカーとしてやってきましたが、サプリメント分野への進出や、通信販売や独自技術を活用した受託事業を取り入れようという動きは、早くからありました。
しかし、社内で主流派だったのは仁丹の生産や営業で、実績面でもドラッグストア向けの営業部隊が売り上げの大半を占めていました。そのため、どの事業も立ち上げ当初は、少数派で携わった人々は苦労しながら進めてくれたと思います。今では、サプリメントや通信販売は、コンシューマー事業の柱の一つとなり、BtoB事業に至っては、当社の成長を支える主力事業になっています。これも葛藤を乗り越え、熱い思いと信念をもって取り組み続けてくれた従業員がいてくれたからです。
古き良き大阪の気風を残す「家族主義」
── 組織づくりの特徴を教えてください。
森下 古くから「家族主義」を掲げており、従業員との関係が非常に深いのが特徴です。当時は、従業員用に敷地内に住居を用意したり、創業者が社員の子どもの名前をつけたりすることもあったと聞いています。また、社員の呼び名のルールというものがあった時代にあわせて、当社も踏襲していたようです。
今はさすがにそこまでではありませんが、同じような関係性は続いていると感じます。長く勤める社員が多いことが、関係性を保てる理由でしょう。
社員は、真面目で実直な人が多いです。医薬品を製造する当社にとって、非常に重要なことです。人の口に入るものを扱うため、安心できるものをお届けしなければ生き残れない、いい加減なことをしている会社は生き残れないという思いがあります。
また、できるだけ自由に闊達に意見を交換できるような関係性を心がけています。
── 社員の呼び名のルールというのは、具体的にどのようなものだったのでしょうか?
森下 当時は「〜吉(きち)」とか「〜助(すけ)」といった、階級に併せた呼称で呼んでいたそうです。昔の大阪の気風によるものだろうと思います。
最近は、ビジネスネームを導入している会社があり、深い関係性を築いているケースがあります。文化として定着するには時間がかかるかもしれませんが、コミュニケーションを円滑にするための一つの方法ではないでしょうか。
自社技術と社外ニーズのシナジーはどう生まれるのか
── 成長をさらに加速させるための大きなターニングポイントとなった取り組みや、計画していることを教えてください。
森下 マイナスのターニングポイントも経験してきました。100年以上の歴史の中で、赤字や財務面での厳しい時期、さらに戦争といった外部要因もありました。結果的に、それらを乗り越えてきた「しぶとさ(志太さ)」が現在の底力になっています。
主力製品に依存するのではなく。1980年頃からシームレスカプセルの受託製造や、素材研究の成果を外部に販売するソリューション事業が成長しています。
一つの事業を続けてきたのではなく、複数の柱を立てそれらが大きくなって今に至っています。新規事業というより、「新基軸」を立ててきたような感覚です。すべてがうまくいくわけではありませんが、うまくいかないと思って諦めていては何も起こりません。さまざまなことに関心を持って取り組む必要があります。
最近では、2023年に錠剤工場のMJ滋賀をグループ化しました。当社はシームレスカプセルが主力ですが、MJ滋賀の強みである錠剤技術と融合させることでシナジーを生み出し、生産能力と提供のキャパシティを大幅に増強することが今後の重要な成長戦略の一つです。
── シームレスカプセルの技術は、医薬品や食品だけでなく産業用としても広がっているとうかがいました。それが実現できた要因は何でしょうか?
森下 私たちは医薬品や食品など、口に入る「可食分野」を中心に事業をしてきました。しかし、カプセルの中に何を入れたいか、カプセル化することで何を解決したいか、というニーズは、企業ごとにそれぞれ異なります。
そうした中で、メディアに取り上げられる機会が増え、さまざまな企業から「こんなことに悩んでいるが、森下仁丹のカプセルで何とかならないか」といった問い合わせが来るようになったのです。
たとえば、当社が手掛けていない非可食分野(薬や食品のような人体に入れないもの)でも、害虫駆除や貴金属の回収などで使えるのではないかと、注目されました。このように、多くの問い合わせをいただき、チャレンジした経緯です。
部署名も、以前のカプセル事業部から「ソリューション事業部」に変更しました。カプセルを提供するのではなく、カプセルを使って課題を解決する方法としてとらえ直したということです。
── テレビで取り上げられたことがきっかけで、さまざまな可能性にチャレンジされたのですね。
森下 私たちの中に答えはなく、ニーズは外にあります。問い合わせをいただいたことで、多くの気づきがありました。私たちの技術を発信し、ニーズを外に取りに行かなければなりません。
シーズとニーズの両方をつくり出していかないと事業は成り立たないと、あらためて感じました。
時代の「変化」の波を乗り越え、自社にしかできない価値を追求し続ける
── 先ほど、赤字決算や戦争といったマイナスのターニングポイントの話がありました。特に困難だった局面について、教えてください。
森下 主力であった仁丹の事業が、オーラルケア製品、リフレッシュ製品といった競合の増加や人々の嗜好の変化により、成長が鈍化したのが大きな壁でした。次の時代に進むため、カプセルやサプリメントといった新しい分野へ発展させる必要に迫られました。
そんな中、2015年、機能性表示食品制度がスタートしたことがブレークスルーとなりました。また、自社製品を販売するだけでなく、研究した素材を機能性原料として外部企業にも提供できるようになったのが、もう一つのブレークスルーです。
医薬品や食品の分野は、時代や嗜好の変化、規制の変化、競合環境の変化が非常に大きく影響します。それらが壁になることもありますが、乗り越えるためにさまざまな方法で前に進んできました。
── 周囲の変化や人々の嗜好の変化に対して、どのようにニーズをとらえ、製品開発に生かしているのでしょうか?
森下 たとえば、タブレットのようなミント菓子やグミを数十年前に手がけたこともありましたが、定着しませんでした。しかし、その後、多くの企業がグミを手がけ、成功しています。
この点で、「早すぎた」という言い訳をすることも正直なところ、あります。製品開発では、マーケットがまだでき上がっていない状態からスタートさせ私たちの手で定着させるケースがあれば、ニーズが顕在化しマーケットが大きくなる中でプレイヤーとして参入する方法も存在します。
グミの場合は、マーケットができ上がっていない中で着手したものの、定着させられなかったということでしょう。反対に、仁丹やサプリメントの「ビフィーナ」などは、先行して取り組んでうまくいった製品だと思います。
社内で「これをやってみよう」「今だからこそやろう」といった形で、その都度、取り組みを進めてきました。生活者、消費者として私たちが欲しいものをつくるというやり方もありますが、当社は自社独自の技術を使って自社にしかできないものをやろうという考え方で、開発を行っています。
もっとも、誰がやってもうまくいくことだけをやっていたら、競合以上の成長はありません。当社にしても、先輩方がリスクを引き受け、報われないかもしれない労力をかけつつ挑戦してくれたからこそ、今の事業があるのです。
私たちも、現状に安住せず、次の新しい市場やステージを私たちで見つけられればと考えています。
── 過去の経験や試行錯誤を、その後の戦略や組織づくりにどう生かしているのでしょうか?
森下 外部環境は大きく変化し、医薬品や医療分野も技術が進歩しています。同じ場所にとどまっていては埋もれてしまうため、変化に対応していかなればならないというのが、過去の教訓です。
そこで、独自性を強く打ち出すため、製品づくりやマーケティングの考え方として「オモロい」というキーワードを掲げています。「オモロい」とは、ユニークで独自性のあるものです。それを実現するには、研究開発や将来への投資が不可欠です。
組織としても研究開発に注力し、さまざまな分野の研究者が集まっています。知的好奇心を持って「オモロい」を追求する姿勢が重要です。また、人の「オモロい」を否定せず、誰かが感じたものに蓋をしてはなりません。
特に若いメンバーには、社内にすべての答えがあるわけではないので、さまざまなニーズやヒントを吸収し、アウトプットを期待しています。役職や役割に関係なく、みなで取り組みたいと考えています。
オモロいメンバーでオモロいものをつくる
── 人材の採用についてお伺いします。どのような資質を持った人物を求めていますか?
森下 「オモロいやつ」ですね。特定の分野を学んだ人や経験のある人も歓迎しますが、人間的にユニークだとなお良いです。さまざまなキャラクターが集まって、わちゃわちゃとやっている職場環境が、面白いと思います。
また、海外事業に注力しているため、海外出身の社員も増えています。フランス語、中国語、英語、日本語が飛び交うような環境です。国籍だけでなく、さまざまな経験を持つ人が集まって互いに刺激し合い、新しいことができると考えています。
生え抜きの社員も、中途入社の社員も、それぞれの良さを生かしながら、これからの森下仁丹を一緒につくる仲間を求めています。
── 今後、さらに成長する上で、10年、20年先を見据えたビジョンと、そのために注力する強化点について教えてください。
森下 創業130周年の際、パーパスを策定しました。「思いやりの心で、オモロい技術と製品で、一人に寄り添い、この星すべてに想いを巡らせ、次の健やかさと豊かさを、丹念に紡いでゆく。」です。このパーパスを軸に、独自性やまだ世にないものを追求します。コンシューマー、ソリューションの両事業でこれを繰り返し、形になるものを増やしたいです。
独自性やまだ世にないもの、自分たちが考える価値を、世の中に問いかけ続けたい。コンシューマー事業もソリューション事業も、これを繰り返すことで事業が形になればと考えています。
マーケットは変化しグローバル展開には大変さもありますが、さまざまなパートナーと協力しながら進めたいです。パーパスには、環境や産業用分野にも視野を広げる意図があります。かつての弊社は人の健康を重視していましたが、今は環境分野などでも私たちの技術が生かせるものがないか、常に関心を持って取り組みたいです。
事業化を実現するには、社員一人ひとりの成長が不可欠です。お互いを尊重できる環境の中で、みなが「オモロい」ものを形にできる会社にしたいと考えています。
- 氏名
- 森下雄司(もりした ゆうじ)
- 社名
- 森下仁丹株式会社
- 役職
- 代表取締役社長

