属人的になりがちな教育・研修業界において、「仕組み化」と「システム投資」を徹底した株式会社インソース。2002年に設立、東証一部を経て、現在は東証プライムに上場している。
研修の仕組みの具体像、障害者雇用やLGBTを含む多様な人材活用、さらにコロナ禍を乗り越えた戦略と生成AIがもたらす未来の展望を、代表取締役である舟橋孝之氏に聞いた。
企業サイト:https://www.insource.co.jp/
目次
講師に求めるのは教えたい気持ちより「愛情」
── 銀行員からキャリアをスタートし、ベンチャー企業を経て起業したそうですが、そこでの経験はどう役に立っていますか?
舟橋氏(以下、敬称略) 銀行から転職して流通業の会社で社長から指導を受けたことが、大きな糧になりました。そこで理解したのは、大企業と小さな会社では「貨幣価値」がまったく異なることです。
大企業の1億円と、中堅企業の1000万円、そしてベンチャーや小規模企業の100万円は、額面は違いますが価値として同等なのです。この感覚を身につけたことは、経営を考える上で非常に重要でした。大企業にい続けるだけでは、起業はきわめて難しかったと感じます。
── インソースは当初、コンサルティング会社として設立しましたが、なぜ研修事業へと舵を切ったのでしょうか?
舟橋 コンサルティングは、受注できれば高単価ですが仕事がない期間も発生します。収益が安定せず、会社を維持するのは大変だと感じました。そこで、より需要があり、広く販売できる研修業のほうが、収益を安定させられると考えました。
コンサルティングでは、命がけで資料を作成しても、現場の人が実行してくれないことが多々あります。それよりも、現場の方々と直接お会いし、一緒に改善策を考える研修の方が、手応えを感じられるとの考えもありました。
── 研修事業を「産業化」するという発想は、そのころからあったのですか?
舟橋 コンサルティングは一つひとつがオーダーメイドですが、私はそれを「コンテンツ」としてとらえていました。似たような内容をパッケージ化して量産できれば、利益率は低くても「量販」が可能になります。
教育を一つの産業として成立させる。この視点を持って研修業を開始しました。自分が登壇して目立つよりも、誰でも高い品質で提供できる仕組みをつくることに注力しました。
── インソースの研修は、コンテンツ作成と講師が分業されていると聞きました。この仕組みを導入した理由を教えてください。
舟橋 私はもともと地味な性格で、人前で話し続けることを苦手とするタイプです。自分以外の方でも登壇が可能になるようにコンテンツ作成と講師の分業を構築したのが理由です。
教育業界には「自分が教えたい」というご自身の考えや成果を積極的に示す方が多いですが、私は現場で生きるためのビジネスとして取り組んでいました。そのため、講師の個性が前に出る必要がない仕組みを優先しました。
── 講師の方々との関係性において、工夫していることはありますか?
舟橋 以前、講師を派遣する仕事をしていたとき、講師自身の想いや考えが強すぎて、お客様の要望に応えられない場面に直面しました。顧客志向を突き詰めると、こちらでシナリオを作成し、その通りに実施してもらうほうが合理的です。
また同じ人が、登壇が上手でテキストを書くのが得意とは限りません。二つを分業させることで、生産性は飛躍的に向上します。専門性で分ければ、適材適所の配置が可能になります。
── 「この通りにやってください」という指示に対し、講師の方々から反発はありませんでしたか?
舟橋 強いスター性のある人ではなく、受講生に愛情を注ぎたいと考える、ビジネス経験豊富で誠実な方を採用の基準にしています。
自分の個性が前に出るよりも、相手のために尽くしたいという愛情深い方々の採用に特化したことで、トラブルやクレームは極めて少なくなりました。現在、約500人の講師がいますが、みなさん、この方針への共感のもと、活躍しています。
── 研修の案件を獲得するのは容易ではないと思いますが、営業面での戦略はいかがでしょうか?
舟橋 教育は「不要不急」ととらえられがちで、仕事を取るのは大変です。お客様の要望にすべて応える柔軟性と、調整コストを下げて単価を維持する工夫が欠かせません。そのためにも、状況の変化に対応できる人柄の良い方を採用することが不可欠です。
インソースで人材の多様性が生まれた経緯
── 女性管理職の登用や、障害者雇用、シニア雇用など、多様な人材活用に積極的ですね。
舟橋 正直に申し上げれば、最初は人が集まらなかったため、やむを得ず多様な層に目を向けたという側面があります。特に若い男性は、ベンチャーである当社にはなかなか来てくれませんでした。
一方で、女性は自分の意志で「やりたい」と門を叩いてくれる方が多かったです。リクルートの創業者である江副浩正の著書にも、最初は女子大学生や女性の大卒者から採用を始めたとありましたが、まさに同じ道をたどりました。
── 障害者雇用についても、独自の考えをお持ちだとうかがいました。
舟橋 以前、就労支援事業を行っていましたが赤字になったため、事業を縮小する際、当時の利用者を全員、当社の社員として採用しました。それが、障害者雇用への思いを強めた始まりです。
彼らはきわめて優秀です。現在はシステム開発や翻訳、テキスト作成の中核を担っています。当社では精神疾患を持つ方も多く雇用していますが、適切な環境があれば高いパフォーマンスを発揮します。
── 社内の多様性に対する理解は、どのように浸透させたのでしょうか?
舟橋 「水割り理論」というものがあります。お酒や清涼飲料水などの原液を水で割る際の知恵をさす言葉ですが、当社においては多様な人材が調和を生み出すことのたとえとなります。研修を通じて、障害の有無にかかわらず、誰もが何かしらの課題を抱えていることを学びました。
LGBTの方々についても同様です。拠点長や部長クラスにも在籍しており、もはや誰も驚きません。カミングアウトしても「そうですか」と自然に受け入れる文化が定着しています。
── 多様性が組織の強みになっているのですね。
舟橋 結果論ですが、仕事をする上で属性を気にする必要はまったくありません。言葉遣いなどの最低限のルールは守りますが、それ以外は自由です。多様な人材がそれぞれの強みを生かすことが、当社の成長を支えています。
スピーディーな成長の原動力となった仕組みづくり
── 評価制度や報酬体系については、どのような工夫をしていますか?
舟橋 全社の業績が良ければ配分を増やす「山分けロジック」を採用しています。また、長く貢献した人や役職者には譲渡制限付株式を付与し、賞与以外の報酬も充実させています。
個人の成果主義に振り切らないのは、当社のビジネスが「コンテンツのストック」に基づいているからです。コンテンツをつくる人、売る人、そしてウェブサイトでの販促を支えるシステム担当、すべてが連携してバリューを生んでいます。
── 「仕組みの会社」であることを強調されていますね。
舟橋 当社は年間6000件以上の問い合わせをウェブサイトから獲得しています。これは営業個人の力ではなく、システムによる販促の結果です。協調して成果をつくる仕事なので、協調性の高い人が生き残る組織になっています。
── 2016年の上場以降、周囲の反応に変化はありましたか?
舟橋 上場直後はそれほど変化を感じませんでしたが、コロナ禍以降、ようやく信用が追いついてきた実感があります。知名度が向上し、人事で当社を知らない人はいないという状態になりました。
現在、研修市場における当社のシェアは約4.1%で、売上高は業界第2位と推定しています。資本政策についても、創業時から外部資本を入れず、自己資金と借り入れで成長させてきたことが、迅速な意思決定につながりました。
── M&Aについても実施されていますが、判断基準はありますか?
舟橋 教育業界は企業間の価値観やスタンスに違いが多く、文化の統合は極めて難しい実情があります。また無形商材であるため、人が辞めれば価値が失われます。そのため、M&Aが常に業績拡大に直結するわけではありません。
ただし、M&Aを通してデジタル分野やAIに強い優秀な人材を獲得するチャンスがあれば、積極的に検討します。一人の天才がゲームチェンジを起こす可能性があるのが、デジタルの世界です。
人材教育をメーカーのように標準化する
── 異なる文化だったとしても組織を協調させるための秘訣は何ですか?
舟橋 徹底した「システム化」です。当社は創業以来、研修管理システムに約70億円を投資しています。コンサルティングや教育にありがちな「すり合わせ」のコストを排除し、カンバン方式で業務を分業化しています。
要件をシステムに入力すれば、自動的にワークフローが動き出す仕掛けです。このシステムをいかに使いこなすかが、生産性向上の鍵となります。標準化されたルールに落とし込むことで、誰でも勝てる仕組みをつくっています。
── 研修会社でありながら、メーカーのような思想ですね。
舟橋 そのとおりです。トヨタ自動車に近いかもしれません。優れたコンテンツを持つ方々と当社の管理システムが組み合わされば、必ず利益を出せる自信があります。
現在はAIを活用し、提案書を自動作成する機能なども実装しました。社内にはAIの専門家が多数在籍しており、日々新しい仕組みが生まれています。
── 創業期の失敗談として、今でも覚えていることはありますか?
舟橋 最大の失敗は、創業直後に見栄を張って高額なコピー機をリースで買ったことです。月々の支払いが重く、結局1年半で返却しました。それ以来、書類をデータベース化し、ファイル名の命名規則を共通化するなど、徹底したペーパーレスを推進しました。
統計学を基にした営業活動で根性論に頼らない
── 営業活動を効率化するために、どのようなデータ活用を行いましたか?
舟橋 営業は統計学です。私の分析では、同じ相手に平均6回電話をかければ会えること、150通のメールを送れば問い合わせが来ることがわかっています。
これをKPIに設定し、「とりあえず6回電話しよう」というシンプルな目標に落とし込みました。根性論ではなく、確率に基づいた営業体制を構築したことで、誰でも成果を出せるようになりました。
── コロナ禍では多くの研修会社が苦境に立たされましたが、インソースは最高益を更新しました。
舟橋 コロナ禍の初期、来場型研修が中止になり、単月で2億円の赤字を出したときは「死」を覚悟しました。しかし、当社はコロナ禍の2年前からZoomを導入しており、全社員が使いこなせていました。
オンライン研修に必要なIDとパスワードを安全に配布するシステムを、エンジニアがわずか10日間で内製したのです。競合他社が休止している間に、一気に研修をオンライン開催へシフトしたことが勝因です。
── 最後に、今後のビジョンについて教えてください。
舟橋 生成AIを最大のチャンスととらえています。AIでの仕事を教える、AIで内部業務を変える、そしてAIサービスをつくる。この三軸で世の中の変化をリードします。
教育は、一度その価値を知るとさらに欲しくなる「嗜好品」のようなものです。適切な教育を提供し続けることで、日本全体のデジタルレベルを底上げし、社会を豊かにするお手伝いをしたいと考えています。
── 市場シェア10%への挑戦ですね。
舟橋 はい。今ある資源をどう最大化するか。営業利益100億円、そしてその先を目指すには、仕組み化と多様な人材の力が不可欠です。これからも「教育」の可能性を信じて、突き進みます。
- 氏名
- 舟橋孝之(ふなはし たかゆき)
- 社名
- 株式会社インソース
- 役職
- 代表取締役執行役員社長

