株式会社甲羅

かに料理専門店「甲羅本店」や「赤から」などのブランドを全国に展開する、株式会社甲羅。創業から50年以上の歴史を誇る同社は、時代の変化に合わせたマルチブランド戦略と徹底した現場主義で成長を続けてきた。

2024年、社長に就任した沼澤裕氏は、自ら全正社員の評価会議に出席するなど「人」への強いこだわりを持つ。どのように人材を活用し、また大切にしているのか、事業面での戦略を、沼澤氏に聞いた。

沼澤 裕(ぬまざわ ひろし)──代表取締役社長
1967年、東京都生まれ。高校卒業後、幅広い業態にて調理経験を積み、1992年に入社。以降、25業態の立ち上げおよび運営、かに料理専門店「甲羅本店」にて事業責任者を歴任。人事部長や営業本部長を経て、2024年から現職。
株式会社甲羅
1969年、創業。「おいしさと楽しさの創造」を理念に掲げる外食企業。鍋料理の「赤から」、かに料理専門店の「甲羅本店」を中心に、複数業態で全国に約200店舗を展開。
企業サイト:https://www.kora.co.jp/

目次

  1. 「甲羅本店」を起点にマルチブランド戦略を推進
  2. 組織変革でPDCAサイクルが加速
  3. 正しい経営判断をするために現場の人とふれあい続ける
  4. 今後も厳しさが予想される外食業界での甲羅の戦略

「甲羅本店」を起点にマルチブランド戦略を推進

── どのような戦略を掲げて成長してきたのか、まず教えてください。

沼澤氏(以下、敬称略) 外食産業には激しい流行り廃りがありますが、当社の戦略は「マルチブランド戦略」という言葉に集約されます。

もともとは社名と同じ、かに料理専門店の「甲羅本店」が唯一の基盤でした。この単一業態で売上高30億円規模まで一気に成長したことが、当社の成長の第一フェーズです。

次のステップとして、売上高70億円を目指す過程で、さまざまな新業態の開発に挑戦しました。その中で、二つ目の柱となったのが焼肉業態の「カルビ一丁」です。甲羅本店とカルビ一丁という二つの基幹業態を軸に、フランチャイズ展開を加速させることで、出店スピードを一層高めました。

その後、BSE等の影響で成長が一時鈍化しましたが、その停滞を打破し三つ目の柱として誕生したのが「赤から」です。これにより成長は再び加速し、さらなる業績拡大へと繋がりました。

このように、時代に合わせた強いブランドを複数持つことが、当社の成長の源泉です。

── 沼澤社長は1992年に入社され、現場からキャリアを積まれています。組織としての強みはどこにあると考えていますか?

沼澤 当社の強みは二点あります。

一つは創業者が持っていた「業態開発における創造力」です。他社にはない独自性のあるブランドを生み出す力は、今も私たちの根底に流れています。

もう一つは、現場サイドにおける「変化への対応力」です。現場の力を引き出すために、業態ごとに教育の仕組みをシステム化しています。ただし、その仕組みは固定されたものではありません。プロジェクトチームを組み、時代背景やお客様の価値観の変化に合わせて、常に内容をアップデートしています。

── 昨今はデジタル化やAIの活用が進んでいますが、接客というある種、アナログな感性が求められる側面に対して、どう対応しているのでしょうか。

沼澤 私は、会社は「人」が中心であるべきだと考えています。お客様一人ひとりの背景に寄り添うような「気づき」は、マニュアルだけで教えられるものではありません。人が人を教え、感性を磨く場面は、外食企業にとって不可欠な要素です。

もちろん、効率化のためにテクノロジーを活用しなければならない部分はあります。しかし、それはあくまで「人が人に向き合う時間」をつくるためのものです。お客様に選ばれる条件は、最終的にはスタッフの対応力や、一人ひとりに寄り添う姿勢にあると確信しています。

組織変革でPDCAサイクルが加速

── 創業から現在に至るまで、多くの困難があったかと思います。大きなターニングポイントとなったできごとは何でしょうか?

沼澤 売上高100億円を超えたあたりから、成長のスピードが鈍化した時期がありました。BSE(牛海綿状脳症)の問題や居酒屋業態の客数減などが相次いだためです。居酒屋業態がうまくいかなかったのは、当社として決して飲酒運転を容認するわけではありませんが、飲酒運転摘発の際の罰則強化が影響しています。

しかし、こうした苦境においてもマルチブランド戦略が功を奏しました。特定の業態が厳しい状況に陥っても、他のブランドが会社全体を支える構造ができていたためです。このリスク分散の仕組みが、当社に安定性をもたらしました。

── 沼澤社長が就任されてから、組織のあり方で変えた部分はありますか?

沼澤 最も大きな変化は、組織の「選択と集中」および「専門特化」です。以前は一つの営業部が複数の業態を横断的に管理していました。この体制には、多様な経験を積めるというメリットもありましたが、一方で組織が複雑化し意思決定が遅れる要因にもなっていました。

そこで、業態ごとに営業部を分ける組織変革を実施。各業態が独自の方針を掲げ、具体的な施策を立案し、現場で実行する形にしています。この体制により、PDCAサイクルを非常に速く回すことが可能になりました。今の時代は変化のスピードが速いため、この機動力は大きな武器です。

── 組織を分けることで、人材交流が減る懸念はありませんでしたか?

沼澤 その点は、階層別の研修や人事異動を通じて補っています。異なる業態を経験することで、多角的な視点を持つ人材を育成する動きは継続しています。現場力を高めつつ、組織としてのスピード感を両立させることが、現在の私の役割です。

── フランチャイズ展開において、ブランドの独自性や理念を共有するための秘訣を教えてください。

沼澤 加盟店オーナーとの信頼関係がすべてです。年に一度のオーナー会は、会社の方向性や成果を共有する場です。また、スーパーバイザー(SV)が定期的に店舗を巡回し、現場の課題を吸い上げています。

当社のSVは、直営店のマネージャーを兼務しているケースが多く、「現場の目線」を持った人材です。オーナーに対しても、現場の実情に基づいた具体的なアドバイスを行うことで、理念の浸透と品質の担保を図っています。

正しい経営判断をするために現場の人とふれあい続ける

── コロナ禍という未曾有の危機も経験されました。当時はどのような思いで現場を支えていたのでしょうか?

沼澤 当時は部門長として現場を見ていましたが、お客様がまったく来ない状況に、スタッフ全員が強い不安を抱えていました。その中で私たちが始めたのは、それまで注力していなかったテイクアウト事業の強化です。

認知度を上げるために、地道にお客様へお電話を差し上げるなど、営業活動を徹底しました。先が見えない恐怖はありましたが、一人ひとりの店長や料理長が従業員と対話を重ね、雇用を守り抜こうとする姿には、私自身も勇気づけられました。

── 従業員の働き方についても、新たな取り組みをされているとうかがいました。

沼澤 はい。昨年度から、直営店において一斉休業日を導入しました。飲食店にとって店を休むという選択は勇気がいることでしたが、従業員の働き方改革を推進するためには不可欠な決断でした。多様な働き方を認め、心身ともに健康に働ける環境をつくることが、結果としてお客様へのサービス向上につながります。

── 沼澤社長は、今でも週の大半を店舗で過ごされているそうですね。

沼澤 時間が許す限り現場に足を運び、店舗の雰囲気や従業員の表情を確認するようにしています。売り上げの数字だけでは見えてこない、現場の熱量や課題を肌で感じることが大切です。ベテランから新人まで、彼らがどのような思いで働いているのかを理解したいと考えています。

── 驚いたのは、半年に一度、正社員約350人全員の評価会議に沼澤社長がすべて出席されているという点です。

沼澤 はい。二週間ほどスケジュールをすべて空けて、評価会議に缶詰めになります。各マネージャーが部下一人ひとりの半年間の成果や成長についてプレゼンを行い、それを私が直接聞き、最終的な評価を決定します。

この会議に出席し続けることで、どこの店舗にどのようなスタッフがいて、どのような課題に直面しているのかが手に取るようにわかります。人事担当以外で全社員の評価に立ち会うのは私だけですが、これは「人」を大切にするという私の決意の表れでもあります。

── 社長自らがそこまでコミットされるのは、非常に珍しいケースだと思います。

沼澤 規模が大きくなればなるほど、経営者と現場の距離は離れがちです。しかし、現場で働く人がどのような表情で、どのような気持ちで働いているのかを知らずに、正しい経営判断はできません。私は常に現場に近い存在であり続けたいと考えています。

今後も厳しさが予想される外食業界での甲羅の戦略

── 今後の外食業界の展望と、生き残る企業の条件についてどのように考えていますか?

沼澤 人手不足や原材料費の高騰など、厳しい環境は今後も続くでしょう。その中で生き残る条件は、やはり「お客様に選ばれる理由」を明確に持っているかどうかです。それは単なる商品の質だけでなく、お客様一人ひとりの背景に寄り添う対応力に他なりません。

AIやテクノロジーを駆使して環境を整え、人間が人間にしかできないサービスに集中する。この差別化をできている企業が、これからの時代を勝ち抜くと考えています。

── 次の10年に向けて、どのようなビジョンを描いていますか?

沼澤 具体的な数字も重要ですが、何より「ひとを中心とした、おいしさと楽しさの創造企業」であり続けることが大切です。そのために、次世代を担う人材の採用と育成には、これまで以上に力を注ぎます。

事業としては、国内の基盤を固めつつ海外市場の拡大も視野に入れています。過去の挑戦で得た教訓を糧に、直営やフランチャイズなど柔軟な形態で、日本の食文化を世界に届ける準備を進めているところです。

── 変化についてお聞きしましたが、反対に今後も守りたい信念を教えてください。

沼澤 私は、どこまでも「人の力」を信じています。従業員、加盟店オーナー、そしてそのご家族。かかわるすべての人々に尽くし、喜ばれることを信念に掲げる。それが、企業の永続的な成長につながります。

極論を言えば、かかわる人々が幸せになれるのであれば、外食という枠組みにこだわる必要さえないかもしれません。新たな事業への挑戦も含め、常に変化を恐れず、人を中心に据えた経営を続ける。それが私の使命です。

氏名
沼澤 裕(ぬまざわ ひろし)
社名
株式会社甲羅
役職
代表取締役社長

関連記事