本記事は、佐々木 正悟氏の著書『人生が変わる自分時間の使い方』(フォレスト出版)の中から一部を抜粋・編集しています。
引きこもるなら期限付きで
集中するために引きこもることは、基本的にはおすすめしません。
ノイズキャンセリングで周囲の雑音を消したり、アイマスクで遮光したりすると、休息をとるには役に立ちます。
しかし仕事の集中を生み出す手段としては、あまり当てにならないところがあります。なぜなら集中は、外の刺激を消したら勝手に生じるものではなく、むしろ「何に向かっているか」がはっきりしているときに生まれやすいからです。
「静かな環境に身を置いたのに、結局はスマホを見て終わる」という経験があるなら、その感覚は理解しやすいでしょう。
オフィスからカフェに移動して「ノマドして集中する」という仕事術がもてはやされた時代もありました。
確かに、気分を変えること自体には意味があります。
しかし同僚や上司を邪魔者扱いし、「会社という共同体から距離を取ると仕事が進む」発想は、どこかねじれて見えます。
仕事は本来、一人で完結するものではありません。関係があるから成果が生まれ、関係があるから調整も発生します。
それを「邪魔だから消す」としてしまうと、集中というより「切断」になりかねません。
切断は短期の快感を生みますが、長い目で見ると仕事の枠組みを壊しやすいものです。
とはいえ、調子が悪くて、人の気配に耐えられない日もありますし、会話や通知が刺さるように感じる日もあります。そんな緊急事態の対策として「たまに引きこもる」のは、むしろ効果が上がることがあります。
ここで大事なのは「たまに」にするところです。頻繁にやると効き目が薄れ、引きこもりが常態化すると、回復や集中どころか「避難」が生活の中心になってしまいます。
「避難」をワークスタイルの中心に置くと、いつしか「外に出るための準備」に時間が失われていき、肝心の仕事の核が弱ってしまうデメリットも生じます。
そんな「たまに引きこもる」を実現するためには、引きこもる場所を選び抜くのがよいでしょう。
一人きりで作業するのが精一杯という人は、小さくて閉じた空間のほうが落ち着きます。逆に、適度な雑音があるほうが集中できる人もいて、その場合はチェーンのカフェとの相性が合います。
大事なのは「私だけの空間」を作ることではなく、「私が集中しやすい条件」を把握することで、条件が分かっていれば、緊急時に迷わずそこへ逃げ込めますし、逃げ込む時間を最小限にできます。
ただし、ここでも注意点があります。引きこもりは、集中を生み出す万能薬ではありません。引きこもりは、いわば「缶詰」のようなものです。作家や漫画家が「缶詰になる」のは、日常の仕事場を捨ててでも追い込む必要がある局面だからです。
つまり、あれは「通常運転の延長」ではなく、「例外的な手段」としての緊急対応なのです。緊急対応は強力ですが、常用すると体も心も疲弊します。缶詰が続くと例外と日常の境が曖昧となり、集中が生まれるどころか、集中の材料である意欲や好奇心が見失われてしまうのです。
だから、引きこもるなら「時間とやるべきこと」を宣言しておくといいでしょう。「今日は緊急対応として引きこもる」と決めたら、終わりの時間も一緒に決めておきます。
たとえば「午前中だけ」「この資料まとめを一つだけ」「資格の勉強を2時間だけ」という枠があると、引きこもりは「戻るための避難」になります。
枠を設けておかないと、引きこもりは「戻らないための逃避」になりやすいのです。
引きこもりが効くのは、「戻ること」が前提になっているときです。
引きこもりを仕事場にしない理由は、ストイシズムの観点からではありません。「集中は二人で一人の協力関係から生まれる」と述べてきましたが、引きこもりはその協力関係を一時的に細くする手段です。細くしてもよい局面はあります。ただし細くするのは短時間に限り、再び太く戻していくことが大前提です。
たまに引きこもるのは、集中の邪魔を消すためではなく、集中が戻ってくる余地を確保するために限るのが得策かと思います。
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