本記事は、小井土 正亮氏の著書『「教える」を手放す 人とチームの自律を引き出すコーチング』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の中から一部を抜粋・編集しています。
組織の基準を示すための「叱る」
昔もいまも、褒められれば嬉しいし、叱られればいい気分はしないというのは変わりません。私自身もできるだけ選手、スタッフのいいところを見つけて褒める(認める)ことを念頭に置いています。
しかし、どうしても厳しく指摘、または強く叱らなければいけないときはあります。
いつ、どんなときに心を鬼にして厳しい指導をしなければと考えているか。その線引きは大変難しいと思います。
「強く言うべきか」「優しく諭すべきか」などと、あれこれ考えていては伝えたいメッセージ性も弱くなってしまいます。直感的に判断して、目の前の事象に当たらなければいけないものです。そうしたなかで、自分がこれまでに強くメンバーに対して指摘するようにしているのは以下のようなときです。
1. 意思がない
私は個人の想いや考えは最大限尊重したいと考えてはいます。しかし、「ああなりたい」「こうしたい」という気持ちがない個人・集団からは何も生まれません。
「気持ちがない集団」はどんな集団かといえば、「気持ちがない個人の集まり」であるか、「気持ちを表現することが憚られる、または表現しても響かない集まり」であることがほとんどだと思います。
「気持ちがない個人の集まり」については、「考えをもて」という直接的な働きかけはほとんど意味がありません。「何をしに来たのか」「この集団でしか成し遂げられないことは何か」といった、ここで活動する意義や目的に立ち返ることをメンバーに投げかけるようにしています。
我々は自由意思で集まり、自由意思で離脱することが認められている集団です。
意思がない者がこの組織にいることによるメリットはほぼなく、むしろデメリットしかないからです。
では、我々の行動規範は何かと考えたとき、「大学サッカーを牽引する」という言葉に行き当たります。この言葉は、2015シーズン、戦後初の2部リーグを戦い、1年での1部リーグ復帰を決めた試合後に、当時キャプテンだった早川史哉(現アルビレックス新潟)が残してくれた「これから筑波大学は強くなります。小井土監督のもと、大学サッカーを牽引していく存在になっていくと思うので、これからも応援よろしくお願いします!」というスピーチに由来します。
「気持ちを表現することが憚られる、または表現しても響かない集まり」については、いまの組織にはだいぶなくなってきたように思います。
しかし、かつては、ややもすると、「がんばっている者よりも、スマートにうまくやる者がかっこいい」というような価値観があったように思います。もしかしたら、現代社会全体にそういった価値観が強くなっているといえるかもしれません。
確かに少ない労力で大きな成果を得ることは一見、かっこいいように思えますが、サッカーはそんなマインドの選手が複数いたら絶対に勝てないスポーツです。
仲間が奪われたボールを取り返し、味方のためにスペースをつくる動きをし、起こるかもしれないミスのためにカバーリングのポジションをとる。そういった献身性、犠牲心のうえに華やかなプレーがあります。
周囲が輝くことに己のもっている力を注ぎ込めるような「がんばっている者」を当たり前のように讃える、そんな文化がある集団は強いです。
ただ、そういった選手だけでは勝てないのもサッカーの面白さの一つです。少し遊び心があって、相手にとって嫌なことを常にし続けられるような選手も必要です。そういった個性も認めていかなければ、チームとしての「強さ」を生み出すことはできないと感じています。
2. トライしていない
「牽引する」ということは、一番先頭になって引っ張っていくということです。
すなわち誰かの後ろについていく、眼前に道がないからやらないではなく、自分たちが道なき道をつくり、後進のために道を切り拓いていくことが使命であるという理解をしています。
まさにそういったヴィジョンを掲げているにもかかわらず、新しいことにトライすることに躊躇をしているときは、組織が明確に停滞しているときであるといえます。
我々が示すべき姿勢とは何か。あるべき姿は何か。
それが念頭にない振る舞いには厳しく言及します。常に学生らには「現状維持は衰退である」ということを伝えています。変わり続けることでしか伝統は守れないし、むしろ我々の伝統としての精神性が、進化し続けることであれば、立ち止まること、見て見ぬふりをすることはあり得ません。
そう思わせてくれた早川選手には心から感謝をしていますし、彼が残してくれた言葉とともに、常に変化し、成長し続ける組織でありたいと考えています。
3. たこつぼ化している
組織を整えれば整えるほど、縦割りになり、責任の所在が曖昧になることが散見されるようになります。
現状は、一人一役として各自エネルギーをもって取り組んでくれており、クラブ全体としては高いエネルギーをもって活動できていると思います。
しかし、私があるメンバーに事業の現状を尋ねた際「その件は総務局案件なので」「それは企画局がいま練っていて……」という答えが返ってくることがあります。そうした際に危うさを感じます。
「私は私のやるべきことをやればいい」もしくは「それをやることで自分にはどれだけのメリットがあるのか」というような利己的な姿勢が生まれてくるのが、組織においての一番危ない状況です。
もちろん、誰もが無駄な労力を使いたくないし、私的な時間を組織のために使いたくはないものです。それでもやらなければいけないことはやらなければいけないし、やると決めた以上はやらなければいけない。だからこそ与えられた業務はやるが、それ以外は手も口も出さない。こういった現象は多くの企業で感じているジレンマではないでしょうか。
もう少しお互いが協力すれば、お互いに働きやすくなったり、楽になったりするのに…… と感じているリーダーの方も多いかと思います。
組織全体の発展を考えれば、部分最適と全体最適が異なることはよくある話です。
自分が動かしている手は全体のなかでどんな位置づけになっているのか。
この先どうなっていくことが自分の活動のゴールなのか。
そういうことが理解されないまま自分の時間とエネルギーを使うことほど徒労感が大きなことはないでしょう。自分にしかできないことを、組織の発展のためにできているというときは、充実感もあり、さらなるアイデアやエネルギーが湧いてくるものです。
実際のプレーでも、仲間のためにスペースを空けるためのフリーランニング(よく無駄走りというような表現をします)が最終的にどんな効果があるのかということがわかっていれば、前向きにその行動をとるものです。
しかし、それがわかっていなければ無駄な体力は使いたくないからやめておこうとなるでしょう。全体が向かっている方向性に対して、自分がどのように関わっているのかということをピッチ内外において理解させることが重要だと感じています。
岐阜県立各務原高等学校卒業後、筑波大学体育専門学群に進学。在学中は大学3年、4年と全日本大学サッカー選手権大会で準優勝を経験。筑波大学大学院に通いながら、水戸ホーリーホックに入団。1年間プロ選手生活を送った後、現役引退。2002年に筑波大学蹴球部ヘッドコーチに就任。大学院修了後、柏レイソルのテクニカルスタッフ、清水エスパルスやガンバ大阪のアシスタントコーチなどを経て、2014年に筑波大学体育系着任。翌年から蹴球部の監督に就任。
サッカー日本代表の三笘薫選手をはじめ、多くのプロ選手、指導者を輩出。2025年には関東大学サッカーリーグ優勝、全日本大学サッカー選手権大会優勝と45年ぶりの二冠に導く。
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