本記事は、小井土 正亮氏の著書『「教える」を手放す 人とチームの自律を引き出すコーチング』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の中から一部を抜粋・編集しています。

「教える」を手放す 人とチームの自律を引き出すコーチング
(画像=Andrey_Popov/stock.adobe.com)

理想の指導者とは「尊敬されない」存在

「どんな指導者になりたいですか?」とよく問われることがあります。

もちろん、長年Jリーグクラブ(清水エスパルス、ガンバ大阪)でお世話になった長谷川健太はせがわけんたさん(前名古屋グランパス監督)や高校、大学時代の恩師などが頭に浮かびます。一方で、いずれの方とも、自分はまったく異なるパーソナリティで、同じことはできないし、同じところを目指しても辿りつけないなという感覚を強くもっています。

私なりに理想の指導者を言葉にしてみると「選手に尊敬されない指導者」だと考えています。それは決して、フレンドリーで、仲がいいから尊敬の対象ではない、といった意味ではありません。
もちろん敬遠されている、毛嫌いされているという意味でもありません。

「あいつは俺が育てた」はいらない

私は、選手の成功、成長の最終的な答えは選手自身にあると考えています。
選手が「尊敬する人は誰ですか?」と問われたときに、切磋琢磨したライバルの名前が出るような環境が、自分がつくりたい環境です。
つまり、私も、選手自身もこの環境の一員であり、何かしらの影響を与えている。
また、この環境では自分は誰かしらから影響を受けている。
そのときに、環境を構成している自分と仲間とで、みんなが成長していける環境をつくろうとすることが何より大切です。
結果的に、一番影響を受けたのが「ライバル」や「チームメイト」なのであれば、それが環境づくりとしては、うまくいっていることになるかなと考えています。そこで名前が挙がるのが必ずしも指導者である必要はないと考えているということです。
いまのところ、サッカー雑誌の選手名鑑などで「尊敬する指導者」に「小井土」を挙げている選手はいないようなので、うまくいっているかなとは思っています。
「指導者の存在が消えること」。それが、究極の指導だと思っています。

これからの時代に求められるもの

現代のAIを含むテクノロジーの急激な発展を受け、「これからどうなっていくのだろう……」と、多くの人が漠然とした不安を抱えているのではないでしょうか。
私は現在、40代後半です。「自分たちの時代はこうだった」「これまではこうやってきた」といった古い価値観を押し付けても、これからますます響かなくなることはほぼ間違いありません。もしかしたら、リーダーとメンバーの間には大きな溝が生まれてしまうかもしれません。
すでに新入生、新入社員が何を考えているかわからない、と感じている方も少なからずいるかと思います。
私自身、学生を相手に日々試行錯誤しながら、チームづくりに当たっています。
大学生という「半分大人、半分子ども」という世代に対して、何を大切にして、どのように想いを伝えていくのか。明快な答えはいまだ出し得ていません。

かつては、スポーツ現場では、知っている者(指導者)が知らざる者(選手)にやり方を教える(どちらかというとティーチング)が主流でした。
その構図のなかでは、指導者の言うことが絶対で、選手はそれに従わざるを得ないという関係性が自然と生まれる傾向があります。
コーチからすると知らず知らずのうちに自分が与えた指示ができない選手が悪いという発想になってしまい、選手ができないことに対して、さらに高圧的な態度で強く指導するという悪循環に陥りがちでした。

ここ数年、厳しく選手に指導をした結果、選手に対するパワーハラスメントと認められ、指導者が糾弾されるケースも散見されています。おそらく古くから似たような事象は起きていたのだと思いますが、SNS等の発達もあり、被害者が声を上げやすい環境になってきたということだと思います。
こうした例の一部には、とにかく「子どもたちのために」と高いパッションをもった指導者が対象となっている事例もあります。
十把一絡げにすることはできませんが、指導者と選手、教員と生徒のスポーツ指導に関するトラブルが大きな問題となっているのは悲しいことです。

今後、指導者の役割は何になるのか。
これまでの価値観を一度壊して、目の前のメンバーが育ってきた背景、置かれている環境、これからの時代のテクノロジーの進化に目を向けなければ、よい解決法は導き出せないと思います。
そういう意味では、スポーツの指導現場は社会のごくごく一部ですし、スポーツで通用する論理が社会で通用すると考えてはいけません。ただ、私はスポーツが、人と人が介在して何かを生み出す作業だからこそ、AI社会において何か大きな価値や意味を生み出すことになるのも間違いないと考えています。
スポーツにしか生み出せないエネルギー、人のつながりなど新たな価値の創出という観点でも指導者の役割はこれまでとはまた違うものになっていくのかもしれません。

「教える」を手放す 人とチームの自律を引き出すコーチング
小井土 正亮(こいど・まさあき)
1978年岐阜県生まれ。筑波大学体育系准教授。筑波大学蹴球部監督。
岐阜県立各務原高等学校卒業後、筑波大学体育専門学群に進学。在学中は大学3年、4年と全日本大学サッカー選手権大会で準優勝を経験。筑波大学大学院に通いながら、水戸ホーリーホックに入団。1年間プロ選手生活を送った後、現役引退。2002年に筑波大学蹴球部ヘッドコーチに就任。大学院修了後、柏レイソルのテクニカルスタッフ、清水エスパルスやガンバ大阪のアシスタントコーチなどを経て、2014年に筑波大学体育系着任。翌年から蹴球部の監督に就任。
サッカー日本代表の三笘薫選手をはじめ、多くのプロ選手、指導者を輩出。2025年には関東大学サッカーリーグ優勝、全日本大学サッカー選手権大会優勝と45年ぶりの二冠に導く。

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