
2004年の創業以来、50を超える事業開発と12回の事業売却を経験してきた、株式会社ベーシック代表取締役の秋山勝氏。同社は初期の比較メディア事業で圧倒的な成果を収めた後、顧客の「負」を本質的に解決するためBtoBマーケティング支援事業へと大きく舵を切った。
現在は「事業の成長を人の数で解決しない」というパーパスを掲げ、SaaSプロダクトとAIを駆使するAIワークフローカンパニーとして進化を遂げている。満を持して2026年3月にIPOを果たした同社は、全社員が自らAIを活用して業務を自動化し、一人当たり売上高3000万円という高い生産性を目指す。
秋山氏に、AI時代における筋肉質な組織づくりと、その根底にある同氏の考え方を聞いた。
目次
比較メディアからマーケティング支援へ事業領域を拡大
── 2004年に創業し、これまでに50を超える事業を立ち上げたそうですが、現在に至るまでの事業の変遷について教えてください。
秋山氏(以下、敬称略) もともとは2004年に、いわゆる比較メディアと呼ばれる領域の事業を立ち上げました。最初に取り組んだのは、引っ越しの一括見積もりサービスです。
当時は比較メディアを運営するプレイヤーが、ほとんどいない時期でした。どのような産業やサービスでも比較サイトが存在する今とは、まったく状況が異なります。早い時期に参入したこともあり、この事業がベーシックの基盤を支えることになります。
引っ越しを皮切りに、フランチャイズ、留学、結婚相談所、家庭教師など、かなり幅広く展開しました。リーマンショック前までは、ネット証券やFXの比較メディアも手がけています。当時は業界でも、かなりの口座獲得数を誇っていました。
このように横展開をしながら事業を広げる中で、重要なケイパビリティとして磨かれたのがデジタルマーケティング力です。私たちのマーケティング成果が非常に高いということで、さまざまな業界から相談をいただくようになりました。
── 自社事業で培ったマーケティングのノウハウが、外部からも求められるようになったのですね。
秋山 そうです。ただ、当時は他社を支援するサービスは行っておらず、お話を聞くにとどめていました。しかし、多くの方と対話するうちに、マーケティングのいろはを知らない方が非常に多いことに気づいたのです。
形が見えないマーケティングというものを体系立てて、多くの人に知らせる必要がある。そう考えて立ち上げたメディアが、次の事業の柱となりました。ビジネスのきっかけは、情報の非対称性や領域内のギャップを発見し、それを解決することにありました。
マーケティングは手段に寄りやすいという特徴があります。よって戦略的に取り組むべきですが、現実にはSEOやメールマーケティングといった個別の手法に終始してしまうケースが散見されました。
こうした課題を解決するために、現在のマーケティングSaaSプロダクトの開発に至ります。
「人生の時間をかけたいか」を自問し12回の事業売却
── 秋山代表は商社での営業経験もありますが、マーケティングの本質を追求する姿勢はどこから来ているのでしょうか?
秋山 私自身の性格として、見たものや聞いたものに対して「なぜ」を繰り返す癖が幼少期からあります。自分の中で腹落ちできないと動けない一方で、気になることは徹底的に探求したいという思いが強いのです。
営業職のときも、単にノリで売るのではなく「なぜこれが必要なのか」「人がものを買うとはどういうことか」を考えました。事象そのものよりも、構造的なものや本質的なものに目を向ける。サービスの設計や事業構築においても、表層的な部分より内面に時間をかけるタイプです。
見方によっては「めんどうくさい人」かもしれません。「そもそもこの目的は何だっけ」と平気で言い始めてしまうからです。
ただ、点と点がつながった後のスピードには自信があります。見えないものを見えるようにする作業には、並々ならぬこだわりを持っています。
── 営業においても「物売り」ではなく、「顧客の課題解決」を重視されていたのですね。
秋山 決まったものを決まった形で売ることには、若いころから抵抗がありました。自分のアイデンティティを大事にしながら、それを価値として提供できる形に昇華させて仕事をしたいと考えていました。
最終的に気づいたのは、お客様が抱えている「負」の部分を正しく理解するのが大切だということです。それに資する解決策を提示できるかどうかが重要です。押し付けのような営業活動ではなく、本質的な解決を目指すプロセスが好きでした。
── これまでに12回の事業売却を経験したそうですが、撤退や譲渡の意思決定はどのように行っているのでしょうか。
秋山 ポイントは二つあります。
一つは「その事業に人生の時間をかけたいか」という問いです。事業が形になり、追加投資が必要になるタイミングで、自分は本当にこれをやり続けたいのかを自問自答します。
もう一つは、リーダーの熱量が事業成長を引き上げているかという視点です。リーダーの熱量によってスタッフの能力も引き上がります。その構造を考えたとき、意思決定は早いほうがよい。
振り返れば、人生の時間をかけてやりたいことをずっと探していたのだと思います。利益が出ればよいという考え方ではなく、自分が心から納得できる領域に集中したい。その結果として、2020年末に創業事業である比較メディアを売却し、現在のビジネスに集中することに決めました。
上場企業にふさわしい組織づくりをし2026年にIPO
── 2018年にも上場できそうな状態にありながら、あえて延期を選択されています。その決断の背景にはどのような思いがあったのでしょうか?
秋山 一番避けたかったのは「上場ゴール」という状態です。2018年当時は、まだ組織がハイブリッドな状態で、それぞれの事業ベクトルが散らばっていました。業績は無理やりつくっていた部分もあり、本来あるべき姿と照らし合わせたときに、上場するにふさわしくないと感じてしまったのです。
これは私自身の未熟さゆえですが、自信を持って胸を張って出られる状態にしたいという思いが強くありました。今回のIPO(2026年3月)は、自分たちで「出るにふさわしい」と思える自信のある組織を、みんなでつくれたことが最大の理由です。
── 今回上場した際、社員にはどのようなメッセージを伝えましたか。
秋山 「みんなとつないできたバトンを受け継ぎながら、選んだ道を正解にできました」ということに尽きます。著しくわがままなことをいいながら進んできた自覚があるので、過去も今も含めて、社員には感謝しかありません。
また、退職した元社員からも連絡をもらい、お祝いの会を開いてくれました。創業時から一緒にやってくれている社員もいますし、アルムナイ(退職者、過去に在籍した社員らの集まり)のようなつながりもあります。ビジョンに対するこだわりが強いので大変なことも多いはずですが、みんなが熱くついてきてくれた結果です。
直近の目標となる一人当たり売上高3000万円
── 「事業の成長を人の数で解決しない」というパーパスを掲げていますね。
秋山 はい。私たちは「AIワークフローカンパニー」として再スタートを切りました。業務の中心となるワークフローを、AIを使いながらつなぐことを目指します。特にフロントオフィスといわれる顧客接点領域が強みです。
マーケティング、セールス、カスタマーサクセスといった領域のDX、さらにはAI化に向けたプロダクトを展開します。日本国内の労働生産人口は減りますが、解決策はさまざまです。私たちはワークフローに注目し、これまで人が行っていた領域をツールとAIで自動化し、生産性を高めます。
── 具体的には、どのような目標数値を設定するのでしょうか?
秋山 まず、私たち自身がこのパーパスを体現すべきです。従業員数を増やすことなく、AIの活用によって利益率を高める。近い未来のターゲットとして、来年か再来年末には「一人当たり売上高3000万円」を目指します。
現状ですでに2000万円には到達していますが、さらに引き上げます。私たちのやり方を証明することで、他社にとっても一つのアプローチになるでしょう。AIの進化は著しいですが、それをどのように業務に組み込むか、自らが実験台となってプロダクトに仕立てて提供します。
── 競合他社と比較した際の、ベーシックの優位性はどこにあると考えていますか?
秋山 デジタルマーケティングの領域で長年、培ってきたノウハウです。上場に至るまでの成長を牽引したのは、この圧倒的な集客力です。一般的にSaaS企業はセールスやマーケティングの費用がかさみますが、当社の売上構成比におけるそれらの比率は相対的に非常に低いです。
独自のノウハウに基づいたデジタルマーケティングによる集客ができているため、効率的な顧客拡大が可能です。現在、クライアントは5500社を超えています。そのうちエンタープライズ企業が約1000社、残りが中堅・中小企業という構成です。
毎月新規で200から300社の取引が始まっており、この顧客基盤は大きなアセットです。しっかりと設計してつくり上げてきたこの流れを、さらに加速させます。
セールス、マーケティングの現場担当者自ら自動化を進める
── ファイナンスやM&Aの計画についてはどのように考えていますか?
秋山 人材がキーであることは変わりませんが、状況が変化しています。AIによって「ものをつくるコスト」が著しく下がっています。コードを書く作業などが格段に早く安くなっているからです。そのため、採用のあり方も変わってきます。
「事業の成長を人の数で解決しない」という方針もあり、以前ほど強く採用活動をしなくても成長できる可能性が出てきました。M&Aについても、いたずらに組織を大きくするのではなく、小粒でもレバレッジの利くチームを狙いたいと考えています。
私たちの思想に共感し、AIを使いこなせる筋肉質な組織が理想です。
── 社内でのAI活用は、具体的にどう進んでいるのでしょうか?
秋山 「workrun」という自社プロダクトを使い、全従業員がワークフローの設計と実装ができるようトレーニングしています。
たとえば、顧客からのメール内容をAIが判別して返信文を作成し、担当者のSlackに送る。問題なければそのまま返信するといった自動化を、現場の社員が自ら行っています。
お問い合わせの自動振り分けや経理側の与信確認の自動化など、細かい仕事は山ほどあります。これらを、セールスやマーケティングの担当者が自分たちで自動化できる設計力を持つということです。
また「プロダクトビルダー」という特徴的な取り組みも行っています。
── プロダクトビルダーとは何でしょうか?
秋山 これまでセールス、PM、エンジニアと分業していたものを、一人で完結させるゼネラリストを指します。既存業務を軽くするだけでなく、既存プロダクトのアップデートや、まったく新しいプロダクトの作成まで実行。社内には、社員がAIを使ってつくったミニアプリのギャラリーがあります。
ガントチャート作成アプリや、複数名の空き時間を見つけるツールなど、ちょっとした煩わしさを解消するものが次々と生まれています。採用を考える前に「本当にそれは人じゃないとできないのか」「仕組みで解決できないのか」を徹底的に問う。この本質的な問いが、当社の強固な組織をつくっています。
── AIの台頭によって、ビジネスパーソンに求められる価値も変わってきそうですね。
秋山 言語化と構造化ができるかどうかが、最も重要になります。AIが何でもやってくれるわけではなく、何を求めたいのか、アウトカムは何なのかを定義する力が必要です。
多くの企業では、忙しいからという理由で要件があいまいなまま人を増やしてしまいがちですが、当社ではそれを許さず、仕組み化を徹底しています。
その結果として、能力の高い人材が集中し、高い生産性を発揮できる組織ができあがりました。この土台があるからこそ、変化の激しい時代においても成長を続けられると確信しています。