
株式会社hacomonoの代表取締役CEOである蓮田健一氏は、2013年に同社を設立し、2019年にウェルネス産業向けバーティカルSaaS「hacomono」をリリースした。予約や決済、会員管理に加え、独自デバイスによる入退館管理といったハードウェア領域も網羅し、他社にはない強固な参入障壁を築くものとなっている。
現在は店舗の支援にとどまらず、一般消費者向けサービス「FitFits」の展開やグローバル市場への進出など、業界を横断するプラットフォーム構築へと事業を拡大。蓮田氏に、プロダクト誕生の背景や今後の展望について聞いた。
目次
SaaS事業「hacomono」を生んだ事業承継の経験
── プロダクトについて、その背景にある会社の歴史を教えてください。
蓮田 当社は現在、二つの事業を展開しています。一つはウェルネス産業に特化したBtoBtoCのSaaS事業である「hacomono」です。もう一つは、エンドユーザーがさまざまなウェルネス施設を横断的に利用できる「FitFits(フィットフィッツ)」というサービスです。
創業は、2013年4月。最初の5〜6ヵ月はプロダクトをつくる前段階として、フィットネスやエステ、飲食店など、店舗を運営するお客様のデジタル活用を支援していました。具体的には、クリエイティブ制作やシステム開発の受託業務を中心に行う期間が数年続きました。
この時期、並行して自社プロダクトの開発にも挑戦しましたが、当時は大きなスケールには至っていません。しかし、ECやフードテック、モバイルオーダー、セルフレジといった多様な領域のシステム開発を経験したことが、現在の「hacomono」につながる重要な基盤となりました。
── 現在の主力事業である「hacomono」は、どのような経緯でリリースしたのでしょうか?
蓮田 ウェルネス産業、特にフィットネス業界向けのバーティカルSaaSとして「hacomono」をリリースしたのは2019年3月です。このシステムは、会員管理や予約、決済、さらには入退館管理までをすべてインターネット上で完結させるサービスとして誕生しました。
リリース当初は、フィットネス業界の中でも新しい技術を積極的に取り入れるアーリーアダプターのお客様を中心に導入が進みました。大きな転機となったのは、やはり新型コロナウイルスの流行です。
コロナ禍により、非対面での運営やオンライン手続きの需要が急速に高まりました。業界全体でDXが急務となる中、当社のシステムがその解決策として脚光を浴び、導入が爆発的に加速しました。その後はベンチャーキャピタルからの資金調達を実施し、事業を拡大する現在の形に至ります。
── プロダクトが確立するまでの試行錯誤の時期、どのようにモチベーションを維持したのでしょうか?
蓮田 私はもともとエンジニア出身で、ものづくり自体が非常に好きです。そのため、試行錯誤の時期を苦しいと感じることはまったくありませんでした。むしろ「新しいものをつくりたい」という創造欲求が原動力となり、楽しみながら取り組んでいました。
経営者として本当の意味で苦労を経験したのは、今の会社を起業する直前に父の会社を継いでいたときです。当時は倒産寸前の非常に厳しい状況にあり、そのときの経験に比べれば、現在の会社で直面する問題は大した障壁ではないと感じます。
ソフトウェア・ハードウェアのひもづけで参入障壁を築く
── SaaS市場全体で競争が激化する中、強みはどこにあると考えていますか?
蓮田 当社の売り上げの大半はバーティカルSaaSによるものですが、単に既存の業務フローをシステム化するだけの存在ではありません。私たちのテーマは、これまでにない新しいユーザー体験(UX)をつくることです。
BtoBの仕組みを提供しながらも、その先にあるBtoC、つまり一般消費者の体験を劇的に変えることを重視しています。ウェルネス産業自体のポテンシャルは、UXを改善することでさらに大きくなると確信しています。
現在はBtoBの枠を超え、当社としてもBtoC事業やグローバル展開するようになりました。目先のマーケット動向に一喜一憂するのではなく、また、ビジネスモデルを問わず「ウェルネスを広げる」ための事業をネットワーク効果的に展開し、シェアを拡大する戦略を採っています。
── AIによる代替や競合他社との差別化については、どうでしょうか?
蓮田 当社のプロダクトは単なる便利機能の集合体ではなく、業務の核心部分に深く入り込んでいます。たとえば決済機能一つをとっても、BtoBの決済だけでなくエンドユーザーの決済フローまでを完全に押さえています。
さらに、ソフトウェアだけでなくハードウェアを提供している点も大きな特徴です。店舗の入り口に設置するQRコードによる入退館管理システムなどは、当社の独自デバイスです。
このように、業務のコア機能とハードウェアが密接に連携しているため、スイッチングコストが非常に高くなります。一般的なSaaSの文脈で語られる「リプレイスのしやすさ」とは異なる次元で、強固な参入障壁を築いています。
── 市場規模(TAM)の限界はどう乗り越えますか?
蓮田 バーティカルSaaSには市場の上限があるという指摘は理解しています。しかし、私たちはウェルネスという領域をより広く定義し、その中で新たな価値を創出することで市場自体を拡張します。
具体的には、店舗ごとのDX支援にとどまらない、業界全体を横断するプラットフォームの構築が市場拡張の方法です。データの活用や店舗間のネットワーク化を進めることで、従来のSaaSの枠組みを超えた成長を実現します。
方向性を明確化する独自の企業カルチャー
── Forbesの起業家ランキングで第2位に選出されたそうですが、成長を実現できた組織的な要因は何でしょうか?
蓮田 現在の組織は非常に強いと感じます。その源泉は、300名を超える社員のほぼすべてが当社のミッションに深く共感していることです。単に便利なシステムをつくるのではなく、「未来の社会を変えるインフラをつくる」という感覚を共有しています。
メンバー一人ひとりの業界に対する解像度が非常に高く、お客様の課題に深く入り込む文化があります。これは一朝一夕に真似できるものではありません。マーケティング、営業、カスタマーサクセス、プロダクト開発の各部門が一体となって動く強さは、当社の誇りです。
機能面での模倣は可能かもしれませんが、このカルチャーや業界との深い信頼関係は、他社にはない圧倒的な優位性であると自負しています。
── 300人規模になってもミッションを浸透させ続けるのは容易ではないと思います。秘訣はありますか?
蓮田 バーティカルな領域に特化しているため、目指すべき方向性が明確で、共感を得やすいという土壌はあります。その上で、人事制度や評価制度、会議の設計など、あらゆる仕組みをミッションやビジョンにひもづけています。
組織が拡大しても文化を維持できるよう、社員数が20名程度のころからこうした制度設計には注力してきました。また、当社はフルリモート・フルフレックスを採用していますが、各領域に自走できるプロフェッショナルが揃っています。
たとえば特定のスポーツ業界に精通し、業界団体や有名チームと深いネットワークを持つ「ヒーロー」のような人材が各所に存在します。彼らが自ら目標を決め、能動的に動く組織形態です。
── 独自のカルチャーが組織の規律にもつながっているのでしょうか?
蓮田 メガベンチャーや、かつてのホンダ、京セラ、ソニーのように、大きく成長した企業には、必ず独自の強いカルチャーがありました。スポーツの強豪校も同様で、選手が入れ替わっても強いのは、独自の規律と文化が根付いているからです。
当社も、スタートアップらしい柔軟性を持ちつつ、独自のカルチャーによる強い結束力を備えています。この文化に合わない人が居づらさを感じるほどの明確な価値観があることが、組織の強さにつながっています。
「美しく生きる」を軸に社会構造の変革にコミット
── これまで順調に成長していますが、現在感じている課題や壁はありますか?
蓮田 BtoBで培ってきた組織が、新しく始めたBtoCサービスにおいて、スピード感やクオリティの面で課題に直面しています。BtoBでは正確性が最優先されますが、BtoCは試行錯誤のスピードが重要です。
たとえば、リリースのタイミングを週1回から毎日へと変更するなど、ビジネスモデルの変化に合わせた組織の変容力がまだ不足しています。マネジメント側が着目すべきKPIも異なるため、会社全体の複雑性に対する解像度を高める必要があります。
この変化はリニアな成長の延長線上にはありません。どこかでゲームチェンジを起こすような人材の登用や、大きな組織変革が必要になると考えています。現状維持では運任せになるという危機感を持ち、対策を講じる考えです。
── 経営において最も大切にしているこだわりを教えてください。
蓮田 私個人の哲学として「美しく生きる」という言葉を掲げています。これには三つの要素があります。
一つ目は「見えない未来を見続けること」です。これは訓練であり習慣ですが、ビジョンを掲げ続けることを大切にしています。
二つ目は「原理原則に従うこと」です。一時的なブームに流されず、歴史や哲学、アートなど多様な視点から本質を見極め、迷ったときには原理原則に立ち返ります。
そして三つ目は「社会は変えられるという強い意志を持つこと」です。
経営者として、単に機能を売るのではなく、社会の構造を変えることにコミットしたいと考えています。短期的な合理性も必要ですが、それ以上にロングタームで社会にどのようなインパクトを与えるかを重視しています。
── 上場(IPO)については、どのようにお考えでしょうか?
蓮田 上場自体を目的化してはいません。それは資金調達という手段の一つであり、ガソリンスタンドで給油をするような感覚です。現在のグロース市場の状況を見ても、上場すること自体にどれほどの価値があるかは慎重に見極める必要があると考えています。
当社の株主もこの考えに賛同してくれています。期限を設けず投資してくれる海外のファンドや、社会インフラを担う国内企業など、私たちの「社会を変える」という目標を支援してくれるパートナーばかりです。
上場か非上場かという形式よりも、多くの力を借りて、いかに早くウェルネスを社会実装できるか。そのための経営や流通革命、UXの変革に、企業の軸足を置きます。
グローバル市場でもルールメーカーとしての地位を築く
── 今後の投資計画や、注力する領域について教えてください。
蓮田 直近で実施した資金調達は、主に新規事業、グローバル展開、そして一部のM&Aに充当します。これらを通じて、ウェルネス系の新しいプラットフォームとしてのネットワーク効果を最大化させます。
具体的には、先ほど触れたBtoCサービスの「FitFits」をさらに強化。エンドユーザーが複数の施設を横断して利用できる仕組みを、個人だけでなく企業向けにも販売し、従業員の福利厚生として活用してもらうモデルを推進します。
また、各店舗が共通して抱えるペイン、たとえばマーケティングや広告、インストラクターの採用・育成といった課題を解決するプラットフォームも、立ち上げる計画です。業界シェアが広がった今だからこそできる、横断的な価値提供を加速させます。
── グローバル展開については、どのようなビジョンを描いていますか?
蓮田 グローバルにおいても、単に既存の市場に参入するのではなく「ルールメーカー」になることを目指します。かつてのAirbnbやUberがそうであったように、今はまだ顕在化していない新しいUXや産業を創出したいと考えています。
アジアを中心にこれから労働人口が増え、フィットネスやスポーツの習慣が形づくられる地域がターゲットです。そこで、日本のJリーグやスポーツ団体とも連携しながら、新しいウェルネスのあり方を私たちが定義します。
グローバル基準で戦える人材の強化や組織内の変化に対する恐怖心の払拭など、課題はまだあります。しかし、社会構造を変えるレベルの挑戦を続けることが、私たちの存在意義です。一人でも多くの人がウェルネスに触れられる社会を目指し、これからも全速力で走り続けます。